幼なじみの王子様が仲良くなった聖女様はすごく良い子だと思ったのに
――あんなに仲良しだったのに……
「ヴィオレッタ、聞いてくれよ。それでね、リコが言うんだ。そんなお行儀よく食べるよりも齧り付いた方がおいしいって……」
外はチラチラと雪が降り始める。もうそんな時季か、とヴィオレッタはカーティスの話の合間に適当に相槌を打ちながら雪を眺めた。
この国の王太子カーティスはニコニコと楽しそうにあの子の話ばかりする。
つい一年前まで、彼と一番の仲良しは公爵令嬢のヴィオレッタだった。
ヴィオレッタは彼の幼なじみ。家格や年齢を考えるとカーティスの婚約者にはヴィオレッタが選ばれるのでは、と言われていた。
だが、一年前学園に入学してからカーティスに仲の良い友人が他にできた。宰相の息子と騎士団長の息子と神官長の息子。カーティスは毎日彼らと楽しそうに過ごしていた。
仕方のないことだと理解している。
カーティスはいつも彼らに囲まれていて話しづらくなってしまったが、彼はいずれ国を継いで国王になる。この学園生活で優秀な人材に目をつけて人脈を形成し、のちの公務に役立てる必要があるのだ。
それでも彼はヴィオレッタとの時間を取ってくれていたので、ヴィオレッタはまだカーティスの一番の友人だと嬉しく思っていた。
それなのに、三か月前から彼は隣国から留学してきた癒やしの力を持つリコととても仲が良い。どう見ても一番の友人の座は奪われてしまっている。
カーティスはどうせあの子の腰を抱いて「僕は真実の愛を見つけた」とヴィオレッタに宣言するのだろう。
ヴィオレッタとカーティスは婚約関係ではない。だからヴィオレッタには何も言う資格などないのだ。
カーティスの話はうろ覚えだが、リコは隣国でも高貴な身分で、学園内では騒がれるといけないのでそれを隠していると言っていた。それならカーティスとリコが結婚してもきっと何の問題もない。
――カーティスに良い人ができるっていうのは悪くないことだし、応援しなきゃいけないんだろうけど……。でもやっぱり寂しい……!
雪を見るのが大好きだった。
毎年雪が降ると積もるかな、とわくわくしていたのに、今年からは雪を見ると寂しい気分になりそうだ。
◇
公爵令嬢のヴィオレッタと王太子のカーティスが仲良くなるのは必然だった。
同い年で身分の釣り合いの取れた男児と女児。二人が五歳のとき、大人たちのいろいろな思惑を胸に彼らは引き合わされた。
雪が積もった王宮の庭で、二人でたくさんの雪だるまを作った。
ヴィオレッタが三段の雪だるまを作るのに対し、カーティスは二段の雪だるまを作った。この国では三段の雪だるまが主流のはずだが、カーティスが雪だるまは二段だと言い張るので、口喧嘩になった。そして最終的には二人で雪合戦をして楽しんだ。
ヴィオレッタの霜焼けだらけの手を見た侍女の真っ青な顔は忘れられない。
雲間から差し込む陽の光でチラチラ降る雪が輝いて見えたのが印象的だった。
ヴィオレッタとカーティスの関係は概ね良好だった。
国の情勢は急に変わることがある。ある日突然、思ってもみなかった相手と婚約することも。だからお互い恋心を抱かない程度に距離を取りつつ、一番の友人という関係を築いていた。
そして国の情勢は変わった。
鎖国的だった隣国が周辺諸国とを交易を始め、この国も隣国との交易には利があると積極的に隣国と交流した。
長く鎖国をしていた隣国の文化は独特だった。
男女平等がモットーで、男だから、女だから、と何かを諦めるということは少ないらしい。能力さえあれば女性でも画家になることができるし、男性でも針子になることができるとか。
そんな独特な文化だからか、隣国から留学してきたリコも少し変わっている。男女気にせず皆に話しかけており、誰とでも仲良くなれる。リコを見ていると男女の隔たりを感じない。
そしてとても珍しいことに隣国では稀に癒やしの力を持つ者が生まれるらしい。
