第08話 状況確認と今後の方針
「えっと……」
雅臣とは対人距離感が違うものか、かなり近い距離で雅臣の目をまっすぐに見つめる凜子。
――び、美少女属性を持っていると、照れなくなくなるものなのだろうか?
あまりにも平然と距離を詰める凜子に、埒もないことを考えてしまう雅臣である。
たしかに自分が美男子だったら平気なのかもなあ、とも。
全裸ではなくなったとはいえ美少女にこの距離に近づかれると、ステータスのCHRこそ100になってはいるものの、美男子ならざる雅臣にとって滑らかに話すことは少々難易度が高くなる。
もちろん不快に感じているわけなどなく、緊張するからだ。
いや緊張するというのももちろんある。
だがそれ以上に、美しい碧眼とそれ自体発光しているようなサラサラの金髪が学校で見る黒髪黒瞳の凜子とはまた違った魅力を醸し出し、ともすればぼーっと見惚れてしまいそうになるのだ。
雅臣にとって肌や顔の造作は日本人としての美少女、髪や瞳だけ金髪碧眼というのはドストライクなのである。
まあ学校一の美少女を勝手に自分のパーティーメンバーにして妄想し、その際金髪碧眼にしていたのだから言わずもがなである。
実は雅臣ほどあからさまではなくとも凜子もけっこう緊張しているのだが、そんなことは雅臣にはわからない。
女の子に本気で演技されてしまえば、よほど経験値の差でもない限り男の子がそれを見抜くことなどできはしない。
その手の経験値が現在の75/300よりも少ない、というか0/∞の雅臣であればなおのことだ。
一般的には女性の方が対人距離感は狭いとされているが、密接距離、近接層ともなれば男性も女性もない。
その距離が許されるのはごく親しい相手――それこそ恋人ポジションでもなければ本来ありえない。
今の凜子の対人距離感が常のものであるならば、学校では有名な話になっているはずだ。
凜子にそういう距離感で接されて、その気にならない男子生徒はそう多くないだろうから。
つまり今は特殊な状況ゆえの特例、もしくは――
――個人的な接点なんて、まるでなかったはずだけど……
要らん知識も無駄に多くもっているため、あれこれと考えてしまって内外双方で汗を浮かべざるをえない雅臣である。
「あの……私から質問良いかな?」
二の句が継げなくなっている雅臣に、凜子の方が少し照れた様子で質問をしてきた。
まだ理路整然と話す自信のない雅臣にとっては渡りに船である。
「……どうぞ」
接点こそほとんどないとはいえ同じ学校に通う者同士。
それも同級生であるにもかかわらず馬鹿丁寧な雅臣の対応に、凜子は少しだけ驚いた表情を見せた後に、安心したようにくすくすと笑いだす。
「本当に社君なんだよね? って聞こうと思ったんだけど、その反応は本物だね」
何がおかしいのか、あるいは嬉しいのか。自分でも笑いが止められないようだ。
馬鹿にされたものではなく、自分のことで女の子が嬉しそうに笑っているといたたまれないというか妙に落ち着かなくなる雅臣。
今の対応で本物だと信じることができるほど、「雅臣らしさ」というものをなぜ凜子が把握しているのは謎だが、どうやらそれで凜子は納得してしまっているようだ。
「じゃあ別の質問。――どうして眼鏡してないの?」
どうしてもそこにはコダワリがあるらしい。
そういえばさっきも「眼鏡をしていない」から雅臣だとわからなかったと言っていた。
――僕の「本体」は眼鏡だと思われているんだろうか。
いや違う。
このひと月で『CHR』を上昇させるための試行錯誤。
その結果としてブランド物のフレームに替えたことが、思っていたよりも笑いものになっていたのかもしれない、と俄かに雅臣は恥ずかしくなった。
フレームのみならず、髪型を変えたり鞄を変えたりもしていたのだ。
凜子の耳にもそれが「笑い話」として伝わっていたのかと思うと、さすがに失意体前屈状態になりそうな雅臣。
まあこれは雅臣のマイナス方向への自意識過剰ともいうべきもので、笑い話などにはなっていない。
全く別の理由で話題になっていたことは確かであり、それ故に凜子もそこに反応しているのではあるが。
――いや、いたたまれなくなっている場合じゃない。……僕が眼鏡をしていない?
