最終話 つづく世界と騒がしい日々
星が丸いということを一目で理解できる高高度。
空と宙の境界線。
現実に顕現した『トリスメギストスの几上迷宮』――いまはもう『几上』ではなくなってしまっている――が、その位置に到達した。
その位置。
世界中にまるで浮腫のように点在する現実に存在するはずのない幻獣――『終焉存在』。
それらが『世界の天秤を保つ者』二人の能力、『鎖』と『剣』によって辛うじて封じられている場所のひとつ。
今『トリスメギストスの几上迷宮』が到着した場所には、巨大な『淫魔』が封じられている。
世界地図でいうのならば、雅臣たちが暮らす日本列島の遥か上空。
まだ日は沈んでいない時間帯。
雅臣たちにとっては七体目の『終焉存在』回収作業である。
一体目、合衆国の『黒竜』――第99階層ボス。
二体目、ロシアの『海蛇』――第96階層ボス。
三体目、欧州の『有翼獅子』――第95階層ボス。
四体目、中国大陸の『九尾の狐』――第98階層ボス。
五体目、アフリカ大陸の『鳳凰』――第97階層ボス。
六体目、中東の『三頭獅子』――第94階層ボス。
そして七体目――日本列島の『淫魔』。
アルたち『世界の天秤を保つ者』の生き残り三人がもっとも脅威視し、いつまでもつかわからぬと判断していた『敵』はもう、ここの『淫魔』を除いてすべて『トリスメギストスの几上迷宮』に『捕獲』されてしまっている。
『鎖』に縛られ、『剣』に刺し貫かれてぐったりしている『終焉存在』を現実へ顕現した『トリスメギストスの几上迷宮』の『領域』に取り込む。
そうすると雅臣の視界には『終焉存在』のステータスが表示される。
『最強』の剣に刺し貫かれているせいか、妙に多いHPの残量はどれもみな僅かであり(少しずつ回復しているのが地味に恐ろしいが)、雅臣たちの全力攻撃でみなあっさりと倒すことが可能だった。
抵抗らしい抵抗がないので当たり前ともいえるが。
『トリスメギストスの几上迷宮』の『領域』内で雅臣たちの手によって倒された『終焉存在』は現実側から消滅し、今なお遙か深みである迷宮の深階層フロアボスとして取り込まれるという仕組みになっているらしい。
『捕獲』を完了するたび、雅臣の視界に「どの階層のボスとして取り込まれたか」が表示されているので、今のところそれを信じるしかない状況。
本当の意味で『終焉存在』を倒すのは、雅臣たちが迷宮探索で地道にレベルを上げ、その階層にたどり着いた上、ボスとして撃破する必要があると推測される。
現実に顕現した『終焉存在』を『トリスメギストスの几上迷宮』に取り込む。
それを可能とする力を迷宮で身に付け、またその力をもって取り込んだ『終焉存在』を本当の意味で撃破する。
『トリスメギストスの几上迷宮』も現実側に来てしまった現状では、あっちもこっちもあったものではなくなっているとはいえるのだが。
とはいえどうやら『トリスメギストスの几上迷宮』の基本的な仕組み、というか本来の役割はそういうものらしい。
それゆえに、現実へ帰還した際の雅臣たちの力は、迷宮内でのものよりも桁違いと言っていいほどに強化されているのかもしれない。
それにしては第二階層などという序盤で、あれだけ悪意に塗れた『罠』を仕掛けられていたことも事実なので油断はできない。
だが今は雅臣に与えられた『錬金術』の一端と、『偉大なる錬金術師』と思われる存在(なぜか女性)の助力を信じるしかない状況だ。
第二階層から何とか無事? 帰還し、突如現実へ顕現した『トリスメギストスの几上迷宮』をどうしていいかわからずに、アルに泣きついた形になった雅臣たちである。
だがそのアルから現実が今本当はどういう状況にあるのか、それに対する助力を申し出られては協力しない訳にもいかない。
可能であれば二度と『迷宮』に関わりたくなかった雅臣たちだが、自分たちの日常が存在する現実も危機的状況、というか雅臣たちにもなんとかできなければ遠からず『終わる』と言われては逃げ場がない。
まずは日々が続いてもらわねば、日常も非日常もあったものではないのだ。
――それはアル君も、破格の条件を提示するよな。
第二階層挑戦前にアルが雅臣に提示した「条件しだいによっては世界の法さえ雅臣の望む形に変えてみせる」という内容は冗談でもなんでもなく、救いを求めて縋る者としての当然のものだったのだ。
実際に戯言のつもりで雅臣が口にした内容はもう、世界中で実際にその方向へ向けて大きく舵を切られている。
突然現れた『浮遊大地』に世間の耳目がかっさらわれているのであまり目立ってはいないのだが。
