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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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売り出しなんて行事もあります 6

 呑気に正月三日を過ごしてしまえば、冬休みは残り一日。鉄からのお誘いは来なかったなと思いながら自分から呼び出すこともできず、やけに中途半端だ。外には少し雨が降っていて、翌日の仕事始めは自転車出勤できないかなと憂鬱になる。雨の中を延々と歩くのは、気が重い。歩くことを考えれば雪のほうが始末が良いような気もするのだが、その翌日を考えれば凍った道を自転車で走るのは……

 ヒマ。誰かからメッセ来ないかな。スマートフォンに視線を走らせると、タイムリーに着信音が鳴った。


 本当は、口許を緩めてしまいたいほど嬉しい。来ないかなと思っていた人からのメッセは自分の気持ちを見透かしたみたいで、つい浮かれたくなる。

 ヒマ、と一言だけの言葉が画面に浮かぶ。私も、と返事しようとして考える。なんか待ち侘びてたみたいで、ダボハゼっぽくない? 他の人にもメッセ入れてるんじゃないの? だから間髪入れずにじゃなくて、五分ほど置いてから返事した。五分くらいのタイムラグは、普通なら遅いとは責められない時間だ。

 だから? と返した。ヒマだよな、ともう一度返事があった。


 お茶でも飲みに誘ってくれればいいのにな、なんて思いながら、簡単な言葉のやりとりは終わってしまう。気軽な友達のつもりでいるなら自分から誘えばいいのに、美優にはそれもできない。うじうじしている自分がとてもイヤなのに、アクションが起こせない。

 どうしたらいいのか、わかんないの。自分から動いて今の関係を壊すくらいなら、逆にこのままでいいような気がする。



 ぶすったれてても翌日は来る。しとしとする雨の中を歩き、出社して年始の挨拶をする。

「あけましておめでとうございます!」

 少しずつ顔馴染みになってきた客が、にこやかに今年もよろしくと返事してくれる。こんな風に客と触れ合うことは、嫌いじゃない。自分の立ち位置をしっかり確保している気がする。

「あ、美優ちゃん。今日から売り出し準備ね」

 松浦が言葉でざんぶりと美優に水をかぶせ、新年の仕事がはじまる。数日でセール準備をするハードデイズだ、じっくり考えちゃいられない。休みの間にざっくりと考えたプランを松浦に伝え、任せたと後押しされる。良いアイディアだと言ってくれないのは不安だが、とりあえずの了承を取り付けてしまえば先行きの不安が減る。

 大丈夫! 少しだけ先に仕入れるだけで、冬中で捌ける量しか入荷させないから! そう思ってはいても、ふだん数枚ずつしか入荷させないものを十枚単位で発注するのはビクビクだ。メーカーの発注画面を開き、えいやっと発注登録ボタンをクリックする。あとは野となれ!


 おそらく何年も動いていないだろう商品をピックアップし、カタログを開いて現行モデルか否か確認する。現行モデルであるなら上下をセットにするとかサイズを揃えるだけで、また動き出す可能性がある。次の仕入れはモデルを選ぶだけじゃなくて、その辺も考えて調整しようと心に決めるが、新モデルの紹介を受ければまた忘れるだろうな、なんてちらっと思う。忘れないうち、つまり在庫を結構持っていて予算もそれなりにありそうな、今月のうちに行動すれば良いのである。卓上カレンダーに『デッド品を生き返らせる』と赤字で記入したりする。


 それでも可動ハンガー一台分の廃番廃色品を見つけた。その分常設のハンガーが空いてしまうのは、致し方ない。もう飾りでしか用を為さなくなったものを現金に換えれば、次の商品を考えることができる。

 本部に依頼して、思い切って三十パーセントオフのシールを送ってもらうことにした。今回の売出しで売り切れなくても、金額は戻さずに売り切ってしまおうと決めると、気分が楽になった。任せると言われたのだから、考えた通りに進めさせてもらおう。大丈夫、赤字にはならない筈だ。


 展示台をゴトゴトと動かし、会議用の長机を一台貸してもらって、即席の展示スペースを作る。あとは値引きシールと商品を待つだけ……疲れた。

 朝からの雨は上がっているが、駅までの道のりを考えると遠い。誰かまだ冬休みだったら、迎えに来てってSNSで流してみようか。そう思ってスマートフォンを見てから、ひらめく。

 女の子の友達には、ヒマなら迎えに来いって言えるんだもん。てっちゃんが友達認定なら、てっちゃんにそう言っても良くない? いつもてっちゃんが勝手に来て、晩ごはんだのって言ってくるんだもん。一回くらいなら、私から言ってもおかしくないと思うの。


 ドキドキしながらSNSの画面を開き、オレンジ頭のアイコンを選ぶ。迎えに来いとか入力しながら、半分くらいは断って欲しいと思っている。とても変な気分だ。

 間髪入れずに戻った返事は、三十分待ってろと命令形だ。命令形なのはまったくもって構わないのだが、車なら数分の鉄の家から何故三十分なのだろう。着替えてグロスを塗り直し、バッグを抱えて売り場に戻る。タイムカードはもう打刻してしまったから、棚の整理なんかせずにスマートフォンで遊び始めてしまう。


 紺色の作業服上下セットは、汚れていない。胸には早坂興業と白い刺繍があり、左肩には個人名。髪は不自然に黒く、スポーツメーカーのスニーカーは安全靴じゃない。

 誰ですか、これ。

「ごめん。親父置いてくるから、あと十分待っててな」

 二階に走り上がって来た速度で階段を降りて行った人を、ぼんやり目で追っていた。超超ロングじゃない作業服、持ってたのか。じゃなくって、もしかして仕事だった?

 店の前で鉄を待つために、美優も階段を降りた。

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