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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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卸し店と小売店の休みは、同じじゃありません その2

 まさか作業服をクリスマスプレゼントにする人がいるなんて、思いもしなかった。

「これ、取り寄せるのに何日くらいかかりますか?」

「メーカーに在庫があれば、中一日で入ります」

「あ、そんなに早いんだ? クリスマスまでに来ればいいんですけど」

「……プレゼント、ですか?」

 返事に妙な間が空いてしまったのは、ちょっと意表を突かれたからである。

「はい。ダンナが辰喜知好きなんで、今年のモデル揃えてあげようと思って」

 クリスマスプレゼントは作業服の最新モデル! 仕事するための服なんだから、プレゼントはもう少し粋なものにしようよ、奥さん。

 そんなことを口に出せるわけはなく、ただ笑顔で注文を受けつける。いくら人気ブランドでも作業服は作業服だし、彼女が購入しようとしているものは、織り柄が入っているとはいえニッカとベストのセットだ。そんなものは普段のおしゃれ用にならないから、受け取った側が喜ぶとは思えない。

 それがあくまでも美優の感覚でしかないことは、数日後に理解することになった。


 やけに家族連れが多いなと思った翌日に、ゴム手袋がいきなり減っていた。雑巾にするウエスも手袋も扱っているのだし、階下には大容量のゴミ袋やエアダスターみたいな家のメンテナンスに必要とされる商品が売っているのだから、スーパーマーケットや大型のホームセンターよりも安価だと知っている人がやって来るのだ。そんなことは考えもつかない美優は、首を傾げるばかりである。大掃除を暮れにする家が多いことは知っていたって、自分が主導権を持って行うことじゃないので、手渡されたもので手伝いをするだけ。つまりゴム手袋も小さな手箒も家に当然あるものだと認識していて、それを購入することは考えつかなかった。自分が販売しているものの用途は、一体何だというのだ。

 なんだか最近、軍手とゴム手の動きが早いなあ。皮手は買い込んだけど、そっちは在庫ないんだよなあ。あとさ、インナー類を多めに入れたから、それ買ってって欲しい。

 非常に呑気な見解である。


 クリスマスには友達と集まろうって話ができつつあり、スマートフォン片手に近場でイルミネーションを楽しむ場所を検討したりする。

「あのさ、それ二十三日にしない? イブ当日だって言ったら、拗ねられちゃった」

「そういうこと言う? リア充なんて爆発してしまえ」

「まあまあ、いいじゃん、二十三なら休みだし」

「あ、それなら当日は私もデートにしよっと」

「ちょっと、いつ相手ができたの? 聞いてない!」

 ファミリーレストランの女グループは、かしましい。あーでもないこーでもないと脱線に次ぐ脱線で、軌道修正した先でまた脱線。相談ごとなんて、ぜんっぜん進まない。


 美優の対面の視点が、美優を通り越した向こうで止まった。

「ね、美優の知り合いじゃない?チラチラこっち見てるけど」

「振り向いていい系? どんなの?」

「ヤバイ系かなあ。イカツイっぽい感じで、頭がオレンジ……」

 最後の一言で大きく打った鼓動を、無理に押し殺す。

「あ、知ってるかも」

 まったく気にしない顔を取り繕って、ゆっくり振り向いてみる。たった一カ所の特徴だけで誰だか理解しちゃうのが悔しい気はするが、オレンジ色の髪なんてたくさんはウロウロしていない。

 地元のファミリーレストランで、しかも週末。別に知っている顔があったって、おかしくはない。男の子の集団だって居酒屋ばかりとは限らないし、もしかしたらこれから車で出るのかも知れない。


 美優が振り向いたことに気がついた鉄が、手を振る。仕方なく振り返すと、席を立って美優に向かって歩いてきた。リアクションに迷う。

 ちょっと、なんでこっちに来るのよ。友達になんて説明すればいいの? 迷惑なんですけど。

 派手な刺繍のサテンのジャンパー、つまりスカジャンが思いの外高価なものなのは、知っている。足元のスニーカーも、多分とても値の張るものなんだろう。けれどもそんなスタイルは、少なくとも美優の周囲にはいなかった。見慣れた美優ですら、違和感があるのだ。


「よお、偶然」

 かけられた言葉に、曖昧に笑う。実は結構どっきどきなのだが、それを鉄にも友人たちにも悟らせたくない。

「偶然ですね。お友達とお食事ですか」

 鉄に返事してから、友達に向かって店の客だと言った。

「ずいぶん他人行儀じゃねえ? ま、いいけど。俺らはこれから車でぐるっとすんの。みーは?」

「クリスマスに夜景見る打ち合わせ」

 鉄は小さく笑った。

「女の子って、イルミネーションとか好きだよなあ。男にはちっともわかんねえけど」

 そんなことを言うだけ言って、邪魔してごめんと席に戻った。本当に知っている顔があったから来ただけ。あんなに人懐こいのに、硬派なんて信じない。


「お客さんに、みーなんて呼ばれてるの?」

「ううん、あの人だけだよ」

「ちょっと怖いとか思ったんだけど、いい感じじゃない? 喋ると普通っぽい」

 そうか、やっぱり見た目が私の周囲と合わないだけで、普通だよね。良かった、ヘンだとか思われなくて。

「あの人だけ、名前で呼ぶんだ? 仲良いじゃない」

「ああいうキャラクターなだけだよ」

 明後日のほうを向いてみる。確かに個人的に仲は良いのだけれど、ちょっとビミョーなの。


 


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