この国でも生活の補助として魔法を使っているが、癒やしの力を持つ者はいない。隣国で生まれる癒やしの力を持つ者は聖女と呼ばれている。
リコも癒やしの力を持っており、リコは聖女として異文化交流のためにこの国に留学してきた。
皆、リコの癒やしの力に興味があるし、気さくで友好的なリコの周りに人が集まるのも納得できる。
「ヴィオレッタ? 聞いてる?」
ヴィオレッタが雪を眺めているとカーティスに顔を覗き込まれる。
「あ、ごめんなさい。少しぼんやりしてしまって……なんだったかしら?」
リコの話ばかりで聞き流してしまっていた。
「それで、リコが言っていた隣国で流行りのサンドウィッチって食べ物が街の広場の露店で食べられるらしいから、みんなで行くことになったんだ。よかったらヴィオレッタも一緒に行かないか?」
みんな……
カーティスの言うみんなというのは、いつもの高位の貴族令息と、リコと、ということだろう。
「カーティス。わたくし、早寝だから無理よ」
「え?」
カーティスが意味が分からない、という顔をした。
「早寝だから無理なの」
「聞こえたよ。いや……十七時には屋敷に送り届けられるから大丈夫だよ」
「無理よ。だってわたくし二十時には寝たいんだもの。そうなると十七時半には晩餐をいただきたくて」
逆算すると、こんな時間にサンドウィッチなどという食べ物を食べてしまうと晩餐が食べきれなくなってしまう。
「二十時か……」
カーティスが思った以上に早寝だ、と呟く。
「だから……無理なの……」
「そっか……。ヴィオレッタがそんなに早寝だったのを今まで知らなかったことにびっくりしてるよ。なんかごめん……」
「ううん。みんなで楽しんできて」
こうしてまたカーティスとリコの距離が縮まり、ヴィオレッタとカーティスに距離ができる。
せっかく誘ってくれたのに断った。これはヴィオレッタが悪い。
わかっているが、寝る時間は守りたいし、間食をしすぎて晩餐が食べきれないのは良くない。
◇
それから三日後のことだった。
教師陣が学校外で会議があるらしく授業がいつもよりも二時間早く終わった。
「ヴィオレッタ様!」
声を掛けられ振り向くとリコがいた。
「えっと……聖女様。こんにちは」
「あ、その呼び方はやめてください! できれば名前の方で……」
「すみません……リコ様……?」
あいさつ程度でまともに話したことがなかったので、声を掛けられ驚いた。
「先日、街の広場に行こうってなったとき、ヴィオレッタ様、早寝だから行くことができなかったってカーティスから聞いて……今日だったらまだ時間も早いしどうかなって思って……! よかったら一緒に行きませんか?」
「え……」
リコから誘われ戸惑った。リコは王太子であるカーティスのことを気軽に名前で呼んでおり、二人の仲の良さが窺え少しだけ胸が痛かった。
だが……
「ヴィオレッタ様のこと、もっと知りたいなって……仲良くなれたらいいなと……」
ほんのりと頬を赤く染めて言われてヴィオレッタは「行きます!」と即答する。
リコが可愛すぎて断れなかった。ヴィオレッタはとってもチョロかった。
馬車や護衛はリコが準備してくれたが、念のため公爵家の護衛と侍女も連れていく。
「その髪の毛……ショートカットというのですか? リコ様にとてもお似合いですね」
リコの髪は男のように短い。
「ショートカット? あ、うん。ありがとう! ねえ、良かったらヴィオレッタ様もリコと気軽に呼んで! 私もヴィオレッタと呼びたい。あ、あと話し方も……」
「そうね。リコ」
「いいね。ヴィオレッタ!」
ヴィオレッタがリコと呼ぶとリコは嬉しそうに頬を紅潮させた。
リコはこの国では珍しい容姿をしている。黒目黒髪でこの国にはない色合いをもっている。
しかも男女平等をモットーにした国の出身だからか、リコは男子生徒と同じズボンを穿いている。隣国ではメンズライク女子というのが流行っているらしいので、そういうファッションなのだろう。
