展示会では買い付けもします 3
『はらいた?』
たった四文字のメッセの意味がわからず、疑問符一つだけの返信をした。報告書を提出し、荒れた売り場を丁寧に戻している最中に、スマートフォンが鳴ったのだ。
『休み?』
午前中に売り場にいなかったから、今日はいないと思ったんだろうか。てっちゃんは昼間から工具屋に来る用事、あんまりないと思うんだけども。
そう思いながらも今日は外出していたのだと返信すると、鉄自身が発熱して休みだという。具合が悪いのにフラフラと外に出て歩くなんて、子供みたいだ。
『ヒマだから行く』
熱がある人に来られて、風邪をうつされたくない。
それでも顔を見ちゃえば、嬉しい。少し上気した顔だが、別に辛そうな様子もない。
「飲み物買いにコンビニまで出たから。ポテチとかも欲しかったし」
「じゃ、もう用なんかないんじゃない」
「寝てたって飽きるんだよ。漫画読むくらいしかないし」
まだカウンターの上に置いてあった展示会の資料をパラパラ捲りながら、鉄が言う。
「なんか面白そうな場所行ってんなあ。こういうのって、客も入れるの?」
「業者だけだよ。買い付けもするんだもん」
口に出すと、なんだか大層なことをしてきた気がする。そうだ、翌シーズンのトレンドを買い付けて来たのだ。伊佐治の作業服売場のトレンドを決定するのは、美優しかいない。その気負いが、少々口に出る。
「ちょっとね、綿とかのミリタリーっぽいやつも置こうかと思って。あとね、ちょっと面白い仕入れしたよ」
タフィちゃんのリーフレットを見せて、笑わせる。売れるかどうかなんて意見は、訊かないことにする。シーズンインして気が向けば買うような商品なのだから。
「チョウチョウの新しいの、出た?」
鳶はスタイルなんて言ってた鉄が、自分の身に着けるものを気にしない筈がない。そんなことはもう、ちゃんと気に留めている。
「新柄はないって話だけど、六月くらいに限定品が入るよ。大きい市松の織り模様で、三色」
「それって見られないの?」
「春になったら辰喜知のホームページにアップされるんじゃない? 先行発注したから、うちは確実に入荷するけど」
ちょっとドヤ顔になるのは、鉄のオーダーに応えられると得意になっているから。売上が上がるのはもちろん嬉しいが、褒められればもっと嬉しい。商品の紹介だってできるようになったんだから!
他の客が来たタイミングで鉄が帰り、なんとなく物足りない気分で接客をする。メッセを交わせば直接の声が良いと思い、顔を合わせればもっと話してみたくなる。これが恋愛途上の欲ってやつだってことは、美優もわかっている。問題は、鉄がそれをどう感じているのかということだ。
ってか、てっちゃんは何をしに来たの? 熱があるんなら、寝てればいいのに。
期待しそうな自分を押し殺すために、敢えて冷めたツッコミを入れる。友達の恋愛相談には当たって砕けろとか言ったくせに、自分から鉄に近づくことに怖じ気てしまう。どうしたらこれ以上距離を縮めることができるんだろう。
寒い中自転車を走らせて帰宅すると、スマートフォンがメッセージを告げた。ヒマ、と一言は、オレンジ頭のアイコンの吹き出しだ。具合が悪い人がヒマだとぼやいたところで、どうしてやることもできない。せいぜい暇潰しのメッセにつきやってやるくらいだ。話題がないので、午前中にスマートフォンで撮った画像を貼ってやる。
限定品を見せびらかして、購買意欲をそそっちゃうんだもんね。
これといった展開もなく、メッセのやりとりを終える。自覚してしまった感情はそれでは満たされず、不完全燃焼なままだ。相手が自分をどう考えているのか、自分は相手とどうなりたいのか。本や漫画で読むだけの恋愛は、上手い具合に偶然が訪れたり同じタイミングで感情が伝わりあう。けれど現実にそんなことは、滅多に起こらない。高校生みたいに、好きな人がいるから協力して欲しいなんて言う相手もいない。自分でどうにかしなくちゃいけないのだ。
翌朝に目を覚ますと、美優のスマートフォンにはまたメッセージが表示されていた。早朝と言われる時間帯の受信らしい。
今日は仕事! 限定のやつ、予約しといて。
見慣れたアイコンに微笑みかけ、まかせといてと声に出して言う。熱は下がったのだろうか。お昼休みごろ、こちらからメッセしてみようなんて思いながら。