鏡がある空間でもなく、自分の今の容貌を客観的に見ることができないとはいえ、本人がそれに気付いていないとなれば間抜けな話だ。
『装備画面』に『眼鏡』と表示されているのもいささか間抜けが過ぎる気もするが。
眼鏡がなければまともにものを見れない雅臣にとって、「眼鏡の逸失」は本来死活問題である。そのことに全く思い至っていなかった事実が我ながら信じられない。
それほどまでに、全く違和感がなかったのだ。
裸眼でまるで問題なく見えている。
いや、現実で眼鏡をかけていた時よりもくっきりはっきりと見えている。
妙な表現になるが、今の雅臣にはまるで4K映像をモニタで見るようにようにすべてが鮮明なのだ。
その鮮明な状態で、先の凜子の映像をわりと優秀な己の記憶野に焼き付けたことは内密にする必要があるだろう。
「お恥ずかしい話ですが、磐坐さんに言われてはじめて気づきました。迷宮に移動したときに服と一緒に消えてしまったようです」
「平気? ちゃんと見える?」
眼鏡をかけているのは当たり前だが目が悪いからだ。雅臣は伊達眼鏡をかけて登校するほどの洒落者、ないしはバカ者ではない。
なくても平気なのかと心配するのはまあ順当だろう。
その上言われるまで気付かなかった、などといわれれば、視界よりも思考の心配をされてもしょうがないところだ。
「大丈夫。現実で眼鏡をかけていた時よりも鮮明なくらいです」
思わず素直に答えてしまってから己の失敗に気付く雅臣だが、時すでに遅し。
「…………」
「…………」
お互いなにかを想い出して赤面する。
よく見えていた、などと宣言されても凜子も俯くしかない。
迷宮に来ることによって、「ステータス」がすべて体に反映されているのは魔物との戦闘である程度予測がついていたし、その通りだろう。
「視力」がどの「ステータス」の影響下にあるのかはわからないが、悪いはずの目もよくなるというのは雅臣としても想定外だった。
ただ冷静に考えれば、近接戦闘職を目指すのであれば眼鏡はキツイ。
眼鏡をしたままフルフェイスの兜をかぶるなど考えたくもない。
――迷宮へ来る際、現実のものはすべておいてくるのだとしたら、コンタクトにすればいいというものでもないしな……
なんにせよ、わかっていないことが多すぎる。
現状は幸いにして魔物を退け、パーティーメンバーと合流成功という悪くない流れではあるものの、一度落ち着いて今入手可能な情報をすべて整理して理解、共有する必要がある。
今のところ接敵した魔物は大したことはなく、慎重に進めればHPがゼロになることはないだろう。
少なくともこの第一階層では。
だが万一HPが0となったとき本当の死が訪れるのであればさすがに洒落になっていない。
それに『育成』において最序盤に方向性を定めておくことは極めて重要でもある。
自分一人であればまだしも、おそらくは自分にまきこまれる形で凜子もこの迷宮を攻略していかなくてはならないらしいとくれば、ラブコメ展開でふわふわしている場合でもない。
下手をすれば死ぬのだ。
一度しか挑戦できない素晴らしいゲームを、クリアできずに終わってしまう。
そう思ったとき、雅臣の中で何かスイッチが入った。
「僕からも質問いいですか?」
「ど、どうぞ」
「磐坐さんは視界にゲームのような画面が見えているわけじゃないんだよね?」
「う、うん」
急に冷静になった――少なくとも凜子にはそう感じられた――雅臣の様子に少し気後れしているのだが、そんなことにはお構いなしに雅臣は質問を続ける。
「そうか……ということはその髪も瞳も、自分でそうしたわけじゃないということだね」
「え? 髪の色には気づいてたけど……瞳も色が変わってるの?」
「キレイな碧眼です」
考え込みながら事実をしれっと告げる雅臣の言葉に、思わず凜子は赤面する。
だがゲーマーとしての脳をフル回転させ始めた雅臣はそれに気づかない。
小さな声で「あ、ありがと……」といった声も耳には入っているが、脳には届いていない。
半ば自動的にその言葉に対して冷静に「いえ」と答える様子は、凜子など歯牙にもかけていないように見えなくもない。
さっきまでとはうって変わった雅臣の様子に凜子の方がどぎまぎし始めているのだが、それにも気づかない。
そんなことよりも雅臣は今、この迷宮のルールをゲームとして捉えることに全力を上げている。