それがリコにとても似合っていて、ヴィオレッタはリコに惹かれた。
「晩餐が心配だったらサンドウィッチ、私が半分食べてあげるよ?」
「助かるけど、リコはそんなに食べて大丈夫?」
二人ともすでに一人前ずつ購入しており、リコがヴィオレッタの分の半分を食べるなら、リコは一人前半も食べることになる。
「大丈夫だよ。私、すぐお腹が空くんだ。それでも晩餐はおかわりすると思う」
「ええ!? こんなに細いのによく食べるのね!」
「細くないよ。この制服、形が良いのか、着やせして見えるんだよね!」
ヴィオレッタが自分のサンドウィッチを半分にちぎって渡すと、リコは二口ほどでぺろりと食べきる。
そしてリコはちまちまとサンドウィッチに噛り付くヴィオレッタを楽しそうに眺めてから、食べ終わったヴィオレッタに時間の確認をする。
「まだ一時間くらいは大丈夫よ」
「なら、もう少し街を見て歩かない? 前来たとき、向こうにサザンカが綺麗に咲いていたよ」
「わ! サザンカ好き!」
冬にしか見られないサザンカが好きだ。
「サザンカの花、綺麗だよね」
「うん。雪とピンクのサザンカの組み合わせが大好きで」
リコがヴィオレッタの話をうんうん、と聞いてくれ、ヴィオレッタはリコに自分の好きなものをたくさん紹介した。
「きゃっ……!」
広場を歩いていると、ドンと後ろから誰かに押されて倒れこむ。すぐに後ろから「ドロボー!」と叫ぶ声が聞こえた。
「護衛! ヴィオレッタに付いていて!」
「え!? リコ!!?」
リコが指示を出して、すごい速さで「待て!」と叫んでドロボーと言われた男を追いかけた。
人波を上手く躱して男を捕まえ、腕を掴んで捻り上げる。そしてリコは男を地面に押さえつけて、身動きを取れなくする。
すぐに駆け付けた騎士に引き渡す。
リコの鮮やかな動きにヴィオレッタは見惚れた。
「ヴィオレッタ……大丈夫?」
男を引き渡したリコはすぐにヴィオレッタの元に駆け寄った。
「リコ……あなたすごく強いのね」
「まあ……身分的にも護身術とかたくさん仕込まれたからね」
聖女様という身分は危険を伴うのだろうか。
「あ、ヴィオレッタ、怪我してる」
先ほど倒れこんだとき、地面に手をつき擦りむいてしまったようだ。
リコがヴィオレッタの擦りむいた手を両手で包み込む。怪我した手が、ぶわっと熱くなったと思ったらすぐに痛みは引いていた。
「治ってる!」
傷跡もなく、きれいに怪我が治っていた。
「王宮の外では使っちゃダメって言われているんだけど、内緒だよ」
「うん。ありがとう」
可愛くて、格好いい。そして優しい。リコが人気者になるのは納得だ。
カーティスがリコを隣につれて「真実の愛を見つけた!」という日もきっと近い。そんなことを考え、またチクチクと胸の痛みを覚えた。
――こんな良い子、私でも好きになっちゃうもの。仕方ないわよね……
「我が国の恥ずかしいところを見せてしまったわね……」
泥棒が出る国なんて、と思われているかもしれない。
「仕方ないよ。うちの国でも似たようなものだもん。国民の心までは管理できない。すぐに騎士が駆け付けてくれて良い国だと思ったよ」
「そう言ってくれると助かるわ」
本当にリコは優しい。
「ねえ、リコ、わたくし最近少し寂しかったの。わたくしたち、お友達になりましょう? 一番のお友達に……」
今までカーティスの一番の友人のつもりでいたが、リコがいる今、異性のヴィオレッタがカーティスのそばにいるのは良くないだろう。
でもリコとなら友人になれる。
リコと友人として楽しい時間を過ごせばこの胸の痛みはなくなるだろう。
リコと一番の友人に……
だが、それを考えるとさらに胸が痛くなる。自分がどうしたいのかわからなくなってきた。
「うーん。ヴィオレッタと一番のお友達か……。考えるけど、もしかしたら無理かも……」
「え」
こんなに仲良くなったのに……?
