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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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流行商品と定番商品の重点は均等です その4

 たまには電車で移動するのも良いと、土曜日の連絡で行先は決まった。一駅だが利用駅は違うので、電車の時間だけ決めておいて乗り合わせる形だ。

 服装が鉄とアンマッチなのは仕方がない。鉄はそういう部分は無関心そうだし、美優も鉄のファッションに合わせるつもりはないから(っていうか、合わせるコーディネイトは持ち合わせていない)、せめて自分がいつもより可愛く見えれば良いなと思う。

 ユニフォームのポロシャツとカーゴパンツよりは、ずいぶん華やかだと思う。バッグもブーツも全部身に着けて、姿見で全身チェックする。髪を持ち上げて、普段と違う纏め方をしてみたりする。

 やっぱり口紅ルージュよりもグロスにしとこうかな。ますます幼くなっちゃうけど、こっちのほうが似合う気がする。


 いろいろ迷って夜が更ける。何を欲しいって言おう。ただのお友達なんだから、せいぜい三千円くらいなものか。布のバッグと春用の髪留め、どっちがいいだろう。それとも部屋に置いておける物がいいかな。あんまり迷ってると、女の買い物はとか言われるかも! どうしよ!

 浮ついたままベッドに入り、ドキドキして眠れない。一緒に食事をすることだってあったし、店でなんてそれこそ何回も会っているのに、何なのこれ?


 そんなこんなで寝坊した日曜日、いい加減に起きろと揺すられたのは十一時だった。約束は十三時三十分ごろ、まだ時間はある。とりあえずシャワーして、髪を乾かさなくちゃ!

 間に合わせの食事をしてコーヒーなんて飲んでいると、兄が起きだしてくる。

「お兄様に目玉焼きは?」

「自分で焼いて! 私は出かける支度するんだから!」

「男とじゃあるまいし、大層な仕度したって変わるもんじゃないだろ」

「変わるの! それに女ばっかりって決めつけないでよ」

「実際そうじゃないか」

 うるさい兄を放置してパジャマのまま脱衣所に直行すれば、母親が洗面台の掃除をしている。

「あ、お風呂使うんならついでに掃除して。洗剤だけ撒いてある」

 洗剤が撒いてあるのでは、そのままシャワーに突入できない。余裕ある時間は、どこに行った。


 大慌てで浴室の床をこすり、浴槽にスポンジをかける。ちょっとこの泡、なかなか流れてくれないんですけど!

 焦ってシャワーなんて、色気のないこと甚だしい。髪にあんまり時間をかけると、化粧の時間が足りなくなりますから。走って待ち合わせ場所に行きたくないですから!

 身なりを整えてから化粧をし、最後の仕上げにアイラインってところで手がブレた。家を出るにはまだ三十分もあるっていうのに、泣きそう。

 そんなにてっちゃんに、可愛いって言われたいの? うん、言われたい。普段と違うって思われたいよ。それで好きだとか言われたいわけ?

 ―――うん、言われたい。


 全身チェックを繰り返しているうちに家を出る時間になり、駅で電車待ちの最中に、また鏡を覗き込む。汗浮きテカリなし! 大丈夫!

 到着した電車は約束の時間。二両目の車両に胸を押さえて乗り込んで、キョロキョロする。


 いない! てっちゃん、いないじゃない! 時間間違えた? 慌ててスマートフォンを握ったと同時に、メッセージを着信した。

 乗り遅れたのかとの確認に、打ち合わせ通りに乗ったと返信する。いくつかのやりとりをして、乗っている車両が違うだけだと判明する。美優は後ろから二両目、鉄は前から二両目にいる。

 ドアを開けながら移動してきた鉄を見たら、緊張が解けておかしくなった。鉄は普段通りの鉄なのに、自分だけがとても気を張っていて、しかもプラスに働きそうもない緊張だ。

 何かあるわけじゃない、大丈夫。プライベートだろうが職場だろうが、てっちゃんはてっちゃんだ。


「どこ行くか決めてる?」

「大体。あとはモノ見てから決めていい?」

「時間はあるから、みーのあとに着いてく。どこでも好きな店行って」

「じゃ、おシャネル」

「見るだけタダだもんな」

「欲しいもの買ってくれるって言ったじゃない」

 軽口を利きながら歩く。こんなのがいい。こんな時間がずっと続くのがいい。


 雑貨店でさんざん迷って、日常用の布バッグに決めた。お値段二千九百八十円のリーズナブル商品を鉄に渡し、お礼を言う。

「こんな安いヤツでいいの?」

「これがいいの。ありがとう」

 そして鉄が会計に向かっている最中にまだ売り場をウロウロして、自分の通勤にいい感じのリュックを見つけちゃうんである。これ、欲しいかも。自分で買おうっと。


 レジの前は結構混んでいて、女の子の列に並ぶ鉄は居心地悪そうだ。数人あとに並んだ美優は、興味深くそれを観察した。

 背は高い、プロポーションはいい。可愛い雑貨店で浮き上がる黒のナイロンコートも、周りが男ばかりなら細かいディティールには目が行かないだろう。目立つオレンジの髪はキャップで大部分隠れている。まったく悪くない。


 突然振り向いた鉄が美優の姿を認めて、手に持ったものを指した。

「それ、買うの?」

「うん、気に入っちゃった」

 自分で買うつもりだから、ちょっとだけデザインをかざして見せる。

「一緒に買うから、渡して」

 そう言われてひったくられても、それはちゃんと会計後に支払うつもりだった。


 会計が終わって紙袋を渡され、手に握っていた数枚の札を鉄に渡そうとすると、鉄は頑として受け取らなかった。

「それっくらい遠慮すんなよ。他の誰かにやっちゃうってんなら御免だけど、みーが使うんならいいんだ」

「じゃ、せめてお茶代出す! ケーキもつける!」

 美優の背をぽんぽんと二度叩き、鉄は笑った。

「気にすんなって。あ、俺は四月生まれだから、花見の弁当でも用意してもらおうかな。味噌のおにぎりみたいなの、また作ってよ」

 一万近く使わせて、お弁当で良いのだろうか。なんだか申し訳なくて嬉しくて、美優は紙袋を胸に抱えて歩いた。

 そして結局お茶代まで、鉄は負担してくれちゃうのだ。


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