卸し店と小売店の休みは、同じじゃありません その1
十二月に入ると、美優の書類ケースに入れられる紙の量が増えた。各メーカー及び工務店から、次々と来る年末年始休業のお知らせだ。大手総合メーカーの休みを見れば、羨ましくもなる。ただし時給で働く美優が同じだけ休めば、次の給与は惨憺たる有様だが。
やっぱり正社員がいいなあ。福利厚生が変わらなくても、安定感が違う。休業の予定を見ても考えつくのはそれくらいなもので、伊佐治の店内は何も変わっていない。訪れる客も慌ただしそうな様子はないし、年末だからって走り回ることないんじゃないのー、みたいな。
月が変わったくらいで年末を自覚できるのなんて、一部の計画性のある人だけだ。たとえばトップがそれを強く主張しても、そこから伝わる緊張は人数が増えるごとに分散していき、言葉だけの伝達になって霧散する。そして師走の緊張感なんて、月初には欠片もなくなっちゃう。まあ、人間なんてそんなもんだ。
そんな概念だけの月末より、オトメにはもっと重要なクリスマスなんてものがあるのである。別に予定なんてなくても、華やかなウィンドウディスプレーに浮かれて買ってしまった可愛いパンプスが歩く場所を、与えてやりたいものだ。
女の子同士でだって、集まって食事くらいできるもん。みんなでイルミネーション見に行って、ちょっと良いお店に行くっていうの、どうかな。SNSで流して、プラン考えようっと。
もう一通りの冬服は入荷して出るだけ出てしまったから、あとは消化することだけを考えれば良いのだ。揃わないサイズは買い足さずに、足りない分だけ客注で取り寄せて行く。神経質に在庫のサイズを揃えると、春に大量に売り残してしまう可能性が高い。定番商品を翌年に持ち越すのは構わないが、仕入れる分の予算を考えれば、翌年の仕入れまで今年の予算を注ぎ込む必要なんかない。在庫は資産だから、保管場所を圧迫して利益にもならないとすれば、次シーズンまで邪魔な箪笥預金になってしまう。箪笥預金は利益を産まない。
松浦が大きな段ボール箱を持って階段を上がってきたとき、何も発注していないのにと不思議に思ったのだが、中身は商品じゃなかった。
「上手く飾ってね。手が足りなかったら、男を呼んで」
箱を開ければ出てくる、作り物のクリスマスツリーと各種のオーナメント、キラキラのモール類。作業服売場に、これをどうしろと。置いてあるものは、どこをどう見てもクリスマスになんか着るものじゃないだろう。まして階下の商品に至っては、その日は見たくもないのではないか。美優はそう考察する。考察したところで目の前の箱が消えてなくなるわけじゃないので、仕方なく中身を取り出した。
普段の美優のセンスでは考えられない、派手派手しいモールとオーナメント類と安手な作りの置物。見ただけでうんざりした顔になる。しかも全体的に古臭く、埃臭い。
これを上手く飾れと言われたって、どう頑張ってもダサいことになっちゃう。でも無視するわけにもいかないだろうしなあ。
しぶしぶ脚立に登り、キラキラのモールを天井から下げる。もちろん引っかけるために金具を付ける手間なんてかけたくないから、両面テープでべたべた貼った。棚のあちこちに、モールでできた安っぽいオーナメントも貼った。どうやったってダサいものはダサいので、かなりおざなりで投げやりだ。配置なんかどうでも良いとばかりに、安手な置物も棚の隅っこに置いていった。
そして一通り渡されたものを消化した成果を見回すと、意外や意外、売り場は華やかになっていた。
通常の作業着売り場とファッションブティックの大きな違いは、機能性優先かデザイン優先かだ。作業服は機能性が重視されるが故に、華やかさに欠ける。そこに色味が加われば、売り場全体のくすみが緩和される。そんな効果に美優が気を良くしても、不思議はないだろう。
ディスプレーももう少し派手にしちゃおうかな。階段の前の一番目立つ場所に、マネキンを置こう。クリスマスカラーでペアにして、その横に展示台で帽子とかネックウォーマーとか置けばいいかも。
考えているうちに嬉しくなってきて、マネキンを着せ替えた。モスグリーンのデニムとワインカラーの鳶装束を一体ずつ着せて、階下に助けを求める。女の子ひとりでは動かせないものは、そうやって助けてもらえば良いと学習した。
機材を動かしてもらっている間、もう一度マネキンを確認した美優は、ふと赤面した。別にいかがわしいことを考えたわけじゃない。モスグリーンのストレッチデニムに、ふと顔が浮かんだだけだ。数日前に見た細身のパンツ姿、あれ似合ってたな、なんて。そしてこの地厚なデニムでも、あの肩幅なら問題なしに着れるな、なんて思い浮かべちゃったのだ。
最近は鳶装束じゃなくて、カーゴパンツの鳶さんも多いって話だ。今度来たときに、ちょっとプッシュしちゃおっと。
その辺に商売が混ざるのは、まだ理性ってことにしておこう。