そう言われるとは想定していなかった。
◇
あの後どう帰宅したかの記憶がおぼろげだが、多分しっかり者のリコが屋敷まで送り届けてくれたのだろう。
あれから毎日上手く寝付けなくて、寝る時間が二十一時くらいになってしまっている。でも晩餐は残さずちゃんと食べている。
「ヴィオレッタ、今日も執務がないから、みんなで街に行くんだけど、よかったら君も……」
この日の授業もいつもより少し早く終わった。
ただ雪がたくさん降っていて積もりそうだ。そんななか街へ行くのは元気だな、と思った。
「ごめんね、カーティス。今日は王妃殿下からお茶会に誘われていて」
「そうだったんだね。もしかしたら帰るころに会えるかな」
王妃のお茶会は王宮で行われる。そしてカーティスも王宮へと帰るので、会える可能性はある。
「タイミングが合えば会えるかもね」
そう言って彼とは別れた。
学園終わりに参加するお茶会は制服のままの参加で良いと言われている。王妃とのお茶会はつつがなく進み、王妃が「そろそろ」と終わりを告げる。
「ヴィオレッタ。帰りに庭園に寄ってほしい、と言づけを預かっていたの」
「え……?」
どなたからでしょうか、と聞こうとしたが、王妃の美しい微笑みに「わかりました」としか答えられなかった。
とはいえ、王妃に言づけを頼むような人間は限られている。
庭園に出るとしっかりと雪が積もっていた。一瞬帰りの馬車が心配になったが、路面は雪が溶けやすいような加工がされているので問題ないことを思い出す。
結構寒いのでコートを着てきて良かった。
庭園には雪を踏みつけた足跡がある。誰かが先に来ている。
足跡を辿って奥へ進む。この先にはサザンカの木があるはずだ。そのサザンカの前でカーティスとよく雪だるまを作った。
ぎゅ、ぎゅ、と底の厚いブーツで積もった雪を踏みつける。すでにある足跡よりも一回り小さな足跡が出来上がった。
「雪だるま……」
サザンカの木の前に雪だるまがいっぱいできていた。
二段の雪だるまと三段の雪だるまがたくさんある。そして一つだけ変わった雪だるまがあった。
ふふ、と笑ってから呟いた。
「四段の雪だるまなんてないわよ」
上手に四段も積んだな、と眺めていると四段の雪だるまの前に何か変わった置物があった。
「?」
手に取ることのできるサイズの小さな置物。
丸い透明の玉の中にゆっくりと動く透明な液体が入っている。下はそれを支える土台がついており、透明の玉の中にはきらきらと雪のような細かい粉と固定されたピンクのサザンカの花と、リボンと星の形をしたビーズのような小さなものが入っていた。
「これはなんていう置物なのかしら?」
すごくかわいい。ヴィオレッタの好きなものがぎゅっと詰め込まれている。
「ヴィオレッタ! ここにいたんだね」
「カーティス」
あたかも探したかのように言われた。てっきりカーティスがヴィオレッタをここへ呼んだのだと思っていたが違うのか。
「あれ? お茶会って聞いたから王妃殿下に頼んで、ヴィオレッタだけ呼んだつもりだけど、カーティスも一緒?」
雪だるまの向こうからひょっこり顔を覗かせたのはリコだった。リコは雪玉を手に持っていたがそれを地面に置いた。どうやら雪だるまを作っていたのはリコだったようだ。
「僕が一緒だと都合悪い?」
「んー別にいいけど…………カーティスとヴィオレッタは本当に婚約してないんだよね?」
仲の良い王子と公爵令嬢ということで、学園でも他の生徒からよく聞かれた。
「婚約はしてないよ」
「実は内定していて、公表してないだけってことも?」
「それもない」
カーティスがきっぱりと言い切る。事実だ。
「じゃあさ、ヴィオレッタ。ヴィオレッタはカーティスのことどう思ってる? 友達? それ以上?」
リコが問う。
「は? 何?」
「カーティスには聞いてないよ。ヴィオレッタの気持ちが知りたいの。言いづらかったらカーティスには出てってもらうから」
言いづらいなんてことはない。ただ、なんでか心臓がうるさく鼓動する。
「出て行かなくても大丈夫よ」
ヴィオレッタはふーっと息を吐いて心を落ち着けてから答える。
「カーティスのことは友達だと思っているわ。それ以上でもそれ以下でもないわ。大切な……大切な……お友達よ」
これは嘘偽りのない気持ち。
ヴィオレッタの返事にカーティスが目を丸くした。
「なんか、僕、振られた? いや。僕もヴィオレッタのことは大切な友達だと思っているけど……」
そんなカーティスの呟きを聞いてからリコが安堵したように声を上げる。
「良かったーっ!」
その言葉にずきん、と胸を抉られた。