ちなみに『トリスメギストスの几上迷宮』が現実に顕現してから、当然ながら世界は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
『異世界とつながったのだ』、『異星人の先兵だ』などというありきたりなものも多かったのだが、『ヲタク大国ニッポンが作り上げた戦略兵器だ!』という意見がある程度以上信じられていたことに雅臣は頭を抱えた。
自分の妄想が大きく影響が与えたであろう、今の『トリスメギストスの几上迷宮』の在り方に一定の責任を感じたからだ。
アルから断わりはあったものの、合衆国へ向けて移動を開始した『トリスメギストスの几上迷宮』へ軍による攻撃が仕掛けられたときは雅臣たちも緊張した。
それで『トリスメギストスの几上迷宮』が墜とされるとは思わないが、心配なものは心配だったのだ。
アルたちの予想通り、現実の攻撃はすべて『領域』に触れた瞬間無効化されるというオチではあったのだが。
ミサイルなどは爆発さえせずに、ただ消滅する。
ご丁寧に半透明のバリアめいたエフェクトを表示してくれていたので、戦闘機や兵士がそこに触れて消滅するという悲劇は回避できていたが。
アルたちはその様子を、各国のマスコミが報じることを禁じなかった。
それどころか積極的に協力さえした。
漠然と万能と思っている科学や現代兵器がまるで通用しない存在を目の当たりにすることで、人々が『人知の及ばぬ存在』を受け入れやすくするための嚆矢とする判断があったのだろう、と雅臣は思っている。
雅臣は全力で断ったがアルは最初、雅臣たちを『救世主』として大々的にアピールすることを提案してきていた。
今はあまりの雅臣の拒絶っぷりに従ってくれているが、いずれ顔を隠してアルのプロデュースによる『救世英雄譚』に出演せざるを得なくなるのかもしれない。
女性陣二人がまんざらでもなさそうなのが地味に恐ろしい雅臣である。
雅臣のヒロインとして自分の立ち位置を明確にしてしまいたいという望みなど、雅臣に理解できるはずはないのだが。
そういう状況下で、猫も杓子もという喩がしっくりくるほど『浮遊大地』の話題が交わされる中、登美ヶ丘学園だけは例外であった。
禰子も釈子もいない現代日本であるからには、あるいは妥当かもしれないが。
その理由は、ゴールデンウィークが終了してから凜子と花鹿に遠慮がなくなったからである。
朝は二人とも雅臣の家まで迎えに行き、一緒に登校する。
学校では休み時間のたびに雅臣の教室に訪れ、昼休みは一緒に昼食をとる。
どうやら手作りのお弁当を二人とも用意しているらしい。
放課後は雅臣が二人の部活が終わるのを教室で待ち、一緒に帰る。
二人が部活を辞めるというのを雅臣がよしとしなかったため、そういう仕儀とあいなったようだ。
学校一の美少女と言われる凜子と、それに劣らぬ隠れファンがいる花鹿がそういう行動に出れば、話題にならないことなどありえない。
その相手がここひと月、女子生徒の間で話題となっていた雅臣とあればなおのことである。
学生にとって世界とは、やはり『学校』が占める部分が多いのである。
勇気ある幾人かの生徒が凜子と花鹿に直接聞いた返事が、
「大好きなんです」
「大事な人」
となればキャーってなもんである。
出遅れたことに膝をついた女子生徒と、自室の壁が雅臣と同義となった男子生徒は数知れない。
その状況下で雅臣は、父親と同じように「マジか?!」という心境で暮らしている。
とはいえ『トリスメギストスの几上迷宮』が現実側に顕現した日以来、雅臣たちは大げさではなく『救世』を最優先として動いている。
さすがに学校へは通っていたのではあるが。
というか動かざるを得ない。
その甲斐もあって、アルたちが最も脅威視していた『七大終焉』は今日で何とかなりそうな状況である。
本当の意味で倒せるのはいつの日になるかわからないが、その日を目指して雅臣たちは『迷宮』でこつこつレベルを上げ、自分たちを強化する日々もまた始まるのだろう。
現実の世界は、それこそ存続をかけて雅臣たちを全面的にバックアップしていくことに全力を傾けることとなる。
つまりよほどのことであっても雅臣の望むことは通る状況なのだが、雅臣はその事実から意識的に目を逸らしている。
意識的にそうしなければ、あっという間に与えられた力に呑み込まれるという怖れがあるからだ。
現実側にもまだまだ多くの『終焉存在』は残っているが、それらは『鎖』と『剣』で完全に封じることができている相手ばかりである。
