第06話 ヒロイン候補 ただし好感度最低からスタート(そうでもない)
初戦と違い魔物は二体。
種類も初戦の相手であった『角狗』とは違い、雅臣の視界には『牙鼠』と表示されている。
二体ともレベルは2と表示されているし、体躯は『角狗』よりも一回りほど小さい。
『魔力付与』の効果発動中に『寸勁』を当てれば一撃で屠れると雅臣は判断する。
とはいえ現実で接敵した日には、男の雅臣でも悲鳴を上げてしまいそうなくらい禍々しい姿をしている。
殺る気まんまんの長い前歯が背筋を寒くさせる。
いや現実であれば、普通の鼠であってもこの至近距離で相対したら「ふぁっ!」程度の声は出るかもしれない。
――本来ならもっと慎重に行くべきなんだろうけど……ここはちょっと無茶を通す!
なんといってもこの後、会話しなければならないのだ。
しかも服がドロップしなければ全裸の美少女――本人かどうかはいまだ不明だが、雅臣とて『学校一の美少女』の称号に否やを唱えるつもりはまったくない、『磐坐 凜子』、しかも金髪碧眼バージョンと。
ただ会話するだけでも雅臣にはハードルが高いのに、全裸をばっちり見てしまっていると来ては何をどう話していいかすら判断がつかない。
何なら魔物を斃した後、そのまま走り去ってしまおうかとも思うくらいである。
だがそうなっても次の角で身を潜め、魔物が現れるたびに雅臣も現れるという馬鹿を繰り返すしかなくなる。
――さすがにそれはなあ……
故に少々の無茶をしたところで、速攻。
しかもできるだけ「かっこよく」仕留めるべきだ。
『裸を見られた<危ないところを助けられた』の図式を成立させる必要がどうしてもある。
せめて≦くらいは何とかしたい。
そうでなければ本気で走り去ることも考慮に入れねばならない。
――間違っても磐坐さん(金髪碧眼VER)の方へ行かすわけにはいかないしな。
脳内ですらファーストネームを呼べぬ雅臣である。
ゲームシチュエーションの妄想では呼び捨てだったくせに、現物を前にすればまあそういうものらしい。
「危ないよ!」
――ああ、この声は間違いなく磐坐さんだな……
こんな状況でも他人を心配できるとは、さすがに美少女にカテゴライズされる存在は違うな、と雅臣は思う。
ほかにもお嬢様属性、優等生属性、隠れ巨乳属性なども持ち合わせていると、わりときちんといい人属性も備えているものらしい。
ある属性についていうのであれば、雅臣にとってのみ「隠れ」ではなくなったわけだが。
――腹黒属性とかも嫌いじゃないんだけどね。
馬鹿なことを考えつつ、『寸勁』を左の『牙鼠』に叩き込む。
『革のグローブ』の攻撃力も加わったものか、雅臣の予想通り一撃で『牙鼠』のHPは消し飛ぶ。
――二匹目!
そのまま残る右の『牙鼠』へも『寸勁』を叩きこもうとして、雅臣は自分がかなりテンパっていることをいやでも理解させられた。
――馬鹿か僕は! 『スキル』には『再使用時間』があって当然だろ! 何年ゲーマーやってんだ僕は!
もちろん『寸勁』はあと数秒発動できない。
はなから通常攻撃で行っていれば問題なかったのかもしれないが、『寸勁』で仕留めるつもりだった雅臣には「発動不能」の隙が生まれる。
魔物であるからにはぼーっと突っ立っているわけではない。
雅臣の背筋を寒からしめた長い前歯で、硬直した雅臣へ攻撃を当てる。
左腕で一応防御したが、むき出しの部分に当たって血がしぶく。
痛みがないのは先の戦闘と同じだが、見ている凜子にそんなことはわからない。
ゆえに悲鳴も出せず真っ青になって、両手で口を押える。
女の子にはよくあるしぐさだ。
驚愕や恐怖を感じれば、反射的にやってしまうものなのかもしれない。
だが今の凜子は全裸である。
口元をカバーすれば、今までその両手がカバーしていた部分は曝け出される。
左の敵から右の敵にシフトした際、雅臣の視界の右側に凜子はとらえられている。
それが今度は雅臣を真っ青かつ真っ赤にさせる。いわゆる目を白黒させる、という状況だ。
――だああ! また見てしまった!
