表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
23/56

第23話 事の顛末

「一人で行かせたわたしも悪いんだけど、適当にごまかして帰ってきていいのよ。まともにつき合ってたらきりがないでしょう?」


 確かに要領は悪い。菜々が言ったようにもどかしさは多分にあるが、そうなってしまったのは、自分にも責任があるから里花も強いことは言えない。


「うん。でも……なんて言ったら……」


「これから練習です、とか。帰りますとか、ニコッと笑って、頭でも下げれば、それでうまくいくんじゃない?」


「そっか」


 里花の言葉に感心したように頷いた。


(あの女子マネ、怒ってたみたいだから、どんな毒舌を吐くんだろうって楽しみにしていたら、拍子抜けしちゃったわ。理性の人だったのね。残念。手ごたえありそうだったのに……私の周りってそんな相手いないんだよね。藤も佐々もダメだし、美佑に菜々もねぇ。緋色は論外だし、翔も、頭はよくても口はからっきしだし、晃希さんも弁はたちそうだけど、かといって相手になるようなタイプじゃないし、誰かと徹底的に議論を戦わせてみたいんだけど。彼女なら相手になるかしら? 一度手合わせしてもらいたいもんだわ。楽しそう)


 里花が真帆との対決を想像して、わくわくとした気分になっていると、一番聞きたくない男子の声がした。


「緋色ちゃん」


(いやだわ。しっかり声を覚えちゃったじゃないの)


「緋色ちゃん、俺、今から試合なんだけど、応援してね」


 いつの間に来たのだろうか? あと少しで女子用館内に入ろうかいう時に、目の前で緋色は裕幸につかまってしまった。間が悪い。

 あの試合以来、裕幸は緋色を見かけるたびに声をかける。里花は完全無視で通り過ぎたかったが、とりあえず、テスト。 


 緋色はちょっと考えてから、にっこりとする。


「今から練習なので、すみません」


 ペコっとお辞儀をした。


「えー。そうなんだ? 残念」


 肩をすくめながら、手を広げて少しオーバーなリアクション。


(いちいち大袈裟な……)


 里花は図々しい態度についこぶしを握る。


「頑張ってくださいね」


「うん。がんばる」


 裕幸は嬉しそうに小さくガッツポーズをした。


(こいつが実力、人気ともNo1かとかと思うと、何故か腹立たしい。このこぶしで殴ってやりたい)


 ここがあの紫杏かと思うと、憤りがふつふつと湧き上がってくる。もうちょっとましなやついないの? 入部してからの里花の心の叫びだった。

 

「里花ちゃん?」


 緋色は言い終えると、里花の反応を気にするようにちらっと見た。


(全国大会常連校、全国大会優勝も数知れず。有名強豪校の実態って、こんなものだったのね。それでも強いことには違いない。現実は直視しないと。亮さんもこの中の一員だったのよね? ギャップがあり過ぎて、想像できないわ)


「休憩時間も終わるね。緋色行きましょうか」


(でも、今は緋色が大事よね)


 里花は気持ちを切り替えて、二人は女子部の館内へと入っていった。



「あれでよかったのかなぁ?」


 練習が始まってしばらくした頃、考えていた風な緋色がポツリとつぶやいた。彼女の自信なさげな表情に、里花は思わず破顔する。


 松嶋裕幸、あいつは気に入らないけど。


「上出来よ。あんな感じでいいのよ。よくできました」


 里花の合格判定に緋色はホッと胸をなでおろした。


(学習能力はあるんだし。これから、いろいろ教えていかなくちゃいけないのかしらね。亮さんがいたから何の心配もしていなかったけど。わたしが出来るのは精々、高校まで。それから先は誰が緋色を守って、導いていくんだろうか)


 あんなにはっきりと見えていた未来は、今は見えない。

 不透明なまま、時間は過ぎていく。



********


「かわいいよねぇ」


 裕幸は緋色の後ろ姿を見送りながら、うっとりと見惚れていた。

 

(また、こいつは)


「試合始まるから。早く行かないと失格になる。ほら、竹内がにらんでいるし。さっ、早く」


 龍生はいつまでもデレデレしている裕幸の襟首を掴んで、引っ張っていく。


(困ったもんだ……でもコートに入ると別人になるから、すごいよな。この切りかえの早さ)




********


「あいつ、ここで一番強いんだよな?」


 スコア表を貰って指定のコートに移動中、藤が佐々に確認する。


「そうらしいね」


 緋色を見逃さずマメに声をかける裕幸が、二人は気にくわない。

 パワーもスピードも技術もある。格上だということは何度か対戦したから十分にわかっている。わかってはいるのだが。それでも高校生王者らしく冷静沈着さとオーラでもあれば、少しは大目に見ることもできるのだろうが、見る限りそれらしきものは何もない。普通のチャラチャラした男子にしか見えない。


「どう転んでも、尊敬はできない。無理」


 藤がいえば佐々も、ここぞとばかりに、うんうんと大きく二、三度頷いた。


「ところで、ユッキーのやつ、どのくらいで名前覚えてもらえるかなぁ」


 すでに、呼び捨てで先輩扱いされていない。何を期待しているのか、藤は喜々とした表情になった。


「そうだなあ。三か月? 半年? いや、覚えてもらえないという可能性もあるな」


 佐々もあごに手を置いて真面目そうに答えてはいるが、完全に目が笑っている。


「そっちが高いか」


 二人は裕幸を一瞥して、ひそかに笑いあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