ゲーム脳ここに極まれりといったところだが、ここまで常軌を逸しつつもゲームらしい世界を攻略するのであれば、常識を振りかざすよりも有効かもしれない。
今雅臣はかなりの思考速度であらゆることを分析している。
曰く。
どうやらこの迷宮において「プレイヤー」として扱われているのは僕だけのようだ。先はわからないけれど、磐坐さんにそういった操作的な要素が一切ないことからしてそう見てもいいだろう。
そして磐坐さんは信じられないことに僕の妄想をこの迷宮が実現するために巻き込まれた可能性が高い。謝って済むことじゃないだろうけれど、今それを言って動揺されたり仲たがいするのは拙い。そのことはまず現実へ戻れてから再び土下座して話すべきだろう。
そしてこの迷宮攻略がパーティー制ということは、どれだけ強化しようともソロではクリア不可能とみていいはずだ。
そうなれば最初期――たった今から先を見据えたパーティー構成とそれに向けた育成、スキル選択をする必要がある。
とはいえ今はまだ最序盤すぎて情報が足りない。
第一層であれば十分レベルを上げればソロで攻略可能な可能性も高い、それまで磐坐さんはスキル選択を保留するべきか……
エトセトラ、エトセトラ。
どちらにせよ、そういった操作が可能なのが雅臣だけなのであれば、パーティーメンバーのステータス画面を掌握する必要があるのは言うまでもない。
要らん情報もいろいろ表示されているのでプライベートの侵害も甚だしいが、その許可を取る必要がある。
その際、雅臣が凜子のどんな情報を知ることになるのかは説明しておかなければならないだろう。
身長・体重やスリーサイズなんてゲーム攻略には必要ないだろう! と叫びたくなるが、表示されているからには仕方がない。
「磐坐さん、いいかな?」
「は、はい!」
じっと黙り込んだかと思えば、真剣な表情で話しかけられたものだから凜子はちょっとひっくり返った声で答えてしまう。
それが恥ずかしいのか、再び真っ赤になっているがそれにも雅臣は頓着しない。
攻略モードに入っているゲームプレイヤー雅臣は、登美ヶ丘学園生徒の社 雅臣とは違う存在なのだ。
とにかく雅臣は、現状をゲーマーとして把握した情報を凜子に告げる。
さすがに身長体重、スリーサイズを知られることはかなり恥ずかしかったようだがそうも言ってられないことは理解してくれたようだ。
肝心のステータス、STR、DEX、VIT、AGI、INT、MND、CHRについては「そんなものなの?」といった程度の反応であった。
それぞれがどんな意味を持つのかの想定も雅臣は伝えたのだが、CHRにだけ妙に食いつた程度。
「それでとりあえず迷宮から現実へ帰る方法だけど」
「はい」
「おそらくは今いるここ――第一階層を攻略完了することが帰還の条件――だと思う」
そのために今から可能な限りのレベルアップを図ること。
つまりは魔物との戦闘を繰り返すこと。
第一階層の地図を掌握すること。
そして戦闘は雅臣が担当し、凜子は第一階層攻略完了までスキル構築を行わないことを告げる。
それは帰還可能になってから、帰還後も必要な状況になってはじめて、慎重にするべきだと。
「護って、くれるの?」
本質的にはそういうことではない。
将来的に有効な戦力となってもらうため、序盤での適当なスキル取得やレベルアップボーナス(あるのであればだが)の振り分けを避けようというだけのことだ。
お姫様のように護って何とかなるのであればそれもよかろうが、どうやらそれを許してくれるほどこの迷宮は甘くない。気がする。
それがこんなとんでもない状況であるのに、どこかわくわくしている雅臣のゲーム脳が現状している判断である。
「最初は。ですが最終的には二人で力を合わせる必要があります」
それをきちんと凜子にも説明する。
凜子が戦闘に慣れているはずもないが、十分なマージンを取った上とはいえいずれはやってもらわねばならないことを誤魔化しても仕方がない。
「私の力が、将来的には絶対に必要?」
――なぜ嬉しそうな顔をするのか。
雅臣の説明をを聞いていた凜子は、途中から雅臣に負けず劣らずわくわくした表情となり、最終的には軽い興奮状態になっている。
――解せぬ。
凜子は兄の影響なのか、「ゲームなんてわかりませーん」というわけではなかった。