マイナスポイントがまた積みあがってしまった。
しかもヘマをして傷を負うという間抜けぶりである。
「颯爽と仕留める」ことに失敗した雅臣は落ち込むが、ゲーマーでもない凜子にそんなことがわかるわけがないことまで頭が回らない。
今のは初心者のミスですね、などという学校一の美少女もそうそうおるまいに。
内心で失意体前屈となりながら、『再使用時間』が経過した『寸勁』を発動し、もう一体も確実に仕留める。
得た経験値は二体で40。
ステータスは『next level 75/300』となっている。
アイテムも祈りが届いたものか、無事『ぬののふく』を入手したようだ。
そんなことよりも雅臣にとって、問題はこの後である。
本気で走り去ろうかと汗をだらだら流しながら考える雅臣のところへ、さすがに恥じらいは隠せないながらも凜子が駆け寄ってくる。
――いや、なんで近寄ってくるんだ!? とりあえず離れて隠しておいてくれれば、「ぬののふく」を渡すのに!
まさかの裸体接近に雅臣は硬直する。
凜子にとってみれば助けてくれた人の怪我を気にするのは羞恥よりも優先されるものなのだろうが、それにしたって落ち着きすぎというか、警戒心がなさすぎると雅臣は思う。
ゲーム慣れなどしていない凜子にとって、突然自分が素っ裸でいることや、見たこともない場所にいること、あまつさえ魔物との遭遇などは許容範囲を超えるのは当然のことだ。
だが本来の人柄に従う行動原理については、ステータス補正が正しく機能しているのかもしれない。
凜子自身、状況に動転しながらも助けてくれた人の怪我の心配をできる自分に驚いてはいるのだ。
「助けてくださってありがとうございます。――怪我は大丈夫ですか?」
羞恥は現れてはいるものの、それを上回る心配そうな表情で至近距離から見上げられる。
隠そうとはしているのだが隠しきれていないあたりが、あけっぴろげに晒されるよりも遥かに破壊力が高いことを社 雅臣17歳は深く静かに理解する。
血が流れる左手の傷を見た凜子は、あまりのことに顔色を失っている。
それだけの深い傷なのだ。
雅臣はまったく痛くないのだが。
隠すことも忘れて、己の両手で雅臣の左手を包み込むようにする。
そんなことで治るはずもないが、「手当」というものを人は本能的に選択するのかもしれない。
己を護るために負ってくれた傷であるのであれば、なおのこと。
だがそんなことを考える余裕は、今の雅臣には残されていない。
怪我はまったく痛くないが、左手に触れた凜子の両手が暖かく、やわらかい。
至近距離にいるせいか、何やらいい匂いがする。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「ダイジョウブデス」
あまりのことにカタカナで平坦に答えることしかできない。
痛みをこらえているようでもなく、感情のまったく抜け落ちたその声と表情に、さすがに凜子も不思議そうな顔をする。
「コウスレバヘイキデス」
無表情のまま『治癒』を発動し、凜子の顔色を悪くさせていた傷をあっという間に跡形もなく完治させる。
「わ……」
傷口を覆った光と、その直後に完治した様子を見て凜子が驚愕の声を上げる。
それはそうだろうと思うが、驚きで無防備になった凜子の破壊力が高すぎて、雅臣のフリーズはいまだ治らない。
硬直したまま直立不動で立っている。
「普通の人じゃないのかな? 必要なこと以外何も話さないし、動かないし……ゲームの中の人みたいな?」
首を傾げた凜子が、何やら考察を始めている。
噂で大学生の兄がいると聞いたことを、雅臣は硬直しつつも思い出す。
――であれば、この異常事態をゲームに当てはめて考えることくらいは可能なのか。
常の冷静な雅臣では絶対に思いつかないことを、テンパっているがゆえに思いついてしまう。
そんなその場凌ぎをしても何の意味もないことくらい、普通ならわかりそうなものだが、今の状況を脱する妙手だと雅臣は思ってしまったのだ。
「ソウデス。ワタシハトウリスガリノNPC。ブジデヨカッタ。デハ――」
NPCのフリをしてやり過ごす。
相手にその知識があるのであれば通用するかもと思ったのだ。
