表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/35

第05話 よくある? ボーイミーツガール(ただし迷宮にて)

 悲鳴の聞こえた方へ全力で雅臣は駆ける。


 その速度は現実(あっち)であれば短距離走で全国大会(クラス)のもの。

 しかもそれをかなりの時間維持していても、雅臣の息はさほど上がっていない。


 如何に「自分の体を動かすこと」に疎い雅臣であっても、今の自分の体が規格外であることくらいは理解できる。

 

 とはいえ何の武術の心得もないままに先の『戦闘』を軽くこなした経験を得た上では、「はやく走れる」程度で驚ている場合でもない。


 迷宮のなかでは強化されているのだろう、程度の認識で雅臣はいる。

 どうあれ「悲鳴の主」のところへ一刻も早く駆け付ける必要がある現状ではありがたいことだ。


 たどり着いたはいいが「息が上がっていて助けられませんでした」というのではあまりにもみっともない。

 現実(あっち)ではそんなものだと思わなくもないが、いかにリアルであってもゲームのような世界(こっち)ではせめて、それらしい展開をしたいものである。


 助けに駆けつけて、息が上がっている間に助けるべき相手がやられてしまう冒険譚など雅臣は読んだことも見たこともないし、たとえあったとしても進んで読みたいとは思わない。


 何事にも「らしさ」というものは必要だ。


 自分がその「らしさ」を担うのにふさわしいかどうかは置くとして、救いの主が常に金髪碧眼の美男子でなければならないというわけでもないだろう。


 雅臣にしたところで、なにも助けた美少女に慕われて「ご主人様」などと呼ばれるようになる展開が本当にあると思っているわけではない。


 まったく期待していないわけでもないが。


 ――ゲーム的展開で、お約束を踏襲するのであれば、ありえなくもないよな?


 誰に確認してんだという、雅臣の思考である。


 とはいえ雅臣はこの春までごく普通に暮らしていた、正真正銘ただの高校生である。

 勉強こそ全国区の実力を持っているとはいえ、そんな存在は別に珍しいものではない。


 勇者や英雄ではなく、確実に存在するのだ、数こそ少ないかもしれないが。


 そんなありふれた高校生が悲鳴を聞いて駆けつけているとはいっても、その悲鳴が「なぜあげられたのか」を判断できるはずもない。


 本物の悲鳴など、聴きなれてなどいないのだ。


 もちろん映画やドラマ、それ以上にあらゆるアニメにおいて「演技」としてのそれを聞いたことは幾度もあるが、平和な日本のただの高校生が、本物の悲鳴を聞く機会などそうそうありはしない。


 当然雅臣もその例に漏れることはない。


 よって今一応は「助けよう」と思って駆けつけている原因である悲鳴が、()()()()()()()のものであるのか、当然雅臣には判断がつかない。


 ステータス補正によって異常な落ち着きを得ていても、悲鳴を上げざるを得ないような事態。

 もしくはステータス補正を受けているのは雅臣だけで、他の者はそんなことはない。

 NPCであった場合はイベントの開始の合図。


 どうあれなにかしら「危機的な状況」が「悲鳴を上げることのできる存在」に対して発生していると判断して、全速力で駆けつけているわけだ。


 ――大体そこからして、今の僕の思考状態――というか落ち着いてそんな思考可能な精神状態は尋常なものじゃないな。


 あらためて雅臣は今の自分が「通常とは違う」ということを認識する。


 少なくとも現実(あっち)であれば、切羽詰まった悲鳴を聞いて即そこへ駆けつけようなどと判断するほどの漢気を持ち合わせている自信などない。

 様子を見に行ったり、必要であれば警察や救急への連絡くらいはするだろうが、「自分で助けよう」とはさすがに思わない、いや思えないだろう。


 まあ先の戦闘経験と、迷宮(ダンジョン)という、いかに現実的とはいえゲームや妄想では()()()()であることも大きく影響していることも間違いないのではあるが。


 雅臣はRPGをこよなく愛するだけあって、必要なロールプレイをすることには慣れている。

 MMOなどでは我ながら「誰だこいつ」と思わざるを得ないキャラになっていることも多々あった。


 それは戦闘やイベント時のなりきりとは違い、ネット上の仲間たち相手であるが故、「素の会話」であっても現実の自分とは乖離したキャラになることもわりとよくあるのだ。

 

 だが雅臣はずっと思っていた。

 

 本来の己のキャラとは違っていても、それが生まれたのは間違いなく自分の中からである。

 どれほど本来の自分とは違っていても、そのキャラだって自分の一面、一部なのだ。


 力と場が揃えばロールプレイではなく、そんなキャラになれるのかもしれないな、と。


 だからこそ雅臣は、RPGというゲームを好むのかもしれない。


 だがそんな今考えなくてもいい事を、息が上がらないのをいいことにつらつら考えていたせいで大事なことを雅臣は失念している。


 悲鳴は女性のものであったこと。

 己がどういう姿でこの迷宮に現れたのかということ。


 別に魔物(モンスター)に襲われていなくても、女の子であれば思わず悲鳴を上げてしまう状況が揃っていることを見落としてしまっているのだ。


 よって悲鳴の主のいるであろう場所への最後の角を曲がった瞬間、素晴らしい反射速度と、駆けつけた速度すら上回るスピードでUターンをかますことになる。


 ――あっぶな! こっち向いてなくて助かった!!!


