先行発注は三ヶ月前に行われます その1
七月の最終週に、何故かメーカーからのアポイントメントが続出した。売場に立ってから三か月半の間、顔も見たことのない営業たちが次々に来るという。一号店には頻繁に顔を出しているらしいメーカーたちは、売り上げのない二号店を思いっきりスルーしていたというのに。
「冬物の紹介だよ。美優ちゃんは展示会行かなかったものね」
熱田に言われるまで、展示会があったことすら知らなかった。招待状が店長で止まったところをみると、美優には不要だと思われたのだろう。確かに夏にそんなものを見せられても暑苦しいばかりだし、冬の売り場を見たことのない身には、どんなものが必要なのかわからない。
「シーズン物で定番以外の商品は、一度しか生産しないんだよ。サシが利かないから、ちゃんとセールスポイント聞いて先行発注しないと」
「サシ?」
「追加発注って言った方がいいかな。サイズが揃わなくなっても、二度と入らないの」
冬物って、今買ってるシャツ類と格段に値段が違うよね?先行発注するって言ったって、その月の予算全部使っちゃったら、靴とか手袋とか入れられなくなっちゃう。えっと、冬物の仕入れを一括でしちゃうってことなの?そうしたら翌月の予算まで食っちゃうけど、そのあと注文しなくていいってことで、じゃあ人気が出そうなデザインってどこで判断するのよ。大量に仕入れて爆死とかしないでしょうね。季節終わってから返品とか、無理だよなあ。
「どうもー!お世話になってますアイザックの田辺でーす!」
あっかるい声には、聞き覚えがある。本人が丸々入りそうなトランクを持ち上げ、階段を上ってくる。
「冬物のサンプルが上がりましたので、ご紹介させてくださーい」
学生さんたちは夏休みに入ったばかりだというのに、美優だって新しいサンダルを買ったばかりだというのに、トランクから出てきたのは内ボアありフリースありである。
「見ただけで暑い……」
第一声がそれであることは、許されることだと思われる。
「先行発注だけで売り切れてしまう商品がありますから、ある程度確保していただかないと。昨年は二号店様で防寒服を入れていただけなかったので、今年は定番と新作の両方を説明したいと思って。インナーの機能も上がってますので、こちらも是非」
発熱インナーやらタイツやら、美優の身体が発熱しそうな商品である。七月後半、暑いんだったら暑いの!
これとこれは予約が必要と言われたって金額の嵩むではあり、美優だけの判断では迂闊に発注できない。
「美優ちゃんが売れると思ったものを、売り切れる数で……」
普段通りのことを言う松浦を、二階まで引っ張り上げてアイザックの田辺と挨拶させる。
「お客さんが冬にどんなもの着てるのか、知らないんですってば!大体、どれくらい出るものなんですか?」
「去年はそんなに出なかったんじゃないかなぁ……」
ぼそぼそと言う松浦に、田辺はにっこり笑った。
「昨年は確か、辰喜知さんの定番しか入れられてませんでしたね。担当さんも入ったことだし、新デザインをお待ちになっているお客様を狙えると思いますけど」
田辺が若い女性だということを、ここで忘れてはならない。普段工具店に訪れるのは、営業も客も圧倒的におっさん率が高い。時々女性の営業や作業員が来ることはあるが、一日の内に何人もいない。
「このデザインは今年のイチオシです。五色展開ですが、需要はシルバー・ブラック・ネイビーに集中すると思います。その三色は押さえていただきたいと」
男の営業相手なら、松浦は渋い顔をしていただろう。流暢な営業トークと笑顔のゴリ押しに、あっさりと敗けた。
「じゃあ、この三色をMニ枚、L三枚、LL二枚ずつで。インナーは時期になったらで、いいよね?」
「はいっ!では生産次第納入いたします!」
目の前で三ヶ月後の発注書が切られる。
「後で価格連絡してね。あとは彼女と打ち合わせしてください」
松浦がさっさと階段を下りて行き、田辺はサンプルを片付け始めた。残された美優は、発注書を見つめる。あんな風にポンポン発注して、予算は大丈夫なんだろうか。




