服飾店にて
そんなことを考えているうちに、フランシーヌの案内で、クレメンザ商会の経営する服飾店にたどり着いた。店内は、『ローゼン職業安定所』と同じくらい空調が効いており、涼やかな空気の中、店員さんが見繕ってくれた帽子を私は試着する。
「これ、どうかな? 似合う?」
微笑みながら、フランシーヌに問いかけると、彼女はちょっぴり大げさに肩をすくめ、言葉を返す。
「お姉様の美貌なら、どんな帽子でも似合いますわよ」
「ふふ、お上手ね。お世辞だってわかってても、嬉しいわ」
「あら、心外ですわね。わたくし、お世辞は嫌いでしてよ。本心から、思ったことを言っただけですわ」
「あはは、それじゃ、お褒めの言葉を素直に受け取って、うぬぼれておくわね。店員さん、この帽子、いただくわ」
そう言って、懐から財布を取りだそうとすると、店員さんが慌てて両手を前に出し、私を制止した。
「と、とんでもございません。フランシーヌお嬢様が常日頃お世話になっているミリアム・ローゼン様から、お代などいただけません」
恐縮しきったその言葉にかぶせるように、フランシーヌが言う。
「いいのよ、遠慮なく貰っておきなさい。お姉様はきっと、無料で商品を受け取るなんて、嫌でしょうからね。……そうでしょう? お姉様」
その通りよ。
さすがフランシーヌ。『私』という人格が目覚めてからは、まだまだ短い付き合いだが、もう私のことをよく分かっている。『理想の公爵令嬢』たらんとするもの、自らの立場を利用して、タダで品物を貰ったりすべきではないわ。
私は頷くと、財布から紙幣をつまみ、お会計を済ませた。
店員さんは、驚いたような、拍子抜けしたような、複雑な笑みを浮かべ、私からお金を受け取った。……悪名高いミリアム・ローゼンが、紳士的に(この場合、淑女的にと言うべきかな)お買い物をしたのが、不思議だったのだろう。
小さな出来事だが、こういった振る舞いから、私が善良で、きちんとルールを守る人間に生まれ変わったということが、皆に広まっていくといいのだけど……
さて、おしゃれかつ機能的な帽子を買ったことで、紫外線対策はバッチリになった私は、フランシーヌと共に、聖都フォーディン――その政治経済の中心であるアブレリオ中央区のメインストリートを、ゆっくりと歩いて行く。
用事は終わったので、もう帰ってもいいのだが、中央区に来るのは久しぶりなので、評判の良いレストランで、エレガントに食事をしたい気分でもあった。
「ねえ、フランシーヌ。せっかくだから、どこかで、何か食べていかない?」
「いいですわね。そういえば最近、裏通りで隠れた名店を見つけましたの。お姉様さえよろしければ、そこでランチにいたしましょう」
よろしいに決まってるわ。
裏通りにある隠れた名店……なんて良いフレーズだろう。聞くだけで食欲がわいてきた私は、フランシーヌを急かすようにして、メインストリートのわき道から、裏通りに入っていく。
高い建物で日差しが遮られている『裏通り』は、その名にふさわしく、まさに裏の通りと言った感じだった。時折、ちょっと怖そうな感じのお兄さんたちも歩いているが、私は特に不安ではなかった。
何故かというと、アブレリオ中央区は、聖都フォーディンの中でも、最も治安の良い地域だからだ。表通りでは見られない、マニアックな露店等を眺めながら、フランシーヌと共に、『隠れた名店』目指し、意気揚々と道を進んで行く。
ふと、他の露店より、ひときわ大きなテントが視界に入った。