『最強』をもってして「いつまでも持たぬ」と言わしめた存在は、今この場所の『淫魔』を仕留めればすべて現実側からは消える。
「対象を完全に『トリスメギストスの几上迷宮』の『領域』に捉えた。『鎖』を解除してくれていいよ」
雅臣が自分の視界に表示された『捕獲準備完了』のメッセージと、第二階層クリア時の最強装備に身を固めた凜子と花鹿の戦闘態勢が整っていることを確認して宣言する。
周りには雅臣たち以外誰も――アルも『最強』もいない。
『トリスメギストスの几上迷宮』は現実へ顕現した後も、その『領域』内に入ることを赦すのは、『有資格者』とその『従者』を除けば、『終焉存在』のみである。
『充分に社君たちの実力は見せてもらってきたけれど……やはり『鎖』を開放する瞬間は緊張するよ』
よってアルは『領域』外に『浮遊』で浮かび、『念話』で雅臣の言葉に応えてくる。
「わかる。僕たちだってまだ緊張するからね」
それはそうだろう。
迷宮のボスですらはるかに及ばぬほどの巨躯。
誰もがとはいかなくとも、神話やファンタジー系に詳しくなくても知っている者が多いであろうメジャーな幻獣たち。
それが天空の遥か高みで『鎖』と『剣』に縛られている光景は本来、緊張とかそういうレベルのものではないはずだ。
――社君の緊張と、僕たちの緊張はずいぶん違うんだろうね。
世界を終焉させる存在と長い時間対峙してきたアルたちにとって、『鎖』を開放するというのは本気で恐ろしい。
今まで自分たちがあらゆる犠牲を厭わずに護ってきたものが、無に帰すかもしれぬ恐れを孕んでいるからだ。
だが現状をどうにかできるのは雅臣たちしかおらず、その『救いの手』に対して自分たちと同じ心情や覚悟を持てというのは傲慢だとアルは理解している。
ふってわいたとんでもない状況の中で、最大限雅臣たちは協力してくれているとも思っている。
それでもやはり、自分たちの手でケリをつけたいという思いがないわけでもないのだ。
――勝手なものだね……何とかなるとなった途端、ないものねだりとは我ながら呆れる。
「『鎖』の負担は随分と軽くなる。もちろん儂もお主も。気持ちはわからんでもないが贅沢は言うな」
アルの横に浮いている『最強』が『念話』ではなく己の声で口にする。
「あれ、『思考遮断』甘かったですか?」
その言葉に対して、アルが驚いたような表情で答える。
あまりにも正鵠を射た言葉だったので、思考を読まれたと思ったのだ。
「阿呆。思考なんぞ読まんでも顔に書いてあるわ。儂とておぬしとの付き合いは長い」
それに対する『最強』の答えは、呆れ顔とともに返された。
「……そうでした」
苦笑いを浮かべるしかないアル。
そういう想いがあるのは自分だけではない、という当たり前のことに思い至って、アルは赤面に近い想いを得ている。
自身の力が及ばねば世界が終わるという責任を背負い続けてきた『鎖』と『最強』に比べれば、そのサポートであった『万能』がとやかく言うことではないと思ったのだ。
『社様。お気を付けくだされ。社様の力を疑っておるわけではありませぬが万が一もございます。星が揃えば儂の『剣』を叩き込みますゆえ、あとはお願いいたします』
アルのめずらしい表情を見れて満足したのか、『最強』が今度は『念話』で雅臣に語り掛ける。
内容は特に今する必要もない、ただ心配していることを伝えるだけのもの。
『あ、はい……』
雅臣たちは『最強』と最初の『捕獲』の際に直接逢っている。
真紅の瞳と髪を持つ、まるで天使の様な幼女。
実際の年齢などというものは、アルと同じく見た目に引っ張られてある程度知ってはいてもどうでもよくなる。
それがあざとくも『儂』遣いであり、雅臣に対して従順というか絶対服従というか――ありていに言えば「媚びまくっている」態度とくれば、雅臣の腰は引ける。
ある意味好みど真ん中の幼女にぐいぐい来られては、どう対処していいかわからなくなるのだ。
約二名の纏う空気が不穏化することも大きいのだが。
よって雅臣の返事は間の抜けたものになる。
凜子と花鹿には『念話』は伝わっていないのだが、雅臣の態度から『例の幼女』から何か接触があったのだと察するのは容易い。
戦闘前の緊張感とは別の緊張が三人の間に俄かに発生している。
「質の悪い……」
こうなることを確信しての『最強』の言動に、アルは呆れてため息をつく。
それに対して人の悪そうな、でもここしばらく浮かべたことなどなかった素直な笑顔で『最強』が答える。
