第51話 偶然の遭遇Ⅰ
七月二十五日は亮の命日。三回忌。
この日、緋色たちは部活を休んで、亮の家に来ていた。
花束を祥子に手渡す。
仏間に通されると、部屋いっぱいにたくさんの花が飾られている。花の香りが部屋の中を漂っていた。
「すごい花ですね」
里花が壮観ともいえる光景に声を上げる。
「亮のお友達から届いたのよ」
祥子がいった。
緋色もびっくりする。去年もそうだったんだろうか。何も覚えていない。
翔が後ろに座っていた。
最初は晃希だった。次に緋色だ。
線香を供えて手を合わせる。
仏壇の前の遺影を見つめると、バドミントン部のユニフォームを着た亮が笑っている。
十四年間見てきた笑顔。もう二度と見られない。言葉を交わすことも、抱きしめてくれることも、抱きしめることも……できない。
「うっ……っん……お兄ちゃん」
涙があふれてきた。あとから、あとから。
里花がハンカチを差し出す。受け取ると涙を拭いた。
翔がそっと肩を抱いて支えられるように奥に座ると、彼の肩に頭を預けて泣いていた。
緋色の涙が枯れ、ようやく顔を上げた頃、
「飲み物をどうぞ」
祥子がケーキとジュースを持ってきてくれた。
「祥子さん。駄菓子があったんですけど、あれは?」
里花は亮には似合わない、珍しいものがあるなと思っていた。
誰も気付かなかったらしく、えっという顔をしている。仏壇の前のテーブルを見ると、確かにある。いく種類もの駄菓子が、かわいくラッピングされた袋の中にはいっていた。
「それは、高校のお友達が持ってきてくれたのよ。仲間の間で、一時期流行っていて、亮も好きだったからって」
「へえ、亮さん。こんなの好きだったんだ」
藤と佐々は意外そうな顔で、駄菓子を見ている。
(知らなかった。お兄ちゃんがお菓子を食べていた所あまり見たことなかったから、お菓子のイメージがなかった。クッキーとかマフィンとかもある。手作りっぽい。もしかして甘いものって好きだった? わたしどこまでお兄ちゃんのこと知っていたの? 友達の中には、わたしの知らないお兄ちゃんがいて、一緒に学校で過ごしていたんだ)
目が覚めたような気がした。
「わたしだけじゃなかったんだね」
家に帰ってきて、和室で寛いでいる所だった。晃希と藤と佐々はテレビを見ていた。里花はテーブルの上のお菓子をつまんでいるところだった。
みんなが緋色に注目する。
「わたしだけのお兄ちゃんだって思ってた。みんなの中にもお兄ちゃんっているんだなあって。今頃気付いちゃった。わたしってばかだね」
「あら、やっと気づいたんだ。バカだってことに」
里花はいたずらっぽく笑いながら、すかさずつっこむ。
「なに、それ。違うよ。ちょっと、言っただけだもん」
「いや、いや、いや。ほんとにバカだって」
右手を横に振りながら里花がもう一度つっこむ。
「もう。里花ちゃんのいじわる」
緋色はぷぅっと頬を膨らませて、横を向いてしまった。すねている。
外見からは想像できない、小さな子供のような仕草にみんなは思わず笑った。それにつられて緋色も笑う。
久しぶりに穏やかな空気が流れた。
ピンポン。
玄関のチャイムの音が鳴った。
「翔くんだ。行ってくる」
緋色は立ち上がると玄関に向かう。
玄関のドアが開いた隙間から見えたのは……
(お兄ちゃん!)
一瞬、心臓が止まったかと思った。
「どうしたんだ?」
翔は声も出せず驚いたように立ちつくしている緋色の肩をポンと叩くと、家にあがっていった。翔の顔を確かめて後ろ姿を見送る。
(翔くんだ。お兄ちゃんが来たのかと思った。なんでだろう。全然似てないのに)
二人とも長身だが、亮は細身で柔和な顔をしていた。反対に、翔は精悍な顔でやや逞しい体形をしている。印象がまるで違う。
なのに、なぜ? 緋色はしばらくその場に立ち尽くしていた。
部屋に戻る時ふと台所を覗くと、母親の有希子と芙紗子が何か探し物をしている。いつもは忙しい有希子もこの日は休みを取っていた。
「何してるの?」
「小麦粉とパン粉の買い置きをさがしているのよ。でも、見つからないのよね」
確かにあったはずだと色んな所の扉を開けている。
「買ってこようか?」
今日はみんなうちに泊まることになっているから、ついでに、お菓子を買おうと思ったのだ。
「ほんと? 助かるわ。じゃ、小麦粉とパン粉と卵と、あとお豆腐もお願い」
さっきより品数が増えている。
お金を受け取ると、みんなのいる和室へ顔を覗かせた。
「買い物に行ってくる」
「どこに?」
「スーパー」
「わたしも行く」
里花が立ち上がる。
「おれも、お菓子とかジュースも買いたい」
藤と佐々が素早く手をあげた。
「みんなで行こうか」
晃希がいうとみんな賛成した。気分転換は必要だ。
先に出たのは、緋色と里花だった。