続く言葉は、じゃあ、私がカーティスを好きになっても大丈夫だね! だろうか。きっとそんなニュアンスの言葉が聞けるのだろう。
別にヴィオレッタはカーティスのことが好きなわけじゃない。だから何の問題もない。それなのにどうしても気持ちが沈んでしまう。
ヴィオレッタは勝手にリコの次の言葉を想像して俯く。
「じゃあ、私がヴィオレッタに求婚しても問題ないね!」
「え?」
「は?」
ヴィオレッタとカーティスは二人同時に声を発した。
想像したものと違う言葉が聞こえた。
「こっちの国に来てすぐから、寂しそうな顔でカーティスを見るヴィオレッタが健気で可愛いなって思ったんだ。ヴィオレッタが早寝で毎日二十時に寝てるってカーティスから聞いて、私の中のヴィオレッタのかわいいが爆発したよ」
「え? 爆発?」
二十時に寝ると爆発するのか、と心配になったが、リコはヴィオレッタの反応に構わず話を続けた。
「一緒に過ごしてヴィオレッタのことがどんどん好きになった。ねえ、ヴィオレッタ。私のことは嫌い?」
「す、好きだけど……」
好きか嫌いか、聞かれたら好きだ。わりと大好きだ。自分が男ならリコと結婚したいくらいに大好きだ。
「でも……」
求婚されても応えられない。隣国ではありなのかもしれないが、この国では同性の結婚はできない。
ヴィオレッタが戸惑っているとリコがヴィオレッタの前に跪く。
「私はトラピテス王国第一王子、エンリコ・フィン・トラピテス。黙っていてごめんね。学園では身分を隠した方が良いってカーティスに言われて。ヴィオレッタ・ミューデル公爵令嬢、君が好きだ。私の妃になってくれませんか?」
リコが請うようにヴィオレッタの片手を取った。ヴィオレッタは何が起きたのか、理解できずに目をぱちぱちさせた。そして一拍遅れてから声を発する。
「え? ええっ!? 王子? リコは男性!?」
「ん? 男であることは隠していたつもりはないんだけど。見た目も男だし」
リコがコテリと首を傾げた。
そこでカーティスが「ちょっと待って」と会話に割って入る。
「ヴィオレッタなら信用できるから、リコが男であることも、身分を隠して留学していることも伝えていたよ!」
「あっ……」
思い返してみると、カーティスはそんな話をしていたかもしれない。
『隣国から留学してきた聖女のリコなんだけど……』
そんな前振りから始まり、リコはすっごく面白い子で、リコがこんな発言をしてクラスのみんなが大笑いして、今度リコとはここへ遊びに行こうと約束をして……
ひたすらそんな話をされた後。
『ああ、隣国では男も女も性別は関係なく、癒やしの力を持つ者を聖女と呼ぶらしいんだ。リコは愛称で名前はエンリコ。聖女様だけど男で隣国の第一王子だから、要人として王宮の賓客室から学園には通ってもらっているよ』
最後に『ただでさえ癒やしの力を持っていることで注目を浴びているから、身分のことは内緒にしておいてあげて』と、こんなようなことを言っていたかもしれない。
でもリコの話にうんざりしていたヴィオレッタは完全に聞き逃してしまっていた。
今後の国交交流を思えば王子同士なら仲良くなって当然だし、どんどん仲良くなるべきだ。
なのに勝手にリコが女の子だと思い込み、疎外感を感じていた。なんてまぬけで恥ずかしい。
――というか、人の話を聞いてないなんて……
最低すぎる自分に呆れた。
「カーティス。ちゃんと話聞いていなくてごめんなさい」
「や、別にいいんだけどさ……」
カーティスに謝罪してからリコへと向き直る。
短い髪に男子生徒の制服。たしかにリコの見た目は男だ。
リコのきれいな顔と先入観で勝手にメンズライク女子だなんて思い込んでいた。
「トラピテス王子殿下にも数々の非礼を……大変申し訳ございません」
こちらは深々と頭を下げた。
「あ、ちょ、やめて、ヴィオレッタ。せっかく仲良くなったんだからリコって呼んで」
リコは「それに男なのに聖女とか紛らわしい表現するうちの国にも問題ありで」とぶつぶつ言う。リコとしては聖人とか治癒師とか別の表現をしてほしいようだが、昔から聖女という言葉を使ってきたせいか、なかなか違う表現は馴染まないらしい。
ヴィオレッタは顔を上げた。
「リコ」
ヴィオレッタが呼ぶとリコが嬉しそうに頬を染めて微笑む。
「ヴィオレッタ、さっき言ったけど、ヴィオレッタには私の妃になってほしいんだ」
「ねえ、それってトラピテス国王や、うちの陛下や公爵にも話通してるの?」
やはりカーティスが話に割って入った。