「何がじゃ? 儂は救世主殿を心配しておるだけじゃ。……しかしいいのう、若い者のああいうまだるっこしいというか、もだついた関係というものは」
すっとぼけた答えの後に、わりと本音らしい言葉を続ける。
「貴女も本気で参戦すればいいのでは? ずっと言っていた『自分より強い男』ですよ、社君」
「っぐ……」
今度はアルが人の悪い表情で『最強』にツッコむ。
女としてはただの一人も相手にしてこなかった『最強』の理屈――あるいは言い訳――を逆手に取っていってみたのだ。
それに対する『最強』の反応は、アルの想定以上のものであった。
本気でテレて絶句する『最強』など、アルの長い記憶の中でも終ぞ見たことはない。
――これはこれは……
それを見てアルは心の底から笑う。
雅臣たちの日常が完全に非日常になってしまう代わりに、自分たちはほんの少しだけかもしれないが、遠い昔にとっくに失くしてしまった日常を手に入れられるかもしれないと思ったのだ。
騒がしいことには変わりはないだろうが。
――磐坐さんも春日さんも大変ですね。あと三名の恋敵候補に加えて『最強』も参戦する可能性もあるとは……意外と手強いと思いますよ、僕の戦友は。
「ア、アル君。今回が終わればしばらくは自由効くんだよな?」
状況に困った雅臣が、アルに話題を振ってくる。
アルが突っつくと不興を買う恐れがあるので、素直に助け船を出すことにする。
『はい。当面の脅威は排除できますから、これ以降は社君たちの都合を最優先してくれて構いません。無理な要求に対する協力、本当に感謝しています』
『七大終焉』を何とかできれば、喫緊の脅威は消滅する。
できればさっさとすべて片付けたいというのも本音だが、『最強』と『鎖』の負担などこれまでに比べればないに等しいといっても過言ではないし、数年間はなんとでもなる。
「いや、それはいいんだけど……」
『? なにかありましたら言ってください。できる限りの協力はしますよ?』
雅臣の言葉に、アルが不思議そうなニュアンスで返事してくる。
別に雅臣は見返りに何がしてほしいとか、そういう意味で言っているわけではない。
「……明日から中間考査なんだよ。アル君も他人事じゃないだろ?」
その言葉には、さすがのアルも口が開く。
『……世界の危機と、中間考査を同じ天秤に載せないでくださいよ』
おかげで素のツッコミを入れてしまう。
隣では何がおかしいのか、『最強』が腹を抱えて笑っている。
「進学校の生徒にとっては似たようなものなんだよ!」
もちろん冗談である。
どれだけアルが今雅臣に頼んでいることが重要かは理解しているし、それに応えることに不満があるわけではない。
ただテレくさくて冗談を交えているだけだ。
だが冗談ではない部分もある。
「まあ僕や磐坐さんはまだ二年生だからいいけどね。春日先輩は受験生なんだよ」
確かに受験生がゴールデンウィークを過ぎた後も、受験勉強よりも世界救済に軸足を置いているとなれば問題――なのだろうか?
「中間考査はもちろん、そんなものいくらでも……」
アルはそこに拘る雅臣の気持ちが理解できない。
ただ雅臣は、その部分を譲る気はまるで無いようだ。
「それは断るって言っただろ」
受験というものは同じ条件で頑張った者たちが、その日のテストの結果と三年間重ねた実績がモノを言うべき神聖なものだそうだ、雅臣曰く。
それをコネだとか、それ以外の要素で何とかすることは雅臣にとっては許せないことらしい。
そういわれてしまえばアルたちとしても、それ以上の干渉はできなくなる。
可能なのであれば、『終焉』に対峙する以外のことはありとあらゆる望みをかなえるから、それに専念してくれた方がありがたいのではあるが。
ただ雅臣にとって優先度の高い望みが「できる限り普通に暮らしたい」である以上、そういう対応は悪手なのだろう。
アルにしてみれば機嫌よく雅臣が協力してくれる状況を構築することを優先するのは当然のことでもある。
アルとしては雅臣がいつ、何を望んだとしても即応可能な状況を整えておけばいいだけだ。
「雅臣君、また磐坐さんって言った……」
「私に至っては、先輩まで付けた」
雅臣の言葉は聞こえても、アルや『最強』が何を言っているのかはわからない凜子と花鹿が、雅臣の発言にダメ出しを入れる。
それぞれに名前で呼び合うことを約束した以上、それを反故にされるのを見逃すわけにはいかないのだ。
「ご、ごめんなさい。えっと……凜子、さんと、花鹿、さん」
「はい」
「ん」
一応満足そうに頷いた凜子と花鹿だが、一方で「私の呼び方に文句があるなら返事は要らない」などと、冷たく一瞥されたいという願望も隠し持っている。
