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第29話 非日常への帰還

 第二階層を無事とはとても言えないもののなんとかクリアした雅臣たちは、三度目の現実への帰還を果たしている。


 何ら変わることもない、雅臣の部屋。

 まだ日が暮れるには、かなりの時間を残しているはずだがなぜか暗い。


 たった一つ変化しているのだが、雅臣も凜子も花鹿もそのことには気付かない。


 たった第二階層でずいぶん大変な目にあってしまったような気もするが、ひとまずは帰還できたことを喜ぼうと雅臣は思っている。


 いろいろなことがありすぎて変なテンションになってしまっていたというのは、雅臣だけではなく凜子、花鹿も同じことであるようだ。


 命がけの戦闘の締めとしては少々――いやかなり緊張感を欠く終わり方であったが、意外とそういう空気の方が自分たちにはあっているのかもしれないと三人共に思っている。


 雅臣が本気で二人に謝った『身勝手』と、最後にミグルシイ――『トリスメギストスの几上迷宮』の創造者曰く――姿を見せてしまった事に対して、凜子と花鹿がそれぞれ雅臣に要求した『お詫び』は、慎ましいものであった。


 まだ半分以上のこっているゴールデンウィーク中に、何とかしてしまえる程度のことだ。


 雅臣にしてみれば、「これは僕がご褒美をもらっているんじゃないだろうか?」と首をかしげる要求ではあったが、「なんでもいうことを聞きます」といった手前、その要求に否やを唱えるつもりもない。


 本気で命――というよりは矜持をかけて二人を巻き込む決断をしたときにはテレることなくすとんと思えた、「勝てたら己の生涯を捧げる」というのは、さすがに伝えることはできなかった。


 ヘタレである。


 その決意は自分が心の中で揺らぐことなく持っていればそれでいいのだ、などと自己欺瞞全快な雅臣である。


 凜子と花鹿が今雅臣に対してどのような感情を抱いているかなど、わかるはずもない。

 そんなことよりも、自分が存在するかどうかわからない『偉大なる錬金術師ヘルメス・トリスメギストス』へ語りかけた一連の台詞が恥ずかしくて仕方がなくなっている。


 幸いにして凜子も花鹿もその件については触れないでいてくれるが、雅臣としてはこのまま聞かなかったことにしてくれるとありがたいところである。


 後の『お詫び』――凜子、花鹿それぞれ一対一でのデート――の際に、これ以上ないほどその件に触れられることを、今の雅臣は知る由もない。

 弄られるのであればまだマシかもしれないが、夢見る乙女の貌で「か、かっこ良かったよ?」「……素敵だった」などと言われて死にそうになるのは、自業自得として受けるしかなかろう。


 ご愁傷様といったところだ。


 一方、見慣れた自分の部屋へ戻ってきてほっとしている雅臣に反して、凜子と花鹿は不完全燃焼に近い感覚を得ている。


 確かに無事――なのかどうかはわからないが帰還できたことは喜ばしい。


 とはいえ雅臣の『従者(Servant)』として巻き込まれたこの非日常の一段の区切りとしては、もう少しなんというかこう、()()()()()()()いいと思うのだ。


