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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
33/56

第33話 嵐到来

(また、黒系だな)


 裕幸は緋色のウェアを見て思った。


(なんで、いつも地味なんだろう。あの真紅のウェアすごく似合っていたのに)


 ここでは学校名入りのウェアがあるが、試合等外部へ行く時に着るのがほとんどだ。普段は好きなものを着ている。女子もピンク系ブルー系などパステルカラーもよく着ているから。

 だから、ほんの少しの好奇心だった。


「緋色ちゃん、久しぶりー」


 裕幸は体育館に入ってきた緋色に声をかけた。裕幸をちらりと見る目線が、とてもかわいい。


「昨日も会いましたよ。先輩」


 素っ気なく返事をしたのは里花だった。緋色が困惑顔で裕幸を見るのはいつものこと。このくらいでめげる彼ではない。


「一日ぶりじゃん。寂しかったぁ」


 行く手を遮るように立って、首を傾げてちょっと甘えた声で緋色に話しかけた。

 緋色は返す言葉がない。完全に引いている。


(ばかか。こいつ! まだ、理性が残っているうちに、退散しなくては)

 

 里花は怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、こめかみを押さえてなるべく冷静な声で言った。


「すみません。練習始まっちゃうので、そろそろいいですか。行こっ」


 緋色の背中を押したときだった。


「ねっ。緋色ちゃん」


(まだ言うか。しつこい!)


 里花は堪忍袋の緒が切れる寸前だ。これ以上は限界だった。


(とにかく、無視、無視……)


 そして、緋色の手を取り二、三歩、歩み出した時だった。


「あの真紅のウェア、着てこないの?」


(え!)


そのとたん、緋色の足が止まった。


(なんで知っているの? あれは、入学式の朝に一度着ただけだったのに。あの一日だけ。なのに、なんで?……)


 どくんー 


 大きく心臓が跳ね上がった。冷水を浴びせかけられたように、サーと血の気が引く。思いがけないことをいわれて、頭の中が混乱する。緋色は青ざめた顔で裕幸を凝視する。


(なぜ、この人から言われなければいけないの?)


 緋色は裕幸に見られていたのを知らない。


「あれ、すごく、にぁ……」 


 全部は言えなかった。緋色に口を塞がれてしまったからだ。


「いやっ!」


(あれは、わたしとお兄ちゃんだけの秘密なのに。誰もはいってこないで!)


 予想もしなかった緋色の行動に、体が硬直してしまった。

 何かいやがることを言った覚えはなかったのに……何故こういう事態になったんだろう?

 このあと、どうしよう。

 口を塞がれた手をどかした方がいいのだろうが、どうやって? 裕幸はパニくって、何もできない。


 周りもそのただならぬ様子に気づき、二人を見ている。藤と佐々もとっさの出来事に動けずにいた。

 里花は緋色の突拍子もない行動に、一瞬頭が真っ白になったが、すぐに我に返る。


「緋色」


 冷静に放たれた里花の声に、緋色は弾かれたように顔を上げて、自分のしたことに気づくと、慌てて手を放した。

 早くこの場から離れたい。


「ごめんなさい」


 訳の分からない風に固まっている裕幸に早口で謝ると、緋色は急いで歩き出した。


(いやだ。あれは、お兄ちゃんからの大切なもの。誰にも知られたくなかった。いや)


 里花が振り返ると裕幸はまだ呆然としていた。


(真紅のウェア? なんだろう?)


 緋色は女子部の館内に消えてすでにいない。一人その場に残された里花には何が起きたのかわからなかった。緋色と里花たちが女子部の館内に入るのを見届けて、藤と佐々は裕幸の元へと向かった。


 裕幸が緋色に話しかけるのは、日課になっていて、緋色もあまり相手にしていなかったから、それほど問題にしていなかった。それに裕幸だけではなく、他にも話しかける男子は何人もいる。しかし、今日は違う。菜々の件があった後だ、あんなに動揺した姿を見せられてはたまらない。


「先輩? ちょっといいですか?」


 藤と佐々は、後ろからそれぞれ裕幸の肩に手をかけた。


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