第六十話 老将の犠牲
シズクの執務室。
彼女は諜報参謀を呼び寄せ、冷徹な瞳で指示を下していた。
「ロドリク・ヴァルストン侯爵を朝敵に仕立て上げる。
準備はどこまで進んでいる?」
「は!既に準備は整っております。
ロドリク提督が女帝ウララ陛下を軟禁し、
帝国を脅かしているという証拠を作成済みです」
シズクは頷いた。
「よし。ロドリクが陛下を離宮に監禁し、
自らの権力基盤を固めようとしている……という筋書きだ。
第6艦隊内部に送り込んだ間者から、ロドリクの『不穏な動き』を
示す証言も集めろ。多少強引でも構わん。
あの男にそれを防ぐ術はない。
そして、これを帝国全土に流せ」
「承知しました。
ですが、ラートリー候が火消しに回る恐れが……」
シズクは冷たく笑った。
「ラートリーは動けん。
もし奴が『ロドリクは陛下を軟禁していない』と言えば、
『では陛下はどこにおられるのか?』と問われる。
実際に陛下を隠しているのは、ラートリー自身だからな。
奴は、自分の隠蔽が暴かれるのを恐れて、ロドリクを守れん」
参謀は感嘆の表情を浮かべた。
「なるほど……さすがはシズク様」
「次は、民衆に向けて『女帝救出』の大義を掲げろ。
ロドリクから陛下をお救いするために、我々が立ち上がる……とな。
これなら、トウガ陣営も協力せざるを得まい」
「は!直ちに実行いたします」
参謀が退出すると、シズクは一人、窓の外を見つめた。
「ラートリー……お前の諜報力の大部分は、
ウララ陛下の隠蔽に割かれている。
ロドリクを守る余裕などあるまい。
そして、この朝敵化によって、
お前の大事なセリオンも道連れだ」
シズクがミオリの事を思い出しながらさらに呟きを追加する。
「もしお前が我が子愛しさでセリオンを守ろうとするならば……。
それもよし。
諜報力の低下を招けばウララ陛下の居場所を隠し通せなくなるだけだ。
私にとってはどちらにせよ――勝ちだ。」
そこへイレーネからの銀河秘匿通信が繋がれた。
ホログラフとしてイレーネが現れた。
「シズク様ぁ~、工作は順調ですよぉ。
もうすぐ帝国中にぃ、『ロドリクが陛下を軟禁している』という
噂が広まりますぅ」
シズクは少し眉をひそめた。
「……その話し方、本当に何とかしてくれ」
「はぁい、気を付けますぅ~」
全く気を付ける気がないのを悟り、シズクは溜息をついた。
「まぁいい。だが油断するな。
ラートリーは必ず気づく。問題は、奴がどう動くかだ」
イレーネはにっこり微笑んだ。
「はい、でもぉ、カイさんとの同盟も成立しましたしぃ。
ロドリク討伐にはぁ、二人で向かいますよぉ。
隣の星系にぃ、ロドリクさんがいますからぁ。
いつでも行けますぅ。」
「カイは大丈夫か?
トウガという男は馬鹿だから相当頭が堅いぞ?」
「大丈夫ですよぉ。
『女帝救出』という大義名分がありますからぁ、
トウガ様もぉ、反対できませんよぉ」
シズクは頷いた。
「そうだな。『陛下をお救いする』という名目なら、
トウガも、そして民衆も我々の味方につく。
ラートリーは、ロドリクを守ることも、我々を止めることもできん。
だが、奴は必ず次の一手を打つ。
お前は引き続き、カイと連携してロドリク討伐の準備を進めろ。
私は、ラートリーの動きを監視する」
「はぁい!承知しましたぁ!」
イレーネとの通信を閉じると、シズクは再び窓の外を見つめた。
彼女の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「ラートリー……お前の息子、セリオンという諜報力の片腕をもぐ。
そうすれば、ウララ陛下の隠蔽は必ず崩れる。
この『女帝救出』という大義こそが、お前の首を絞める縄だ」
シズクとラートリー、再び天才同士の真っ向から策勝負が始まろうとしていた。
・・・
ラートリーの私邸。
深夜、彼は執務室で帝国各地からの報告書に目を通していた。
その時、諜報参謀が血相を変えて駆け込んできた。
「ラートリー様!大変です!