元々そういうケがあったものか、『従者』となってから生じたものかは判然としないが、ここ最近凜子と花鹿の犬属性は深化拡大の一途をたどっている。
理性で制御できなくなる日も、そう遠いことではあるまい。
主人たる雅臣は、その辺にまるで気付けていないのではあるが。
雅臣のこだわりに反して、凜子も花鹿もどこに進学するかということはもはやどうでもよくなってしまっている。
雅臣とともにいることが最優先となっている今、それはそうなのかもしれない。
とはいえ雅臣の学力ともなれば、国内だけではなく海外の有名大学も進学先の候補に入ってしまう。
アルとのかかわりもできた今となっては、合衆国への留学も無いことではないだろう。
自分の能力不足で雅臣と同じ大学に行けないことなど論外なので、勉強を疎かにできないという点においては凜子も花鹿も同列ではある。
先に卒業する花鹿の方が、雅臣の進学先を見てから動くということができない分、焦りは大きいかもしれない。
まあ最終的にはわざと留年することすら視野に入っている花鹿に本来恐れるものはない。
凜子だけに、同級生として修学旅行や学園祭、その他あらゆる行事を独占させる事と比べれば、自分の人生の一年を使うことに躊躇いなどない。
時間というものは、己の一番大事なもののために使うべきなのだ。
ともあれ今は、アルたちの依頼――悲願に応える場である。
『そろそろ星が揃います』
その言葉で三人は戦闘モードに入る。
巨大ではあるが『淫魔』だけあってものすごく艶っぽい『終焉存在』が『鎖』と『剣』に刺し貫かれている光景は何やら背徳的である。
この後再びぶっ刺されるとくれば、雅臣としては何やら落ち着かない。
凜子と花鹿に
「見ちゃダメです」
「……ああいうのも好きなの?」
などと言われているので猶更である。
――目を閉じてちゃ戦えないよな……
何やら迷宮で最初に凜子と逢った時のことを思い出して雅臣は笑う。
その笑いに凜子と花鹿が反応しているが、今は戦闘開始直前である。
尋問は戦闘終了後のことになるだろう。
雅臣たちは自分たちの日常を続けていくために、自分たちにできることをする。
日常というにはずいぶん非日常になってしまったし、穏やかとはとても言えない騒がしい日々だが、まずは続かなければ意味がない。
続く世界と雅臣たちの騒がしい日々。
それは『救世譚』である以前に、雅臣の物語。
実は『神話』や『伝説』、『英雄譚』なども、その根底にあるのは雅臣と凜子、花鹿の会話のような、取るに足りない、だけど大切なものが支えていたのかもしれない。
――了
そんな騒動を繰り広げる成層圏から遙か離れた場所。
そこから雅臣たちを見ている存在がいる。
地球側を向いた月の表面。
人など生存できるはずもない場所で、『錬金術』を行使する際の雅臣と同じ、真紅の瞳をした少年が立っている。
「やっと四度目だね。これで『四重に偉大なヘルメス』となったわけだ。……千の迷宮を従え、はやくここまで君の『知識の書』を取りに来るといい」
その声は美しい華奢な少年の姿に反して、威厳に満ちた響きを持っている。
そしてその声からは似合わぬ、穏やかな微笑を浮かべる。
「待っているよ――社 雅臣君」
そう言ってコマ落としのように、消える。
だがその姿は常に月面を警戒する、合衆国はじめ各国の監視システムに確実に捉えられていた。
つづく?
これにて一旦終幕です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
毎日投稿を目標としていたのに、最終話で躓くとは不覚でした。申し訳ありません。
あと余話を数話、近日中に投稿する予定です。
プロットのみで日々書上げるのは大変な反面楽しくもありました。
おかげでプロットどこ行った? だとか、お前どこから生えた? というキャラクターも生まれましたが。
思いついたアイデアを一巻っぽくまとめるというのが目標だったので、それっぽくなっていればいいのですが、いかがだったでしょう? 打ち切りっぽい……
当然続きもプロットレベルとはいえ存在しておりますので、状況が整えば続きを書きたいと思っています。よろしければ応援よろしくお願いします。
この後は『異世界娼館の支配人』と『いずれ不敗の魔法遣い』に注力しつつ、夏に1本、年末に1本短期集中投稿を予定しております。
できましたら今後もよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。




