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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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流行商品と定番商品の重点は均等です その1

 二八ニッパチの枯れとはよく言ったもので、確かに客足は鈍い。まだ寒い日が続くとはいっても、もう一月も我慢してしまえば三月になると、擦り切れたジャンパーで頑張ってしまう人は少なくない。ネックウォーマーや帽子や暖かい肌着は、もう前月には購入してしまっている。つまり、売るものがない。


 もちろん通常程度に作業服を買い替える人はいるし、傷めば安全靴だって買う。けれど販売するために力を入れる商品が見つからないのだ。そうなると微妙に売り場管理のモチベーションが下がるので、在庫チェックは甘くなる。

 手袋のフックが空いていれば気がつくが、たとえばシャツが複数枚ハンガーに掛かっていた場合、小さいサイズと大きいサイズだけ残っていて中間サイズが一枚もないなんて、細かく見ていなければ気がつかない。すべてのモデルを細かくチェックしてフォローする必要はあまりないが、逃したなと思うことはある。


 次に買いに来るから入れておいてくれと言ってくれる客は、親切だ。目当ての棚にまっすぐ行き、ものも言わずに帰る客も多い。着るものを自分で決めていて、廃番にならない限りは同じものを着る人もいるのだ。選ぶのが煩わしいとか安心感があるとか、理由はそれぞれ。

 伊佐治のオリジナル商品でない限り、それはあちらこちらのワークショップで扱っているものだし、それならば思い出したときに売っていれば買うってスタンスだ。たとえば主婦がスーパーマーケットで、まだ切れてはいないけれど醤油をそろそろ買い足しておこうと思う、それくらいの熱意で。なければ次回で構わないし、他の店で見つければそこで買ってもいい。

 つまり、あれば売れるが無ければ売れない。在庫がないものを売ることはできない。


 新モデルは春まで入って来ないし、もう防寒服を買い足したりする時期じゃない。売れ線のものを買い足して売れば、現在ある商品で間に合わせるつもりの客がそちらを選んでしまい、結果的に売り残しを増やしてしまうことになる。

 今月大きく仕入れ経費を使うものは、考えられない。デイリーに売れていく手袋や地下足袋は揃えなくてはならないが、それ以外は前月までの仕入れを消化すれば良いのだ。


 二月の予算はちゃんとある。差し当たって目を惹くものを買う必要はない。けれど目を惹きはしなくとも、確実に流れる商品はある。

 定番と呼ばれ流行に左右されない基本モデルでも、ブランドによってイメージは違う。たとえばプレーンなネイビーのパンツだって、素材や微妙な色味も違えばカッティングだって違うのだ。だから辰喜知の上着にアイザックのパンツなんて組み合わせでは着ない。ブランドごとに定番はあり、それには別々の顧客がついている。


 定番、揃えとこう。二月は定番の充実を重要項目にして、確実に売れるものを増やしておこう。自分の思いつきに満足して、美優はハンガーラックのチェックをはじめた。片手にノート片手にペンで、不足している商品の品番と色とサイズを拾っていく。

「やだ、ぜんぜんないじゃない」

 思わずひとり言が出る。何枚もハンガーに掛かっているからと安心していた商品は、中間サイズがすっぽり抜けている。ブルゾンだけが何枚もあって、パンツのないモデルがある。同じサイズのシャツばかり、五枚も下がっている。


 ちょっとチェックが甘すぎないかと自分にツッコミを入れつつ、とりあえず一社分の不足分を数える。品出しをするのは美優ひとりだから、一度に大量発注をすると自分が苦しむことになる。



 ウキウキしているのは、今晩友人たちに誕生日を祝ってもらうからだ。誕生日当日に女友達と約束できちゃうってのは若干悲しいものがあるが、親だってケーキを用意してくれるわけでもなし、何か特別感が欲しい。

 仕事が終わったら大急ぎで帰って、着替えなくちゃ。女ばっかりっていっても、仕事用のカーゴパンツじゃいやだし。


 実はSNSのプロフィールに誕生日を入れていたりするので、鉄から何か言ってきてくれるのを、秘かに期待しちゃってたのだ。それが都合の良い妄想だと気がつかないほど子供ではないし、鉄の性格を考えれば期待なんか無駄だってことも知っている。

 だからこれは、美優の頭の中だけのお話。美優だって恋するオトメなのだから、夢くらい見る。誕生日当日に恋仲になる、なんてね。

 それはそれと頭から抜いて、終わり間際に時間のかかる接客が来ませんようにと祈りつつ、発注処理をする。


 もともと在庫の少なかった売り場だ。以前から置いてあった商品をベースに美優が選んできた定番ものは、驚くほど揃っていなかった。ブランドは一つでも仕事内容によって服装は違うのだから、定番商品は一モデルじゃない。まだ一社分しか計算していないのに、月予算の五分の一に軽く届いてしまう。

 それだけ売り逃しが発生してたってことだ。声の大きな客にばかり気を取られて、何も言わずに売り場を観察する人がいるのを忘れていた。

 言わない客はいない客じゃない。あれば買おうと思った商品を探したとき、一度目はたまたま在庫していなくとも、二度目にもう一度なければ、その店には置いていないものだと刷り込んでしまう。刷り込まれてしまえば、もうその店で買うことを諦めてしまう。探したってないものを、探したりしない。

 やだ、気にしなくちゃいけないことが増えてる。

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