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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第21話 真帆登場

 察しはついたが、


「夏海さん、お願いします」


 真帆が軽く頭を下げた。


「は? わたし? なんで?」


「こういう場合は最高学年者が行った方が効果ありますよ。それに夏海さんの微笑みでちょちょいっと騙せば、男子達も言うこと聞くんじゃないですか? うん、それでいきましょう」


「それって、たいした効果はないと思うんだけど? 相手は桜木緋色よ。男子達があんなに色めきたってるの、見たことないし、わたしなんか多少モテるとはいえ、彼女の足元にも及ばないし、それにこの姿、この性格よ? みんなを黙らせるような迫力は出せないと思うわー」


 我ながら名案だと思った真帆に、人差し指を頬にあててほんわかと微笑む夏海。


(出た、悩殺スマイル‼)


 淑やかな顔立ちと日頃の立ち居振る舞いを見れば、その通りかもしれないが。


(今、この人何気に自慢しちゃったよ。何気に桜木緋色に対抗意識持っちゃてるし。もしかしてずっと、気になっていたとか? 知香とは別の意味で)


「そうですね。夏海さんのようなか弱いお姫様じゃ、無理かもですね」


「そうでしょう? ということで、真帆ちゃん、お願いね」


 これ以上、押し問答しても埒が明かない。時間の無駄なので、真帆は「はい、はい」と諦めたように返事をして席を立った。


「真帆、行って来い、行って来い」


 しっしっと、追い立てるような仕草で手を振る梓の偉そうな態度に、瞬間、イラッときたが、大仰にため息をつくに留めてその場を離れた。


(まったく、あの人達は、面倒事は全部わたしに押し付けるんだから。サッカー部の時も、夏海さんにせっつかれてだったし、他にも色々……思い返せばきりがないけど。ホント、わたしは事件処理係じゃないっつーの)



******** 


「ねえ、ちょっと、緋色てば大丈夫かなあ?」


 心配そうに聞いてきたのは菜々で隣には美佑もいる。女子部と男子部を仕切る扉のそばに、珍しく一人でいた里花のところにやってきたのだ。

 女子部の館内から覗くように見てみると、トレーニングルームの前の緋色と男子部員達の姿。いくらモテるとはいえ、あんなに囲まれてしまってはかわいそうだ。


「藤と佐々がいるんだけど?」


 平然とした態度の里花。


「いるみたいだけど、あんなに押されてるんじゃん。多勢に無勢って感じだよ?」


 次から次へと沸くように出てくる男子達に、なすすべもなさそうな藤と佐々を見て、菜々が困ったような顔をした。


「助けに行った方がいいよ?」


 美佑も心配そうに緋色を見ている。


「緋色も適当なところで帰ってくればいいのにね。緋色って要領悪いの? そろそろ休憩時間も終わりだよ」


 菜々は館内の時計をチラッと見て、里花に視線を移した。


「しょうがないわね。確かにあの二人、使えないわ」


(もうちょっと、うまく排除できるかと思ったら、ヘタレよね。あいつらが図々しすぎるのもあるかもしれないけど)


「ほら、女子マネ、出てきたよ。ますますマズイんじゃない? 大事になる前に行った方がいいよ」


 男子部の館内から真帆が歩いていくのが見えた。言われてみればそうかもしれない。菜々の言葉に里花は「そうね」と頷いた。


「じゃ、いってらっしゃい」


「あなたたちは行かないの?」


 手を振る菜々と美佑に、里花は第三者的な態度の二人に聞いた。美佑はともかく好奇心旺盛な菜々は、一緒についてくるとばかり思っていたからだ。

 

「なんで? 里花一人で充分でしょ」


「緋色のことが心配じゃないの?」


「心配だけどさ、大勢で行ったらややこしくなるよ。あの人ちょっと怖そうだし」


 サッカー部乱入事件。あの時の真帆の勇ましさというか、男子を震えさせたあの威圧感はかなりのもので「すっご! 女帝の本領発揮ね」と女子部の二年生が囁いていた。

 特進科の女子は三分の一程度で少ない。そのためか校内でも特別視されている。特進科六人の女子マネージャー達。その中でも冴え冴えとした性格を見せつけた真帆の存在感はピカイチだった。

 それを思えば菜々の言葉に納得するものもあり、里花は一人で歩いていった。


「ねえ、緋色ってめんどくさかったりする?」


「さあ? あんまり感じたことなかったんだけど」


(めんどくさいか)


 中学の頃は、里花と藤と佐々の三人にきっちりガードされていたせいか、気づかなかったが、見る者が違えば、感じ方も変わるのだろうか。中学の頃とは違う。美佑は男子達に囲まれて動けない緋色に目をやった。




********


(緋色ちゃんてすれていないというか……綺麗なんだから、もう少し高飛車な所があってもいいのにね。男あしらいが全くできないし、付け入られる隙、いっぱいありそうだし、ちょっと、心配になるよ。それに藤と佐々も、早く緋色ちゃんを帰してあげればいいのに。いつまでも構うから、こいつらがつけあがるんだよね)


 春磨は目の前で繰り広げられる騒動に傍観者を決め込んで、心の中で呟く。助け舟を出す気など毛頭なかった。


(こいつらダメだ。だんだん収集がつかなくなってきた)


 藤と佐々はさすがに辟易した。

 緋色の返事を聞くまでは引き下がりたくないのか、なかなか諦めない。挙句の果てに、遊ぼうとか、デートしようとか、要求はさらにエスカレートしていた。

 緋色は困ったように笑うだけだ。体よくあしらうというこの辺のスキルも全然見当たらない。


(そろそろ、帰さないと)


 藤が切れて怒鳴ろうとした時だった。


「お前ら、いい加減に……」


「何、やってるんですか?」


 藤の声にかぶせるように女子の声が聞こえた。

 ハッとして声がした方を見ると真帆がいた。彼女の姿を認めると蛇に睨まれた蛙の如くみんなが一斉に固まる。ピキンと音を立てて周りの空気も凍る。しまったー。後悔してももう遅い。


「何をやっているんですか?」


 冷え冷えとした空気の中、真帆はもう一度問う。


「……緋色ちゃんと話を……してるんだけど」


 勇気を振り絞って、真帆の顔色をこわごわ窺いながら、一人が答えた。


「そうですか。皆さん、余裕ですね。今、何の時期がご存知ですか?」


 眼鏡の奥の笑っていない目と抑揚のない真帆の声が恐怖を誘う。


「ランキング戦……です」


「よくできました」


 戦々恐々とする男子達をじっと眺めまわしてから、口の端をあげてニヤリ、不敵に嗤った。


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