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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第32話 遠野ショック

 誰もいなくなったバドミントン男子部の部室。


 藤と佐々は壁に飾ってある一枚の写真を眺めていた。そこに写るのは選手達と共に笑う亮の姿だった。入部してきた時には既に写真はあって、毎日、誰かしら写真を前に足を止めていた。

 特に三年生は実際に亮と過ごしたせいか思いは深いらしい。時々、ポツリ、ポツリと亮の思い出話が出る。自分たちの知らない亮の姿がここにはあった。


「あれ、まだいたんだね?」


 部室のドアを開けた春磨が、珍しく居残っている藤と佐々に驚いた顔をした。いつもは緋色たちを送るために、誰よりも早く部室を飛び出していく二人だ。


「今日は必要ないんで」


「ああ、そうか」


 緋色たちがいないことは知っていた。今日は休みだと聞いて、ちょっとした騒ぎになったのだ。


「写真見てたんだ」


 春磨は二人の横に並ぶと同じように写真を見つめた。


「亮先輩、知ってる?」


「……はい。中学校の先輩なので」


 春磨の問いに、ちょっと躊躇してから一番無難に佐々が答えた。


「そっか、そうだよね」


「写真飾っているんですね?」


 藤が聞いた。写真を見るにはまだ辛すぎる。亮と過ごした時間はほんの少しだが、思い出は強烈過ぎて忘れられない。


「みんな亮先輩のことが好きだったし、それに願掛けの意味もある。それと、亮先輩の遺志を継ぐっていう……」


「「遺志ですか?」」


「うん。俺達って、遠野ショックって言われてるんだよ」


「「遠野ショック?」」


「二年前のインターハイは八連覇がかかっていて、それを逃して。それでもあの年、三位になったのはすごいと思っているけど、それ以来、優勝からは遠ざかっているからね。だからバド関係者から言われてんの。亮先輩の悲報からまだ立ち直れないってね」


「……」


 絶句。藤も佐々も何も言えずじっと写真を見つめるだけ。亮が笑って自分たちを見ていた。


「ごめん。余計なことだったね。亮先輩って、女子からパーフェクト王子って呼ばれてたんだよね。知ってた?」


 春磨は沈んでしまった気分を変えるように、明るい口調になった。


「はあ、そうみたいですね」


 藤が曖昧に答える。それは今日聞いた。


「それから『氷雪の君』とも呼ばれていたらしいよ」


「氷雪ですか? 冷たそうな寒そうな……」


 いつも明るかった亮には似つかわしくない呼び方だった。


「それは性格的なものではなくて、凍る雪の如く、何人もの女子に告白されても、その心を溶かすことは出来ないって意味だったらしいよ。ただし、これは特進女子だけの通り名だったみたいだけどね」


 春磨が笑って言った。


「亮さんって、ホントすごい人だったんだ」


 藤が無意識にポツリと呟いた。


(亮さん? ずいぶん親しそうな呼び方をする。実は面識がある?)


 春磨は気になったが、あえてスルーした。


「ファンクラブも最大だったんじゃないかな? ユッキーも人気あるけど目じゃなかったよね。ランキング戦の時なんか、中に入れない女子たちもいたらしいから。頭もよかったし、影の生徒会長とか呼ばれてもいたし、とにかく影響力すごかったからね」


「はー、亮さんて完璧だったんですね」


 思いを馳せるように写真を見ながら、感心したような佐々の言葉に藤も頷いていた。


(やっぱり……知っている。どうやって知り合ったんだろう?)


「そうだね。俺から見ても完全無欠な人だったなあ……と、そろそろ、部室閉めるよ?」


 このまま、話を引き出してみたかったが、このあたりが頃合いかもしれない。春磨は話を切り上げた。


「そうですね。帰ります」


 時計を見ると結構遅い時間になっていた。バッグを肩にかけると、二人は部屋を出ていった。無防備に心を晒された時に、うっかり本音が出るものだ。


(思わぬところでつながりが見えた。あと、もう少しかな?)


 一人残った春磨はもう一度写真を見上げた。


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