あさはかに過ぎる考え。
その報いは間を置くことなく雅臣に降りかかる。
頭の悪い台詞を言いきる前に……
「……もしかして、社君?」
――終わった。
どうして凜子が、男としてはモブである(と雅臣本人は思っている)自分を知っていたのかはわからないが、容姿を変えていない以上気付かれる恐れはあったのだ。
そうなれば、誤魔化そうとした態度自体が巨大なマイナスポイントとなる。
これは窮地を救ったくらいではご容赦願えないだろうなと、雅臣は天を仰ぎたい気持ちになった。
乙女の肌を許可なく見た罪は、万死に値するのだ。
「うそ、やだ。眼鏡してないからわからなかったよ。どうして眼鏡していないの?」
――いやこんなとんでもないところで出逢って、最初の疑問がそれですか。それなら僕だってなんで磐坐さんが金髪碧眼なのか聞きたいんだけど。
その内心は、いまだ硬直を続けている雅臣には口に出すことはできない。
しかし雅臣の予想に反して、凜子の反応はなぜか友好的なものだった。
「スケベ死すべし慈悲はない」の断罪モードでないことは確かだ。
こんなとんでもないところで、一応は知り合いに出逢ったら安心してしまうのはまあ当たり前なのかもしれない、と雅臣は頭の片隅で分析する。
つまりほっとした安心感で、今置かれている状況とか警戒心が一時的にすっ飛んでいるだけなわけだ。
凜子が我に返った瞬間が、雅臣の登美ヶ丘学園男子生徒としての死である。
――たしか好意的な男子には「H」で、そうではない相手には「スケベ」「いやらしい」「けだもの」「死ねば?」になるんだったか……
好意的ではない相手に対する罵倒のバリエーション及び致死力が半端ない。
「ただしイケメンに限る」という真理は、簡単にそうでない者の魂を砕く。
そんな要らん上に正しいかどうかもわからない知識を思い出す雅臣。
あるいは男として終わる五秒前の走馬灯のようなものなのかもしれない。
「助けてくれてありがとう。でも、さっきからなんでずっと黙って、る、の……」
硬直したまま、無防備にふるまう凜子に耐えきれなくて真っ赤に染まってゆく雅臣の顔色を見て、なぜか嬉しそうに質問を重ねていた凜子も素に戻る。
……今、自分がどういう格好なのかを思い出す。
学校でもそれ以外でも、見たことがない表情を凜子が浮かべ、あっという間にその頬が雅臣以上に真っ赤に染まる。
頬だけでなく顔全体、体全体にその朱は広がる。
「きゃああああああ!!! 社君のH!!!」
迷宮に響く、終焉の喇叭。
両手で己の体を抱きしめるようにして、しゃがみこむ。
目には涙を浮かべ、全身真っ赤に染まっている。
――我、痴れ者の汚名を雪ぐこと能わす。謎の迷宮にて死す。
せっかくのヒロイン候補と出逢いながら、好感度はものすごいマイナスからのスタートとなってしまった。
これを挽回することなどできないだろうと雅臣は想いながら、流れるような動作で土下座の姿勢に入る。
まずは言い訳を聞いてもらえるようになる程度までは、誠意の土下座をするしかない。
何ならジャンピング土下座の方がよかっただろうか。
頭の片隅でほんのちょっと「役得」などと馬鹿なことを考えつつ、これまでの人生で一番テンパっている雅臣は大事なことを聞き逃している。
直前に考えるでもなく考えていた、あっているかどうかすら定かならぬ要らん知識。
女子は好意的な相手には、そういうシチュエーションとなったとき「H」というらしい。
本当かウソか。
そんなことは誰にも分らない。
だが雅臣が思っている、最低の出逢い。
磐坐 凜子の好感度マイナス、それも相当値からのスタート。
それがけっこう、そうでもない。
雅臣がその事実を本人の口から聞くのは、これからずっと先のこと。
今日のことを二人で、笑って話せるようになってからのこととなる。
だが今は未来視などできるはずもない二人は、二人して慌てふためくことしかできない。
雅臣の冒険は今この瞬間に、本当の意味で始まったのかもしれない。
次話 和解と理解(これからどうする?)
2/7投稿予定です。
パーティー型ということは、ソロ攻略は無理だということ。
それを理解した雅臣の提案。




