家庭によって生活も様々です その2
通用口から、大きな声が聞こえた。
「クニコさーんっ!上に持ってくのどれーっ?」
聞き覚えのある声だと思いながら、鉄の祖母が立ち上がるのを見ていた。
「そこのね、飲み物の箱。重いから一つずつ……リョウちゃん、無理しなくてもいいから」
「鉄骨に比べたら、軽いもんっす!これだけ?他には?」
ついダイニングを覗き込むと、左肩に清涼飲料水の箱を担ぎ、右手に缶ビールの箱を抱えたリョウがサンダルをつっかけるところだった。
「あれ?みーさんだ」
他の人が働いているのに、自分だけ涼しい部屋にいるのは申し訳ない気がする。鉄の祖母、どうやらクニコさんと呼ばれているらしい人も、休憩と言いながらソワソワしている。
「あの、何かお手伝い……」
「いいのいいの、力と人手は足りてるんだから」
さくっと断られても、何をするってものでもない。ただ座ってるのもなんだかなあ、なんて思いつつ、興味のない番組を流しているテレビを眺めたりする。
今目の隅を掠めたのは、男のパンツじゃないでしょうか。リビングを横切って歩いていく人を、思わず二度見した。
「タケシ!女の子がいるのに!」
クニコさんが声を出したので挨拶せざるを得なくなり、美優はソファから立ち上がった。
「お邪魔してます、伊佐治の相沢と申します!」
頭を下げて、今度こそ間違いなく名乗る。
「ああ、みー坊ちゃん。そんな格好してるから、わかんなかった。伊佐治のダサいポロシャツ着てないと」
パンツのまま鉄の父親は、気さくに笑った。
「屋上が焼けちゃってて、あっちぃったらねえわ。人が来はじめたからシート敷こうと思ったんだけど、その前にちょっとシャワー浴びてた」
美優の兄だって、入浴後に下着一枚でウロウロしていることはある。けれども向かい側にトランクス一枚でどっかり座られたって、目の遣り場に困るではないか。美優の視線がウロウロしていることに気づいたクニコさんが、慌ててシャツとハーフパンツを持ってくる。
「みー坊ちゃん、ひとり?こんな可愛い子来たら、みんな喜ぶなあ。ありがとうね」
ホステスしに来たんじゃないんですけど。花火見に来たんです。
「何年かテツの友達ってやつも来てたんだけどね、元の顔がわかんねえほど化粧して髪の色抜いてるような女は、俺は好きじゃなくてねえ。みー坊ちゃんならいいや。ごっつい男見慣れてるし、可愛いし」
服を着ながら鉄の父親は続けて、そのままソファから離れた。
「テツの野郎、ジジイは邪魔だと言いやがった」
渋い顔で通用口から入ってきた人は、鉄とよく似ていた。父親よりも似ているかもしれない。
「人が来はじめたから、スイカでも出すか。スイカ切ってくれたか」
これはどう見ても、身内……てっちゃんが三代目なら、多分初代だと美優は見当をつける。慌ててキッチンまで行き、挨拶をした。
「はじめまして、お邪魔してます。伊佐治の相沢と申します」
肌に日焼けが染み付き、細い身体になお筋肉の残る老人は、驚いたように美優の顔を見た。
「伊佐治の孫か?」
「正確には違うんですが、身内です」
「ああ、あそこの家系にこんな別嬪はいねえよな」
うんうんと頷き、大きなトレーに乗せたスイカを持ち上げた。トレーは全部で三枚ある。
「私も持ちます!」
トレーを持ち上げて後ろに続こうとすると、花柄のエプロンが差し出された。
「お洋服、汚れちゃうから。お客様にそんなことさせて、ごめんなさいね」
「いえ、大したお手伝いできませんから。エプロンだけ、お借りします」
クニコさんのエプロンは少々小さ目だったが、バーベキューもこの調子で手伝ってしまえば、知らない人ばかりの気詰まりから少々解放され、さらに特等席で花火が見られる、はずだ。




