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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第10話 外野のざわつき

 対戦相手の松嶋裕幸は、一年の頃からレギュラーで、今年の選抜大会でシングルスを制している。ダブルスも準優勝。団体戦では三位。堂々たる戦績だ。小学生、中学生と全国制覇し、天才といわれている選手。


 そんな選手と対戦している緋色はというと、スピードもありスマッシュにしても力強い。あの細い体からどこにそんな力があるのかと思わず見とれるほどだ。裕幸のスマッシュでさえ、一度で決められることはあまりない。

 シャトルを追いかけるのが楽しいとコートの中を駆け回る。バドミントンが本当に好きなんだなと菜々には、緋色がそんなふうに見えた。


「美佑って、すごい子とペアを組んじゃったんだね。羨ましいというか、何というか……」


 それを幸運と取ればいいのか、プレッシャーと取ればいいのか、複雑な思いをのせて菜々は言葉を濁した。


「そうだね。自分でもそう思う。まさか全国にいけるなんて思ってもいなかったし、ましてや優勝するなんてね。今でも信じられないくらいだもん」


「へえ。本人でもそう思うんだ?」


 美佑はこっくりと頷いた。

 緋色とペアを組むなんてこと、ありえないと思っていた。

 公立の中学校でバドミントンのレベルは高くない上に、顧問は未経験者の教師。コーチもいない。小学校ではコーチにも恵まれ県大会でも上位だった美佑は、その現実に愕然としたのだった。常に強い選手と組んでいた彼女が選んだのは、親友だった。


 女子の場合は、感情がどうしても入りやすくなるから、気の合った友達との方が組みやすい。緋色も里花と組んでいた。

 部内でもグループができていて、緋色とはあまり接点がなく、入学当初から男子に騒がれていたから、何となく近寄りがたく話しかけにくかった。


 転機が訪れたのは中二の秋。


 試合前にたまたまお互いのパートナーが休みだったことで、ペアを組んで練習したことがきっかけだった。

 基礎力があるのに試合ではその実力が発揮できないなんて、ずっと不思議でしょうがなかった。本番に弱いのかなとも思っていたけれど。実際に組んでみると、思っていたよりもやりやすくて、緋色は上手だった。


 いつか機会があれば、練習でなら組んでみてもいいかなと、ほんの軽い気持ちで言っただけのことだったのに、それが何故か実現してしまったのだ。

 だからこの現実に一番驚いているのは美佑だった。


(ある程度の注目は仕方ないにしても……これじゃあ、悪目立ちね。まったく ここの男子ったら落ち着きというものがないわけ。しかも、しょっぱなから緋色ちゃんってどんだけ図々しいの)


 里花は二人の会話を聞き流しながら、心の中で一人毒づいていた。




********


 グラウンドに隣接する体育館はバドミントン部専用で、男子部は何度も全国優勝をしており、実績がものをいう部活において、校内でも一目置かれている部の一つ。数ある部活の中でも、全国優勝の数において男子バドミントン部は断トツだった。


「ユッキーのやつ、女子と試合してる」


 締め切られたドアから何気なく中を覗いていた男子が、珍しい光景に声を出した。サッカー部の男子。ちょうど休憩時間に入ったところで、数人の部員たちが、体育館の横の水飲み場で顔を洗い、のどを潤しているところだった。


「なんだよ。それ」


「男子が女子と試合するわけないだろ。しかもユッキーとなら、なおさらじゃん?」


 裕幸が全国優勝者だと知っているので、そこにいた七、八人の男子部員たちは信じられないような顔をした。


「いやいや、ほんとだって。見てみ」


 一人の男子部員が、親指を立てて、くいくいと中を見るように促す。男子達は半信半疑ながら、言われたとおりにするとあっと目を見開いた。


「桜木緋色」


 一年生部員が名前を呼んだ。


「「「桜木緋色?!」」」


 複数の男子が素っ頓狂な声を出した。入学式以来、うわさになっている美少女の名前だった。


「まじっ! 見てぇ」


「おれも」


「俺も」


「ちょっと、押すなよ」


 うわさの女子の名前を聞きつけて、われ先にと、扉の前に駆けつける。鈴なりの人だかり。体育館前は、あっという間に軽いパニック状態になっていた。

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