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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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売り出しなんて行事もあります 1

 三十日の午前中に売り場を掃除したら、仕事がなくなった。客は入って来ないし、商品だって入って来ない。終わったと思ったら帰っていいよ、なんて言葉に後押しされて、さっさと帰ることに決めた。

「連休の売り出し、準備進んでる?」

 松浦の言葉に足を止め、顔を見返した。

「売り出し、ですか?」

 確かに階下には告知のポスターが貼ってある。伊佐治二号店、大売り出し。


 美優の感覚では、大売り出しってやつは季節物の入れ替えの時期だとか賞与の前だとか、とにかく手っ取り早く商品を現金にってな時期なので、ポスターは眺めただけだ。作業服売場の商品はほとんど定番だし、それに向けて商品を用意しろなんて指示も出されていなかった気がする。

「二階も何かするんですか?」

「何かするか、じゃないよ。告知してるでしょ? それとも自分に関係ないと思ってた?」

 ここで思ってたとか言えない。指示がなかったから考えませんでした、なんて言ったら自覚の問題だと叱られる。

「あ、いえ、先月のカーゴパンツを出そうかな、と。あとは二階で余っているものはありませんから、年明けにメーカーさんから出物でも」

「新しく仕入れろなんて言ってない」


 ちょっと待て。まだ在庫の少ない売り場で、新しく仕入れもせずに何を売り出せと言うのだ。

「え、でも値引きできるものなんて、ないんですけど。まだ防寒服は安売りするの、もったいないですし」

「二階の商品が全部動いてる商品ってことじゃないでしょ? 動かない商品とか廃番になってもあるやつとか、そういうのを工夫して売っちゃって」

「値引きしてもいいんですか?」

「処分コーナー作って原価割らない程度に引いてもいいし、インナーとかとセット販売してもいい。二階は任せてるんだから、自分で考えて」

 それを今から休みに入る人間に言うか。仕事はじめは五日で、その週末には売り出しである。松浦が忙しいのはわかっていて、告知が貼ってあったのも知っている。けれど自分に関係のある事柄なら、当然指示はあるものだと―――! その前に、自分は日曜日は休日のはずだ。

「えっと、私、その日は休日出勤するんですか?」

「去年もそうだったでしょ? 責任者なんだから、開店前準備もあるから」

「去年、私はいませんでした……」

 そこでやっと、松浦は驚いた顔になった。


「去年、いなかったっけ?」

「入ったの、四月です」

 もう一年以上いるのだと誤解に基づいた、中途半端な前振りだったのだ。松浦も、少しバツの悪い顔になる。

「まあ客の大抵は電動工具目当てだし、二階は付け足しみたいなもんだから。工具メーカーさんたちがたくさん来るから、朝から忙しいよ。年明けに売り出し用のレイアウトにして、目玉をいくつか出してね」

 松浦がそう言ったとき、客が入って来た。いらっしゃいませと大きく声を出し、話が終わる。

「何にせよ、年明けだね。良いお年を」

 お先に失礼しますと挨拶をして、自転車の鍵を握る。年の最後に思い残すことどころか、新たなる懸案事項を投げつけられた気分だ。


 自転車の上で、大きな溜息をひとつ。やっぱり辞めちゃおうかな、小売業だってもっと気楽な仕事もあるはずだよね。ノルマも持たされず過剰仕入れの罰則もない伊佐治は、実は結構緩い。アルバイトだとしてもフロア責任者である以上は、利益向上に貢献しなくてはならない。売り場に立って品出しをするだけなんて、はじめから言われていない。責任者をしろと言われたのだから。

 軽く言われたからって、軽く考えて良いものではなかったのだ。親戚だからっていっても、叔父は現場にはタッチしない。もちろん時々は売り場を見に来たりはする。けれどそれは長い勤務時間のほんの一時だ。叔父が見ていない時間に、美優が何をしているかなんて気に留めていやしない。じゃあ、誰が自分の働きを認めてくれるっていうんだろう。


 帰宅すると、父親が換気扇を外していた。大掃除用の手袋やらウエスやらを売ったのに、世間様が大掃除中だっていうのはすっかり忘れている。休憩したら自分の部屋の窓くらい拭きなさいなんて母親に命じられて、イヤイヤ頷く。

「兄ちゃんだって大掃除してない」

「兄ちゃんは仕事でしょ。あんたはもう休みじゃないの」

「私だって仕事してきたんだよ」

「兄ちゃんはあんたの倍、家に生活費を入れてます。同じ権利を主張するんなら、同額請求するけど?」

「スミマセン。金銭で貢献できませんので働きます」

 もう母親に正面切って反抗するほど子供ではないし、不当な言いつけじゃないから仕方ない。


 夕方になって、これから行くなんてメッセが来て、忘れていたもう一つのことを思い出した。土産が云々と昨日にメッセがあったのだ。

 もう帰宅してしまったので店にはいないと返事をすれば、間髪入れずにまた着信だ。ヒマだなぁと呟きながらも、とても良い気分なことに変わりはない。自分は忘れていたのに鉄は覚えているってことが、何かの優位に立ったみたいだ。次の機会でも良いとメッセしたが、本当は会いに来ればいいのに、なんて。


 前に神輿を担いだ神社の年越しで、鉄は大晦日も地域活動らしい。来年になっちゃうのもナンだし、あとでちょっとだけ出て来いなんて言い分に、思わず口許が緩む。

 やだな、私ってこんなに単純だったっけ。



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