第46話 避けたはずなのに2
「ちょっと、あれ?」
先に気づいたのは里花だった。みんなアップ中だった。
「阿部先輩とユッキーじゃないの?」
「ほんとだ」
みんな上を見ると何か話しているらしい。険悪ムードは健在らしく、翔の態度がハンパなく悪い。
「下りたよね。こっちくるのかなぁ?」
美佑は不穏な雰囲気にハラハラとした顔になった。
「かもね」
(なんでここなの? わざわざ場所をはずしてこっち来ているのに。学校の近くにもあったはずだよね。よりによって、こっち選ばなくてもいいのに)
里花はがっくりする。気をつけたつもりだったのに、裏目に出てしまった。
(こういう所って、見られたくないんだよねぇ。秘密にしているのに)
予想通り、二人がはいってきた。扉近くに置いていた荷物を取ると、こっちに近づいてくる。
来た!
五人の中に緊迫した空気が流れる。
「緋色ちゃん。こんにちは」
その空気をものともせず、緊張感のかけらもなく、裕幸は明るく声をかける。あまりのくったくのなさに緋色は思わず、
「こんにちは」
返事をしてしまった。
そのことでさらに空気が緊迫する。藤と佐々がぴくっと反応して顔が引きつらせている。
(やばいな。こういう時くらい空気を読めよな。どう見ても煙たがられていることくらいわかれ!)
龍生はこちらに注がれる白けた視線に頭を痛める。
「みんなすごいね。休みなのに練習? 熱心だね」
裕幸はにこにこと笑顔で話しかける。
(処置なし)
龍生は匙を投げた。
言ってもわかるやつではないし、このまま事の成り行きを見ているしかないか。それはそれで面白いかもしれない。
練習では藤も佐々も普通の態度で接しているから、忘れていたが、まだしっかりと根に持っているらしい。
「そうなんですよ」
言ったのは佐々だった。そして、にっこりと極上の笑顔で一言つけ加えた。
「そういえば、隣の大アリーナも空いていましたよ」
一瞬で、その場が凍りついた。
ある意味、こちらの方が辛辣かもしれない。
佐々は怒っていた。
緋色にあれだけのことをしておいて、反省するどころか、気軽に声をかける。のほほんとした無神経さに腹が立つ。
緋色にはいつも笑っていてほしい。
好きになったのは笑顔だった。無邪気でかわいい笑顔だった。
亮さんの存在を知って、この恋は報われることはないとわかっていた時でさえも願っていた。緋色がおれのためだけに笑ってくれることを……
今でもそれは変わっていない。亮さんがいないからこそ、誰よりも緋色の笑顔を守りたいと。亮さんの事を忘れられなくてもいい。やっと笑顔を見せるようになってきたのだ。少しずつ明るくなってきた。まだ泣いていてもいい。すぐに悲しみが癒えるわけではないから。
だが、泣かせることなど言語道断だ。許せない。
だからこれくらいはかわいいものだ。緋色の涙に比べれば。
「お前たちまで、言わなくても……」
裕幸はガクッと肩を落とした。ちょっと、涙目だった。
ただでさえ、上でショックを受けてきたのに。またここにきて、しかも、後輩にまで同じことをいわれるとは思わなかった。二重のショックだ。さすがに落ち込む。
みんな、何も言えない。
(上でも言われたんだ。見た感じ最悪な雰囲気だったものね。翔よね。きつい言い方したんだろうな。あいつも緋色のことになると、理性なくすからな。佐々も人畜無害な顔をして嫌味を言うし、気持ちはわかるんだけどねぇ。まあ、見つかったものはしょうがない。あきらめましょう)
里花は開き直った。
「ちょうどよかったじゃない。藤も佐々もあとで先輩方に相手してもらったら? 勉強になるんじゃない? ねっ?」
里花は二人を見る。気に入らない事は解っている。しかしいつまでも、この状態ではどうにもならない。里花の気持ちが解ったのだろう。
「先輩。お願いします」
二人とも頭を下げた。こういうところはさすがに上手だ。
「ホント? 俺達の相手してくれんの? わーい。嬉しいな」
後輩からの頼み事に、にぱっと顔が明るくなって裕幸は手放しに喜ぶ。彼には高校生チャンピョンというプライドはない。底抜けに陽気でノー天気な男子がいるだけだった。
教室での一件、龍生は目の前で見ていた。
その時はわからなかったが、今日この場面を見ていると相関図が見えてくる。
緋色ちゃんが中心で、リーダー格はおそらく川原里花で……彼女がうまくみんなを御しているのだろう。ユッキーに頭なんて下げたくなかっただろうに、藤も佐々も彼女には逆らえないらしい。
最初から違っていた。
仲がいいとか、気が合うとかだけではない、普通の友達関係というにはちょっと違和感がある、一種独特の雰囲気。
(こいつらのキーパーソンは何だろう?)
「おーい。龍生、準備しよ。準備」
道具置き場へと走っていた裕幸が振り返り、弾んだ声で彼を呼んだ。
「分かったから、すぐに行く」
(まったく、現金なやつ)
コートを借りた時間は二時間。もう三十分は過ぎている。館内の空き具合を見れば延長もできるかもしれないが、これ以上時間を割く気にはなれなかった。彼らは既にアップを始めている。その中で一人、コートの外にいる里花に目が留まった。
「このメンバーって、とても面白そうだね」
龍生はすれ違いざまに里花に声をかけた。
里花がゆっくりと龍生を見上げる。
ぶつかる瞳と瞳。
顔色の変わらない無関心そうな表情の彼女に、スッと目を細めた。
(へえ! なかなか。勝気そうな瞳も不要なものは容赦なく切り捨ててしまいそうな、冷酷そうな雰囲気も。人の好みは色々だけど、俺を見て無反応というのもなんだか、ちょっとね)
「もしかして苦労もしてる?」
龍生は無言の里花にまた話しかける。
「まさか。わたしは阿部先輩とは違いますから」
思いがけず涼やかな声が返ってきた。
「よく見てるね。ああ見えても、結構、いい奴だよ。大目に見てくれると助かるんだけど? 里花ちゃん」
「……」
龍生は里花の返事を待たずにその場を離れた。
(里花ちゃんって、馴れ馴れしい。ていうか、いつ、わたしの名前を覚えたのよ。気持ち悪い)
隣で何食わぬ顔でネットを張り始めた龍生の姿に、『曲者』この言葉が思い浮かんだ。おまけにプライドが高くて冷淡そうな性格に見える。
相手にしない方がいいのかもしれない。
(お祭り好きのお騒がせ連中ばかりだと思ったら、中にはこんなのもいるのね)
高校生になった途端、いろいろなことが起こる。
いつまでも自分たちの殻に閉じこもっている場合ではないのかもしれない。視野も広げていかなくては、いざというときのために。
観客席を見ると晃希たちの姿はなかった。
(ビデオを撮ってもらうつもりだったのに、まさかこんなイレギュラーがあるとはね)
里花は携帯電話を見る。メールだ。
〈ごめんね。今日は帰る〉
晃希からだった。
用件のみの短い文章。
けれど里花には、その何気ない心づかいがうれしかった。