「さて戦闘準備」などと、わりと勇ましいことをのほほんと考えつつ角を曲がった雅臣の視界に飛び込んできたのは、向こうを向いている女性の背中だった。

 

 ただし全裸である。


 長い髪のおかげ、あるいは()()でクリティカルなところは見ていないとはいえ、しゃがみこんでいたお尻あたりは見てしまった。


 ――な、生々しい!


 それはもちろん映像やイラストでは見慣れている。

 水着姿程度であれば「生もの」だって見たことはある。

 海やプールくらいにはさすがに行くのだ、雅臣も。


 だが本当に全裸の女の子を、背中側とはいえ目にしたことなどない。


 ――そっか、そりゃそうだよな! 女の子ならいきなり全裸でこんなところへ放り出されたら悲鳴のひとつは上げるよな!


 魔物(モンスター)との戦闘を動じることなくこなして見せた今の雅臣の精神状態をもってしても、この状況には冷静さを失うらしい。


 自分の思考にすら、なんだか妙な勢いがついてしまっている。


 ――危機的状況じゃないことまずはよかった! だけどどうする?! 無理だぞ僕は! 全裸の女の子の前になんて出ていけないぞ?


 これは視界に映し出されたわけではなく、本当の雅臣の脳内に選択肢が表示される。


 1.自分の服を渡す。


 ――だめだ、そうなったらこっちが全裸だ! 別の悲鳴を上げられる! いや悲鳴ならいいがくすっと笑われたりしたらHPがすべて消し飛ぶ! 却下!


 2.気にせず話しかける。


 ――無理だ! 視線が泳ぐ自信があるし、下手したらガン見してしまう可能性も捨てきれない! 別の悲鳴をあげられる! その後まともな会話をできるという自信がまるでない! これも却下だ!


 ヒロインの着替えや裸体を見てしまい、すったもんだの挙句くっつくというのは一つのお約束であることくらい、雅臣も知っている。

 だが魔物(モンスター)にすら動じない精神を手に入れた雅臣にとっても、そのお約束をこなすことは難しいらしい。


 結果的に一番無難な3.を選ぶことになる。


 つまりもう一着「ぬののふく」を手に入れるまで戦闘繰り返して、此処に戻ってくることだ。

 そしてそっとそれを投げ込み、女の子が身につけたあたりで何食わぬ顔で合流する。


 ――それしかない。それしか無理!


装備(エクイップ)』ではなく、得たアイテムを具現化する方法を操作画面を呼び出して探そうとする雅臣であるが、その無難な選択肢を選ぶことはあっさりと不可能となった。


 もう一度悲鳴が上がったのだ。

 今度は最初に雅臣が想定していたもの――恐怖の悲鳴が。


 それに重なるように、魔物(モンスター)の吠声と気配。


 ――だああああああああ!!! 目を瞑って勝てるか? ――無理だ!


 そりゃそうだ。


 エッチと非難されようが、蔑んだ目で見られることになろうが、それは相手が生きていればこそだ。

 

 ――ええい、こうなったら役得だと開き直ってやる!


 そう決めてさっき爆速でUターンをかました角から飛び出し、日本語が通じるかどうかは不明だが声をかける。


「こっちへ! 魔物(モンスター)は僕が相手する!」


 その声に、目に涙を浮かべて振り返った少女を見て雅臣は絶句する。


「まさか、磐坐(いわくら)さん?」


 雅臣の通う私立登美ヶ丘学園で知らぬものとてない、有名な美少女。

 お嬢様としても、成績優秀者としても有名だ。


 男であれば、「彼女になってくれたらなあ……」程度の妄想であれば、必ずしているであろう存在である。


 雅臣の場合、彼女というよりも「パーティーのメンバーだったら」という、いかにもゲーオタらしい妄想ではあるのだが。

 もっともその中でも彼女ポジションである妄想をしたこともなくはない。

 口が裂けても本人には言えないが。


 ――いや。金髪碧眼ってことは、似ているけど本人じゃないのか?


 だが雅臣が妄想するとき「似合うだろうなあ……」と思っていた容貌そのものでもある。

 いやな汗が背中に流れることを雅臣は自覚する。

 

 いや問題はそこじゃない。


 見てしまった。

 ばっちり見てしまった。


 それは魔物(モンスター)が突然現れれば恥じらいとか隠すとか余裕がないのは理解できる。

 そこへ助けてくれるような声がかかれば、そりゃ無防備で振り返りもするだろう。


 ――だけどちょっとは隠してほしかった! この後の展開を考えると!


 だが今はそんなことを言っている場合ではない。

 まずは颯爽と魔物をぶったおして危機的状況を脱することだ。


 お叱りも軽蔑もそのあといくらでも受けることを覚悟して、金髪碧眼バージョンの磐坐(いわくら) 凜子(りんこ)を追い越して背中に庇い、『魔力付与(エンチャント)』を発動する。


 ――できるだけカッコよく魔物(モンスター)を仕留めよう! そのあと何とかうやむやにできるように! あと布の服ドロップしてください、お願いします!


 一回目の戦闘とはうってかわって、慌てふためいて雅臣は戦闘に突入した。

次話 ヒロイン候補? ただしマイナススタート?

2/6投稿予定です。


どうやって誤魔化すんでしょうね?

自分なら戦闘終了と同時に走り去るかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