第07話 迷宮の大前提
――御寛恕賜ラント伏シテ願エレド、未ダ雅臣ノ命脈ハ定カナラズ。
マジ土下座の姿勢を完成させた雅臣は、凜子からの声をそんな思いで待っている。
たかが数秒を妙に長く感じる経験など、そうそうできるものでもない。
「助けるためには仕方なかったんだ!」「見てない。見てないよ?」「スタイルいいよね?」
焦るあまり、言い訳なんだか褒めているつもりのセクハラなんだかわからない言葉をばーっと口走りたくなるが、ぐっと堪える。
――許しを請う際に、言い訳は不要。
めっちゃ早口で並べ立てる言い訳に、「サイテー」とか、平坦な声で被せられたら軽く死ねる。
助けるためには仕方ない、という点においてはそれなりの説得力はあるとは思うものの、赤の他人ならともかく相手が凜子だという時点で雅臣はわりと冗談じゃなく焦っている。
同じ学校に通う超が付く美少女が相手だから――というわけではない。
凜子がなぜか金髪碧眼Ver、つまり雅臣の妄想通りの姿だということ。
全裸だったということもあるだろうけれど、悲鳴を上げたという点から凜子がこの迷宮に現れるに際して、雅臣のような手順が存在しなかったであろうこと。
つまり――
――自分がまきこんだ可能性が高い。
雅臣が本気で冷や汗を流しているのはその可能性に思い至ったからだ。
謎の置物――『トリスメギストスの几上迷宮』であれば、それくらいのことはしれっと出来ても全く不思議ではない。
ただの高校生にこれだけの力を与え、この迷宮へ引きずり込むことが可能なのだ。
その『メインプレイヤー』である雅臣の趣味嗜好、日頃の妄想などを取り入れてお膳立てしていることも十分考えられる。
――というか、そうとしか思えない。なんでそんなことをするのかは現状では全くわからないけど。
伏して判決の声を待ちつつ、肌を見た罪どころではない可能性に動揺している。
もしも今雅臣が想定している通りであれば、この異常事態は雅臣の妄想に準じている可能性がかなり高くなる。
いわば、ゲーマーならだれでも一度ならず何度でも妄想しているであろう、『俺の考えた最高のゲーム』というやつである。
大体は自分が人生で一番ハマったゲームを骨子とし、それにプレイヤーとして「ここがこうだったらなあ……」という、ハマっているからこその無い物ねだりを付け加えたもの。
初期こそはバランス崩壊の好き勝手できる設定を妄想するのだが、歳を重ねてくれば妙に慣れてきて、「バランスが……」とか「難易度と達成感がハマるには必須だよな」とか、ゲームクリエイター気取りで凝った設定を考えるようになったりする。
同好の者で語ると愉しい半面、必要以上に熱くなったりもするが。
雅臣はルールやバランス、そのあたりがここまでリアルな迷宮で再現されるのであれば望むところだが、妄想で設定していた実在のパーティーメンバーまで引きずり込まれるとなればちょっと洒落にならない。
凜子だけでもえらいこっちゃレベルなのに、雅臣が妄想していたパーティーは自分を含めて六名がフルメンバー。
雅臣自身と凜子を除いた残り四名も、結構ものすごいメンバーを妄想していたのだ。
もしも凜子のようにみながこの迷宮に引きずり込まれるというのであれば、その犯人とされた場合雅臣は現実に居場所がなくなることは間違いないレベルである。
それどころか約一名は二次元というか、雅臣オリジナルの創作キャラなのだが。
そんな存在に実際に逢って話ができるというのは……
――嬉しいけど、やばいな……
何がやばいかは今は特に秘す。
とにかく。
今は肌を見た罪の御沙汰を待っている状況だが、万一これが赦されたとしても「雅臣のせいでこの迷宮に引きずり込まれた」となればさすがに御赦しはいただけないだろう。
とはいえ隠しておいていい話でもない。
何としても無事に現実へ戻すことは大前提として、きちんと説明する必要はある。
「……こっちこそ、助けてくれたのにひどいこと言ってごめんなさい。……びっくりしちゃって……」
凜子の声はまだ動揺を残しているし、平気なわけがあるはずもないが「赦す。面をあげよ」の言葉を頂いた。
雅臣の存在は首の皮一枚で存続を赦された。
雅臣としては慈悲深いヒロイン候補(この言い様もバレたら断罪ものだろうが)に感謝するばかりである。
だからといって「よかったよかった」と本当に面を上げるわけにもいかない。
いまだ凜子は全裸であるし、隠すにしても限界がある。
土下座しつつ後ずさったため至近距離にいるわけではないが、顔をあげればまた見てはならぬものを見てしまう。
見たくない訳ではないが、見るわけにもいかない。
「ほんとごめん。あとこれ着てくれると非常に助かる」
土下座の姿勢のまま180度反転し、操作画面を出してさっきドロップした「ぬののふく」をストレージから取り出す。
服さえ着てくれれば、今少し落ち着いて会話することも可能になるだろう。
気まずさを完全に払拭することは出来まいが。
「あ、ありがと……」
「いえ……」
その場に「ぬののふく」を置き、ずりずりと移動する雅臣。
そのあと凜子がその位置へ移動する気配と、「ぬののふく」を身に付けようとごそごそやっている衣擦れの音が聞こえる。
――うぅ……生々しくていたたまれない……
なんとか生唾を呑みこむことをこらえる雅臣に、困惑した凜子の声が届く。
「あ、あの……これどうやって着ればいいの?」
恥ずかしそうな声。
