第23話 事の顛末
「一人で行かせたわたしも悪いんだけど、適当にごまかして帰ってきていいのよ。まともにつき合ってたらきりがないでしょう?」
確かに要領は悪い。菜々が言ったようにもどかしさは多分にあるが、そうなってしまったのは、自分にも責任があるから里花も強いことは言えない。
「うん。でも……なんて言ったら……」
「これから練習です、とか。帰りますとか、ニコッと笑って、頭でも下げれば、それでうまくいくんじゃない?」
「そっか」
里花の言葉に感心したように頷いた。
(あの女子マネ、怒ってたみたいだから、どんな毒舌を吐くんだろうって楽しみにしていたら、拍子抜けしちゃったわ。理性の人だったのね。残念。手ごたえありそうだったのに……私の周りってそんな相手いないんだよね。藤も佐々もダメだし、美佑に菜々もねぇ。緋色は論外だし、翔も、頭はよくても口はからっきしだし、晃希さんも弁はたちそうだけど、かといって相手になるようなタイプじゃないし、誰かと徹底的に議論を戦わせてみたいんだけど。彼女なら相手になるかしら? 一度手合わせしてもらいたいもんだわ。楽しそう)
里花が真帆との対決を想像して、わくわくとした気分になっていると、一番聞きたくない男子の声がした。
「緋色ちゃん」
(いやだわ。しっかり声を覚えちゃったじゃないの)
「緋色ちゃん、俺、今から試合なんだけど、応援してね」
いつの間に来たのだろうか? あと少しで女子用館内に入ろうかいう時に、目の前で緋色は裕幸につかまってしまった。間が悪い。
あの試合以来、裕幸は緋色を見かけるたびに声をかける。里花は完全無視で通り過ぎたかったが、とりあえず、テスト。
緋色はちょっと考えてから、にっこりとする。
「今から練習なので、すみません」
ペコっとお辞儀をした。
「えー。そうなんだ? 残念」
肩をすくめながら、手を広げて少しオーバーなリアクション。
(いちいち大袈裟な……)
里花は図々しい態度についこぶしを握る。
「頑張ってくださいね」
「うん。がんばる」
裕幸は嬉しそうに小さくガッツポーズをした。
(こいつが実力、人気ともNo1かとかと思うと、何故か腹立たしい。このこぶしで殴ってやりたい)
ここがあの紫杏かと思うと、憤りがふつふつと湧き上がってくる。もうちょっとましなやついないの? 入部してからの里花の心の叫びだった。
「里花ちゃん?」
緋色は言い終えると、里花の反応を気にするようにちらっと見た。
(全国大会常連校、全国大会優勝も数知れず。有名強豪校の実態って、こんなものだったのね。それでも強いことには違いない。現実は直視しないと。亮さんもこの中の一員だったのよね? ギャップがあり過ぎて、想像できないわ)
「休憩時間も終わるね。緋色行きましょうか」
(でも、今は緋色が大事よね)
里花は気持ちを切り替えて、二人は女子部の館内へと入っていった。
「あれでよかったのかなぁ?」
練習が始まってしばらくした頃、考えていた風な緋色がポツリとつぶやいた。彼女の自信なさげな表情に、里花は思わず破顔する。
松嶋裕幸、あいつは気に入らないけど。
「上出来よ。あんな感じでいいのよ。よくできました」
里花の合格判定に緋色はホッと胸をなでおろした。
(学習能力はあるんだし。これから、いろいろ教えていかなくちゃいけないのかしらね。亮さんがいたから何の心配もしていなかったけど。わたしが出来るのは精々、高校まで。それから先は誰が緋色を守って、導いていくんだろうか)
あんなにはっきりと見えていた未来は、今は見えない。
不透明なまま、時間は過ぎていく。
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「かわいいよねぇ」
裕幸は緋色の後ろ姿を見送りながら、うっとりと見惚れていた。
(また、こいつは)
「試合始まるから。早く行かないと失格になる。ほら、竹内がにらんでいるし。さっ、早く」
龍生はいつまでもデレデレしている裕幸の襟首を掴んで、引っ張っていく。
(困ったもんだ……でもコートに入ると別人になるから、すごいよな。この切りかえの早さ)
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「あいつ、ここで一番強いんだよな?」
スコア表を貰って指定のコートに移動中、藤が佐々に確認する。
「そうらしいね」
緋色を見逃さずマメに声をかける裕幸が、二人は気にくわない。
パワーもスピードも技術もある。格上だということは何度か対戦したから十分にわかっている。わかってはいるのだが。それでも高校生王者らしく冷静沈着さとオーラでもあれば、少しは大目に見ることもできるのだろうが、見る限りそれらしきものは何もない。普通のチャラチャラした男子にしか見えない。
「どう転んでも、尊敬はできない。無理」
藤がいえば佐々も、ここぞとばかりに、うんうんと大きく二、三度頷いた。
「ところで、ユッキーのやつ、どのくらいで名前覚えてもらえるかなぁ」
すでに、呼び捨てで先輩扱いされていない。何を期待しているのか、藤は喜々とした表情になった。
「そうだなあ。三か月? 半年? いや、覚えてもらえないという可能性もあるな」
佐々もあごに手を置いて真面目そうに答えてはいるが、完全に目が笑っている。
「そっちが高いか」
二人は裕幸を一瞥して、ひそかに笑いあった。