 不思議な迷宮(ダンジョン)へ送り込まれ、はじめは冒険を楽しんでいました。

 しかしその迷宮(ダンジョン)はそんなに甘くて楽しいだけの場所ではなく、命を賭けなければならない状況に追い込まれてしまいました。

 もうどうしようもないと思われた状況で主人公が覚醒、ヒロイン()()を無事救いだし現実に帰還することができました。


 少々ひねりは足りないが、まあ悪くない展開だと思うのだ、凜子も花鹿も。


 ただそういう展開であれば、ラストは涙を流して縋りつくヒロインに対して、主人公が想いを告げる言葉と共に、キスの一つでもするのがお約束ではなかろうか。


 それが今思い出してもぽやっとしそうなくらいかっこよかった姿から突然全裸に戻り、土下座状態で謝罪をされるとなると締まらないにもほどがある。


 全裸は全裸でアリかナシかといえばナシということもないがまだはやいというか時間は関係ないけど慎ましさというか(以下略。


 それよりも、そもそもヒロインが二人というのが間違っている、と思う凜子と花鹿だ。


 自分をさらっとヒロインに据えている当たり、雅臣と違って自分にそれなりの自信があるゆえか、女の子というのはそういうものなのかはわからない。


 もしもヒロイン枠が自分一人であれば、自分からその、なんというかこう、いわゆる()()()()展開に持っていくことも吝かではないのだ。

 だが同じ立ち位置の相手が隣にいると、さすがに恥ずかしさが勝る。

 そして雅臣がそういう展開に対して絶望的に鈍いとなれば、自分から動くしかないという判断になるのは自然の流れなのかもしれない。


 それ故にこその、一対一でのデート要求である。

 雅臣が思っている『デート』と、凜子と花鹿が思っている『デート』の乖離がどの程度のものかは実行してみるまでわかりはしない。


 のほほほんと「僕にとってもご褒美だな」などと思っている雅臣とは違い、わりと図々しく自らを『主人公に命を救ってもらったヒロイン』枠としている凜子と花鹿は、結構大胆な計画を雅臣張りに妄想している。

 それを受け入れる器が雅臣にあるかどうかは甚だ疑問ではあるが。


 男子総草食化時代である昨今、女子の方が何かと強いものらしい。


 このあと雅臣が『トリスメギストスの几上迷宮』の攻略をどうするつもりなのか凜子と花鹿にはわからないが、続けるとすればまだパーティーメンバーの枠は三つも残っているのだ。