「まだ何も言ってないよ。政略や王命でヴィオレッタの気持ちを繋ぐのは嫌だからね。ヴィオレッタに『うん』と言ってもらってから陛下には話をつけるよ」
「ふうん。ならいいけど」
カーティスは不服そうな顔をしつつも口では納得したようなことを言った。
「まあ、やっぱり僕はお邪魔だろうから失礼するよ」
庭園から出ていくカーティスにリコは「悪いね」と声をかけ、カーティスは「あ」と思い出したように声を出す。
「リコ! ヴィオレッタに何か無理強いしたら国際戦争だからな!」
カーティスが低い声でそう言うとリコは「しないよ」と笑った。それを聞いてカーティスはひらひらと手を振った。
「あ、ヴィオレッタ。その手に持っているの。私から君へのプレゼント」
ヴィオレッタは先ほど拾った置物を手に持ったままだった。
「リコ、このかわいいのは何ていうの?」
「スノードームっていうんだ。雪が降っているみたいでしょう? ヴィオレッタの好きなものをいっぱい集めて私が作った」
「え、リコが!?」
「作ったと言っても入れ物なんかは用意してもらったものだけど……」
言われてみれば、リコと好きなものの話をしたときにヴィオレッタが好きだと紹介したものばかりが入っていた。
「うれしい」
ヴィオレッタはもらったスノードームをぎゅっと抱きしめ「ありがとう」とお礼を言う。
「ねえ、ヴィオレッタ。サザンカの花言葉知ってる?」
知っている。『ひたむきな愛』、スノードームに入っているピンクのサザンカは『永遠の愛』だ。
サザンカの前でカーティスと散々遊んだが、彼からサザンカの花をもらうことはないのだろうなと思っていた。
「花言葉。私の気持ちそのまんまだから。好きっていうのはそういう好き」
「……」
「ヴィオレッタが私のこと女だと思っていたなら、ヴィオレッタのさっき言った好きは、違う好きだよね」
リコが寂しそうに薄く笑う。
「リコ。なんでこの雪だるまだけ四段なの? リコの国では雪だるまは四段?」
「ううん。うちの国でも雪だるまは二段派と三段派だけ。実は、ヴィオレッタの侍女にもヴィオレッタの好きなものは何かなって調査したんだ」
「そうだったの」
侍女は内緒にしていたのか、何も言ってくれなかったので知らなかった。
「君の侍女からヴィオレッタは雪が好きって聞いて。昔カーティスと雪だるまをいっぱい作った話を聞いたよ」
カーティスとの懐かしい思い出だ。
「ヴィオレッタの中ではカーティスがずっと一番だったみたいだから。カーティスとの思い出を超えたいと思って……」
「それで四段を作ったの?」
「うん」
きれいに積まれた四段の雪だるま。
ヴィオレッタの好きなものが詰め込まれたスノードーム。
リコの『ひたむきな愛』に胸がキュンと締め付けられる。
「ヴィオレッタ、私はヴィオレッタと友達になることを真剣に考えてみたけど無理だった。ヴィオレッタには友達じゃなくて私の妃になってほしい」
どう答えればいいか、悩んでいるとリコは「無理?」と寂しそうな表情で、ヴィオレッタの顔を覗き込む。
リコの悲しそうな顔に切なさがこみ上げる。
「答えは急がないけど、ヴィオレッタとお友達は無理なんだ」
ここまでくるとヴィオレッタもリコと友達になれるとは思わない。
「ねえ、リコ。最近わたくし早寝じゃなくなっちゃったのだけど」
「え? 何時に寝てるの?」
「二十一時……」
それでもリコはまだヴィオレッタのことをかわいいと思ってくれるだろうか。ヴィオレッタが不安げに答えるとリコが笑った。
「ふはっ! すごい早寝!」
ヴィオレッタの中では少し遅いくらいだったが、二十一時の就寝はリコの中では早寝だったようだ。リコはヴィオレッタを「真面目でかわいい」と言う。
「わざわざ気にして教えてくれるところとか、ほんと好きだ。たぶん私、ヴィオレッタが夜中の一時に寝てるって言ってもかわいいって思っちゃう」
リコは顔を手で押さえて、早口でぶつくさ言っていた。
リコにかわいいと言われるとくすぐったいような気持ちになる。
「リコ……わたくしもお友達は無理かも。とりあえず一緒に五段の雪だるまを作らない?」
「五段……」
カーティスとの思い出を超える大きな雪だるまができそうだ。
「それで……いつかわたくしもリコにサザンカの花を送りたい……」
「っ……!」
大きく目を見張ったリコはすぐに「立派な五段の雪だるまを作ろう」と張り切っていた。
来年以降も雪を見ると積もるかな、とわくわくした気分になれそうだ。
拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。
評価、感想いただけると嬉しいです。