ロドリク提督がウララ陛下を軟禁、弑逆を企んでいるという噂が、
帝国全土に広まり始めています!
ロドリク提督の孫娘は第8皇位継承権を持つ皇族です。
今までの不遇とこの家系図が、この噂に真実味を与えているようです」
ラートリーは顔色一つ変えず、報告書を置いた。
「……やはり来たか。シズクめ」
「どういたしましょう?このままでは、
ロドリク提督が朝敵にされてしまいます!」
ラートリーは静かに首を横に振った。
「動けん。
もし我々がロドリクを庇えば、ウララ軟禁の黒幕として
この俺を朝敵にしかけようとしてくるだろう。
ウララを隠しながら、それに対抗するのは難しい。」
「ですが……!」
「下がれ。追って指示する」
参謀が退出した後、ラートリーは顎を撫で続けて考え込んだ。
(おそらくシズクは第6艦隊に第4艦隊をぶつけてくるだろう。
だがセリオンが居れば、あの老将をうまく導き
返り討ちにすることもできるはずだ。
その後、セリオンにロドリクを討たせればよい。
朝敵のロドリクをセリオンが討てば、功績はあいつのものだ。
堂々と第6艦隊の提督に昇格できる)
しばらくしてセリオンに秘匿通信を繋いだ。
「父上、お呼びですか?」
ラートリーは窓の外を見つめたまま答えた。
「セリオン、シズクが動いた。
ロドリクを朝敵に仕立て上げようとしている」
「……存じております。
さらに、カイとイレーネが協力して、
ロドリク討伐に動く気配もあります」
ラートリーは初めて焦りの色を見せた。
「カイとイレーネが……手を組んだだと?」
セリオンは冷静に頷いた。
「はい。おそらく、イレーネの仕掛けでしょう。
『女帝救出』という大義名分があれば、
トウガも反対できません」
(そうか……。あの二人を同時に相手はさすがのセリオンでも無理だ)
ラートリーは深く息を吐いた。
「……くそ。シズクめ、見事な一手だ。
ロドリクを守れば、ウララ隠蔽が崩れる。
守らなければ、ロドリクは朝敵として討たれる」
(ロドリクが討たれる……。
セリオン、それはすなわち――お前の死だ)
「父上、私が第6艦隊を率いて迎え撃ちます」
ラートリーは即座に首を横に振った。
「駄目だ。お前では勝てん」
セリオンは表情を変えなかったが、
ホログラフの姿からでも察することが出来そうなくらい、
その瞳に悔しさが宿った。
「……承知しております。
カイとイレーネ、次世代の二大傑物を相手に、
私の経験では太刀打ちできません」
ラートリーは振り返り、セリオンの目を見つめた。
「セリオン。お前を第6艦隊から離脱させる」
「……離脱、ですか?」
「そうだ。お前に火の粉を浴びせるわけにはいかん。
お前には任せたい大事な仕事が残っている。
ロドリクは……捨て駒だ」
セリオンは静かに頷いた。
「では、どのように?」
ラートリーは冷徹に答えた。
「シズクの策に乗る。
お前が、ロドリクの『ウララ軟禁』の証拠を見つけたことにしろ。
そして、忠義のために上官の悪事を暴いたとして、堂々と離脱するのだ」
「……なるほど。
シズクの策に乗るだけであれば、私は諜報力を自らの保身に使う必要がない。
ウララの隠蔽はまだ維持できる。
そして私は『朝敵ロドリクの陰謀を暴いた忠臣』として、
経歴に傷をつけずに第6艦隊から無事離脱できる」
「そうだ。ロドリクには悪いが、奴は我々の盾になってもらう。
これより我が第3艦隊を最大速度で急行させる。
お前が指揮を執り、ロドリクをシズク共より、先に討て!