専門用語こそ知らないが、レベルアップや育成、スキルやNPCのことなどは何となくだが理解してくれているように雅臣にも思える。
だが普通の女の子がこんな世界で「戦わなければいけません」といわれて喜ぶ理由が思い当たらない。
だが今はそんなことを問答している場合でもない。
「そうです。無理を言いますがお願いします」
「まかせてください!」
――理由は解せぬ。だけどやる気でいてくれることは助かるな。
そう思うことにする。
現状の二人のステータスは以下の通り。
社 雅臣
Level 1 next level 75/300
HP 52/52 MP 88/88
STR 38(+2) DEX 45 VIT34 AGI 61 INT 91(+3) MND 108(+7) CHR 100
取得スキル4 スキル取得ポイント30
スキルセット 4/5
『寸勁』『魔力付与』『治癒』『解毒』
ジョブ 治癒術士
サポートジョブ 現状選択不可
状況 通常
装備 革のグローブ ぬののふく
磐坐 凜子
Level 1 next level 40/300
HP 38/38 MP 50/50
STR10 DEX15 VIT15 AGI24 INT55 MND66 CHR 99
取得スキル0 スキル取得ポイント50
スキルセット 0/2
ジョブ 空欄
サポートジョブ 現状選択不可
状況 通常
装備 ぬののふく
攻撃力や防御力にはじまり、戦闘に一見関係ない各種ステータスなどもいろいろ表示されているが今は割愛する。
凜子のステータスから考えても、「プレイヤー」である雅臣が隔絶した「強さ」を得ていることは間違いない。
今まで接敵した『角狗』や『牙鼠』であっても、戦闘に慣れていない凜子がソロで挑んだ場合、敗北していた可能性もある。
そう思うと雅臣の肝が冷えた。
最初の救出ミッションを失敗して、その時点でクリア不可能になっていた可能性。
それ以上に自分のせいで巻き込んだかもしれない相手を、「死なせてしまう」可能性に思い至ったからだ。
――他の妄想パーティーメンバーも、いずれ巻き込んでしまうとしたら大変だな。
だが今はまず、いったん現実へ帰還することが最優先事項だ。
のんびりしていて失踪扱いになったら、無事帰還できたとしても面倒なことになる。
慎重かつ急ぐ必要がある。
「というわけでレベリングを始めましょう。僕の後ろについてきてください」
「はい!」
その返事を聞いて雅臣は苦笑いする。
自分も大概だが、凜子も負けていないと思ったのだ。
こんな異常事態で、パニックにもならずにまさにゲームを始めるがごとく「レベリングを始めましょう」という自分がゲーム脳なら、それに嬉しそうに「はい!」と答える凜子は何者なのだろう。
学校で見る凜子とは違う貌はいくらでもある――金髪碧眼ということではなく。
それに気づいて、ちょっと雅臣はうれしくなったのだ。
凜子も似た気持ちであることにまでは気付けていないが。
「あ、そうだ。磐坐さん」
「なあに?」
「どうして僕を知ってたのか、聞いていい?」
クラスも違う。
接点もない。
凜子の様な有名人であればまだしも、そんな凜子が自分を知っていたことが純粋に不思議だったのだ。
だがその質問を受けた凜子はめったに見せない表情で少しだけ笑う。
ちょっと呆れたのだ。
「あのね。進学校である我が校で、圧倒的な成績を誇る社君を知らない生徒はいないと思うよ?」
それを聞いてさすがの雅臣も赤面した。
男の子、女の子としての基準でしかものを考えられていなかった自分が、凜子と遭遇してからはやはり普通ではなかったと理解したからだ。
――そりゃそうだ。
――別にゲーム好きで地味な同級生として、磐坐さんが僕を知ってくれていたわけじゃない。
自分の質問が相当自意識過剰だったことに内心で雅臣は悶絶するが、かろうじて顔には出さない。
だが表情を取り繕うことに必死で、「社君が納得する答えを一応用意しておいてよかった」と、凜子は凜子でほっとしていることには雅臣は気付けなかった。
まあそれでこそ雅臣であるといえるだろうが。
次話 相棒
2/9投稿予定です。
その次の 第一階層攻略完了 で第一章が終わります。
現実パートの第二章もお付き合いくださればうれしいです。