馬鹿だと思われることを危惧しているのだろう。
確かに「ぬののふく」は現代の服ではないが、着かたがわからないというほどの代物ではない。
そして如何にお嬢様とはいえ、凜子が自分で服が着られないわけもない。
もしもそうなら、学校で体育の時間などどうするというのか。
御付のメイドが着替えに参上しているという噂はさすがに聞いたことがない。
――そうじゃなくて。
「ごめん、磐坐さんの視界にも、なんかゲームっぽい表示がされてないかな? 此処ではそういう、ゲームのような操作をしないと身に付けられないルールかも知れない」
この迷宮がゲームのようなルールに準拠しているというのであれば、アイテム類を身に付けるためには『装備』によるエクストリーム脱着しか手段がないことになる。
ゲーム慣れしていない凜子にそれをどう説明すればいいか苦慮する雅臣だが、凜子の一言でその苦労はあっさりと不必要になる。
「ごめんなさい。そういうのは何もみえない……と思う……」
――マジか。
巻き込んだ主体は自分だとしても、あくまでもこの迷宮は「MMOベース」だと思っていた。
雅臣自身と同じように他の人間もみな独立した「プレイヤー」であり、そんなみんながパーティーを組んで一緒に目的を果たす。
だがどうやらスタンドアローン、いわゆる「オフゲベース」である疑いが濃くなった。
「プレイヤー」は雅臣だけで、巻き込まれた凜子はパーティーメンバーとして雅臣にとっては仲間になるN.P.C――ノン・プレイヤー・キャラクターのようなポジションなのだ。
中の人――というか当人なのだが、本物の人間だというだけで、ステータス画面や操作の類は一切存在しない。
戦闘や会話は自律的に行うが、レベルアップの際のスキル構成やステータスの振り分け、成長の方向性を決定するのは雅臣次第だというパターン。
「ごめん、ちょっとだけ待って」
凜子の方へ尻を向けたままで、雅臣は操作画面を呼び出して確認する。
そこにはさっき確認漏れしていたのか、凜子と接触したことによって生えたのか、どちらにせよ雅臣が確認できていなかったタブが存在しており、そこを開くと案の定パーティーメンバーに関するページとなっている。
そこにはすでに仲間として凜子が登録されている。
各種ステータスも表示されているが、反射的に雅臣はそこから目を逸らした。
深刻なプライベートの侵害だと思ったからだ。
目をわざと眇めて画面をぼかし、なんとか『磐坐 凜子』のステータス画面で、『ぬののふく』を『装備』させることに成功した。
なんか試行錯誤で凜子を表す人体図をいじっている時、背後から色っぽい声が聞こえた気がするが、それはあえて聞かなかったことにする。
「わ!? え、これどうやったの?」
『装備』に成功した瞬間、背後から凜子の驚いた声が聞こえる。
それを聞いて雅臣はとりあえずほっと胸をなでおろした。
エクストリーム着衣が成立したようである。
これで何とか落ち着いて会話できる状況だけは整った。
どうやらこの迷宮は全てではないものの雅臣の妄想をベースに構築されている可能性が高いことや、凜子を巻き込んだのは雅臣である可能性が高いことなど、「この迷宮の大前提」を説明して理解してもらう必要がある。
その上でなんとか現実へ帰還するために、力を合わせる必要があるのだ。
――口下手とか言ってる場合じゃないな。僕がきちんと説明して理解してもらう必要がある。巻き込んだことは謝って赦されることじゃないだろうけれど、間違いなく磐坐さんは現実へ還さないと……
現状では雅臣と凜子を結び付けて考える人間は皆無だろうが、ゴールデンウィークの初日に二人そろって失踪したとなればなんやかんやと邪推はされよう。
その可能性は時間がたてばたつほどに高くなってゆく。
早急な現実帰還の方法発見が必要だ。
「ごめん、今わかっている事だけでも説明、する、よ……」
そういって振り返った雅臣は再び絶句することになる。
ベタだが見蕩れたのだ。
ついさっき自分が身に付けた「ぬののふく」と基本同じデザインの、駆け出し冒険者が身に付けているような簡易な衣装。
違うのは雅臣の場合ズボンなのが、凜子《Female》の場合ミニスカートになっていることくらい。
――なんだって防具の一種の服のはずなのに、女性用になると露出が多いんだよ!
本音では嬉しいくせに、ゲーマーみんながいつも笑っていることを深刻に思う雅臣。
なんか胸のあたりも強調されているようなデザインで、全裸の時とはまた別の意味で視線のやり場に困る。
「どうした、の?」
再び硬直した雅臣の傍へやってきて、不思議そうに覗き込む凜子。
少しだけ傾げた頭にあわせて、金色に変わっても嘘みたいに綺麗な長い髪がさらりとその方向へと流れる。
「イエナンデモナイデス」
「?」
再びカタカナになった雅臣を、不思議そうに凜子が見つめる。
全裸でなくなっても、雅臣が凜子へきちんと状況を説明することは、第一層の魔物と戦うことよりも骨が折れる作業のようである。
次話 状況共有と今後の方針
2/8投稿予定です。
次話を含めてあと三話、
2/9 二人三脚
2/10 第一層攻略完了
で第一章が終わる予定です。
第二章では一番書きたかった現代パートに入ります。
読んでいただき、ブックマーク、評価、感想を下さっている皆様、ありがとうございます!
二月中には一応の着地点へたどり着きますので、そこまでお付き合いいただければ嬉しいです。