カイとイレーネに功を渡すな。」
セリオンは深く一礼した。
「承知しました、父上」
ラートリーは再び窓の外を見つめた。
「シズク……お前は私の諜報力の片腕を潰そうとした。
だが、セリオンは守る。
そして、ウララ隠蔽も、まだ崩れはせん。
ロドリクを犠牲にしたところで、こちらには何一つ痛みなどない。
だがお前達が遂に動き始めた以上、この内乱も終わらせるしかないな。
我々は次の一手を打つ」
セリオンが通信を切断しようとした時、ラートリーが呼び止めた。
「セリオン」
「はい?」
「……すまんな。腕を試したい気持ちもあろう。
だがお前を危険に晒すわけにはいかん。
身の安全を第一に考えよ」
セリオンは微笑んだ。
「父上。私は、父上の影として生きてきました。
火の粉を避けるのも、影の役目です」
そう言い残し、セリオンは通信を切断した。
ラートリーは一人、呟いた。
「ロドリク……お前には、帝国のために犠牲になってもらう。
すまんが、これも策の一環だ。
その隙に次の一手、この俺の秘策を実行する」
冷たい夜風が、窓から吹き込んだ。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
いやぁ……これは辛いお話でしたね…。
今回は、「策士たちの天才対決」と「捨て駒にされた老将の悲劇」が描かれました!
シズクの完璧な罠、ラートリーの苦渋の決断
今回の主役は、なんと言っても「策略戦」です!
シズクさんは、ラートリーさんの弱点を完璧に突きました!
その作戦は、「ロドリクを朝敵に仕立て上げる」こと。
でも、ただの朝敵化じゃないんです。
シズクさんは、ラートリーさんが「ウララ陛下を隠蔽している」という秘密を逆手に取りました!
もしラートリーさんが「ロドリクは陛下を軟禁していない」と言えば、「じゃあ陛下はどこにいるの?」と問われちゃいます。
つまり、ラートリーさん自身が陛下を隠してることがバレちゃうんです!
これ、「詰み」ですよね!
そして、シズクさんはさらに狡猾な一手を打ちます。
それが、「女帝救出」という大義名分です!
「ロドリクから陛下をお救いする!」と言えば、民衆も、トウガさんも、みんな味方になっちゃいます。
カイさんとイレーネさんも、この大義名分があるから、堂々と協力できるんです。
シズクさん、これ完璧すぎません??
しかもこれって両面作戦なんです。
セリオンさんを守るためにロドリクさんを守ろうとしたら、ウララさんを隠すための力が分散するんです。つまりロドリクさんを守れば、ウララさんを助け出せる。
そしてウララさんを守ろうとしたら、ロドリクさんを守れない。
それは、セリオンさんも見捨てるってことになるんです。
どちらにしてもシズクさんは、一つの目的を果たせるんです!
一方、ラートリーさんも黙ってはいません。
彼は、シズクさんの策を見抜き、「ロドリクを捨て駒にする」という冷酷な決断を下します。
ラートリーさんの目的は、息子セリオンくんを守ること。
セリオンくんは、まだ「経験値不足」で、カイさんとイレーネさんの二人を相手にできません。
だから、ラートリーさんは、セリオンくんを第6艦隊から離脱させ、「ロドリクの悪事を暴いた功労者」として、名誉に傷をつけずに逃がすことにしました。
そして、ロドリクさんは……「捨て駒」にされちゃったんです。
そして、ラートリーさんが言っていた「次の一手、俺の秘策」って何なんでしょう?
作者子ちゃん、ドキドキが止まりません!
ロドリクさん、どうか無事でいてほしいです…。
でも、この物語、優しくないから心配です…。
次回も、絶対見逃せませんよ~!
【あとがき】
5章も終盤です。
章タイトルの風の選別はイレーネさんが帝国のために、緑風ではなく烈風を選びました。
ならば律の胎動………。律とは!?
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