 恋敵(ライバル)が増えることが約束されている状況である以上、早期メンバーとしての優位性(アドバンテージ)を活かすことに何のためらいも覚えない。


『恋は戦争』と聞く。

 先手必勝というのはいつの世であっても有効な手段の一つではあろう。


 そう思いながら、お互いにっこりと微笑あう凜子と花鹿である。

 恋敵(ライバル)の存在は女の子を大胆にさせる効果があるらしいが、暴走して雅臣に引かれることの無いように注意もするべきだろう。

 妄想では大胆でも、生々しいのは苦手な御仁は意外と多くいる。


 高校生としての、雅臣、凜子、花鹿の想いは、これだけの経験をしてもそんなところ。


 だが『トリスメギストスの几上迷宮』で得た『力』は、現実を根底から変えてしまうに足るだけのものだ。


 雅臣たちの日常は、もう非日常でしかなくなっている。

 だがやがてはそんな非日常こそを、日常としてゆくのだろう。


 雅臣、凜子、花鹿の三人が何か言おうとお互い同時に口を開こうとした瞬間。

 かなり真剣な表情でアルが断りもなく雅臣の部屋に『転移(テレポート)』してきた。


「社君! そと――」


 血相を変えているといってもいいアルが、『転移(テレポート)』直後の姿勢のまま、空中で静止する。


 雅臣が瞬時に、『魔力付与(エンチャント)』を発動して時を止めたのだ。


「――とりあえず、今はアルから逃げましょう」


 雅臣の素早い反応と提案に、凜子と花鹿はびっくりしている。


 どうやら『錬金術(チート)』に浸食された『ステータス画面』も今は通常に復帰しており、雅臣がセットしていたスキルなども元通りになっているようだ。

『錬金術師』に言われた言葉の通り、雅臣は使える力は使うことにしたようでもある。


 とはいえ時間を止めて今逃げたところで、あらゆる情報網を使って再補足され、アルはあっさりとまた三人の目の前に現れるのだろう。

転移(テレポート)』は反則だと思うのだが。


 まあそれはいい。

 事前にお願いもされていたことだし、得た力でできることがあるのであれば協力することに吝かではない。

 何よりも『普通』からは程遠くなってしまった自分たちが現実(こっち)で平和に暮らしていくために、アルたちとの協力が不可欠であることなど雅臣も理解できている。

 アルたちによる保護と言ってしまってもいいくらいだろう。


 ただ今は。


 間抜けで締まらない状況かもしれないけれど、無事に帰還できた自分たちの空気を大事にしたいと雅臣は思ったのだ。


「どうせ厄介事です。()()みんなで一旦逃げましょう」


「……社君、ひどい」


「心配してくれてるのかも」


 凜子と花鹿は雅臣を批難する言葉こそ口にはしているが、その表情は笑っている。

 二人も今は、この三人でいたいなと思っていたのだ。


 自分たちでも理由はよくわからないけれど。


 そうして三人以外すべてが静止している世界で、アルから隠れるべく逃走を開始する。

 ほんのちょっとした、いたずらに近いなにかのつもり。


 締まらない結末の影響が、まだ残っていたからこその行動かもしれない。




 だが「どこに逃げようか?」などと無邪気に笑いながら雅臣の家の外に飛び出した三人は、早くも呆然とさせられることになった。


 制止をしている世界でも、まだ日は高く明るい時間帯。

 なのに雅臣の家の周りはうす暗い。


 そんな変化に気付くよりも先に上空の視界を埋める、浮遊する大地の下部が三人の目に飛び込んできたからである。


 かなり高度を下げている()()は、おそらくついさっきまで雅臣たちがいたであろう場所。


 広大な土地と城、大地部分の地下に巨大な迷宮(ダンジョン)が存在すると『偉大な錬金術師ヘルメス・トリスメギストス』が言っていた『トリスメギストスの几上迷宮』。


 それが現実(こっち)に現れている。


「マジか……」


 自分が凜子と花鹿を家に連れてきたときにそれしか言わなくなった、父親と同じ言葉を口にするしかない雅臣。

 血は争えないもののようである。


 凜子と花鹿もさすがに口を開けて上空を見つめている。


 ――そういえば、部屋から『トリスメギストスの几上迷宮』の置物がなくなっていたかもしれない……


 今更そんなことを思い出す。

 無事に帰還できた安堵感で、注意力散漫だったのだ。


 ――そりゃアル君も血相変えて現れるよな……

 

 逃げ出したりしている場合ではない。

 きちんとアルたちの協力も仰いで対応しなければ、世間の騒ぎは並大抵のものではないだろう。


 どう考えても当事者である三人は互いに目で会話し、とびだしてきたばかりの雅臣の家へすごすごと引き返す。


 自分で起動したくせに、はやく『魔力付与(エンチャント)』が切れないかなあ、などと思いながら。








 同時刻。


 雅臣たち三人がいる、同じ日本の東京。

 日本からは遠く離れた合衆国(ステイツ)N.Y(ニューヨーク)


 二人の少女が突然制止した世界に愕然としている。


 一人は日本の芸能界でトップアイドルとして有名な鹿苑寺(ろくおんじ) 姫奈(ひめな)

 一人は世界的な歌姫として知らぬものとてない、エマ・クリスティン。


 雅臣の『妄想パーティー』のメンバーである二人だ。



 そしてもう一人。

 ()()()()()はずの最後のパーティーメンバー。


 雅臣の妄想から生まれた、雅臣の理想を練って固めたような空想少女――浅間(あさま) 両貴(ふたき)が、雅臣の家の上空に現れた『トリスメギストスの几上迷宮』の最奥部で眠り、()()()()が迎えに来て起こしてくれるのを待つ態勢に入っている。


 

 冒険はまだ続く。


 もう雅臣の部屋に置いてあるわけではなくなってしまったけれど。


次話 最終話 続く世界と騒がしい日々

3/6投稿予定です。


申し訳ありません、連続投稿ができませんでした。

明日の投稿でひとまず完結、来週中に余話をいくつか投稿する予定です。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

明日の最終話とあと数話、おつき合いいただければ大変嬉しいです。

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