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第25話 選ばぬ選択肢

 第二階層フロア6最奥――最終段階のいわゆるボス部屋。

 天空城の最上階、王の広間とでも呼ぶべき広大な空間で、雅臣()ボスと対峙している。


 雅臣、凜子、花鹿、三人のレベルはすでに8にあがっている。


 第二階層フロア6で接敵(エンカウント)する魔物(モンスター)からの取得経験値はすべて「1」になっており、第二階層でレベル9を目指すのは時間効率的に現実的ではなくなっているといってよい。


 レベルが上がるに伴い、NEXTレベルへの必要経験値は当然のことながら上昇しているため「現実的ではない」という判断になる訳だが、「1」は「0」ではない。


 それが一番安全となれば、「1」を積み上げてレベルMAX――それがいくつなのかはわからないが――を目指すことも可能だというのは大きい。


 まあボス戦を開始してしまった今となっては、今更の話ではある。

「ボスからは逃げられない」のは、戦闘が開始されればボス部屋の扉が閉まることからもこの迷宮(ダンジョン)のルールなのだろう。


 とはいえ雅臣は、第二階層でそこまでする必要はないと判断していた。

 第一階層は雅臣単独でボス討伐が可能であったし、ここまでの第二階層の魔物(モンスター)の強さからして、ボスだけが突出した強さであることは考えにくい。


「今のところ」という注釈はつくとしても、少なくとも戦闘バランスにおいて『トリスメギストスの几上迷宮』は至極真っ当だ。


 それどころか温いといっても過言ではない。


 ゲームであれば確かにそれは珍しいことでもない。

 序盤からプレイヤーに過度の難易度を叩きつけてくるゲームはそう多くない。

 高難易度こそを売りにするゲームもあるにはあるが、多数派とは言えないだろう。


 あくまでも商品としてのゲームの話ではあるのだが。


 ただ、いわゆるオフゲーの評価を下げる要因はそういった「ゲームバランス」とは違うところにもある。

 

 つまらぬ漫画や小説が酷評されるように。

 ハズした映画やドラマが見向きもされないように。


 物語が大多数の人間にあわなかったゲームは、素晴らしいゲームバランスであっても最終的には酷評を受ける場合が多いのだ。


 だが雅臣は今、そういう「自分に合わなかった」ゲームのことを思いだしながら心底ぞっとしている。


 合う、合わない。

 そんなものは娯楽作品として世に出された商品である以上、あって然るべきものだ。


 雅臣に合わぬからと言って、商品としてダメだとは限らないし、逆におもいきりハマったからと言って世間で大好評となる訳でもない。

 

 ただ雅臣にとっては自分の評価が絶対で、ある種のゲームを雅臣は嫌っていた。


 ある種のゲーム。


 『シナリオイベント』などと称して、不可避の選択をプレイヤーにつきつけてくる類。

 その選択は大概、どちらを選んでも悲劇的なものが多い。


 雅臣はグランドストーリーがあるにはあれど、ただ迷宮へ潜って稀少(レア)アイテムを掘る系統を好んでいて、「泣かせ系ストーリーもの」とかはよほど話題作にならねば避ける傾向が強かった。


 ――プレイヤーが介入可能な事が売りのゲームにおいて、何が悲しくて()()()()()()物語を追わねばならんのか。


 賛否両論はあろうが、雅臣個人の考えはそうである。


 そういう意味においては、雅臣が本当に好むRPGは極少数であったとも言える。

 特に日本のRPGというジャンルにおいては、物語を追いかけるものが多くを占めており、レベルやパーティー、戦闘というゲーム要素を介して愉しむ漫画や小説と軸を同じくするものなのだ。


 とはいえゲームであれば悲劇ですら楽しむことはできる。

 仲間との切ない死に別れや、それを糧にして強くなる主人公などの物語を忌み嫌っていたわけではない。


 だがせっかくゲームなのだから、馬鹿みたいにレベルをあげたり、めちゃくちゃ厳しい条件を満たせば、死ぬしかなかった登場人物たちを助けられるものがあってもいいのにな、と思うことが多かった程度だ。


 本当にゲームでそんなことをすれば、製作費がどれだけかかるかというのも理解できるので、無いものねだりだと自分でも理解してはいたのだ。


 故に物語性のそう強くない、少なくとも自分が育てたパーティーメンバーが物語に殺されることが無いゲームを好んでいた。


 そして今。


 信じられないほど現実的な、いや別の場所というだけで現実を舞台にしたゲームのような世界に雅臣は放り込まれている。


 それがどうやら、いわゆるオフゲー準拠であることは雅臣も感じていたはずだ。


 物語性こそ今のところ皆無であったが、()()()()()()も注意して然るべきだったのだ。


 注意していたからと言って、避け得たものではないのだが。


 今雅臣は、第二階層のボス――巨大な悪魔のような魔物(モンスター)と、()()()()()()()()()


「社君!」


「――っ!!!」


 凜子と花鹿は、ボス部屋に入った瞬間に巨大な鳥かごのような檻に捉えられ、高い天井から吊るされている状況だ。


 凜子は雅臣を心配して声をかけており、花鹿は己の武器で檻を破ることができないか、全力で剣を打ちつけている。

 繊細な細工品に見える檻だが、攻撃役である花鹿の剣撃に対して、傷一つついてはいないようだが。


「大丈夫です!」


 そう言って唯一自由に動ける雅臣は、ボスから距離を取って戦闘態勢を取る。

 動揺して自分がやられてしまうのが一番拙いと理解している。


――大丈夫だ。まだ選択肢が表示されている訳じゃない。


 自分がソロで第二階層のボスを倒せばいいだけの話だ。

 雅臣が好かない、不可避の選択を仕掛けられているわけではない。


――ただのハンデ戦演出の可能性だってある。ある程度耐えていれば味方が解放されて戦力増強なんて、割とよくある演出だ。


 それが自己欺瞞に過ぎないことを雅臣は気付いている。

 

 嫌な予感を振り切るように、『魔力付与(エンチャント)』をかけて『空中機動(エアリアル)』を発動、恐れることなくボスの懐へ切り込む雅臣。


 凜子と花鹿が囚われた際に咆哮と共に立ち上がったきり、自分から攻撃を仕掛けてこない巨大な悪魔は雅臣の攻撃もまるで無視している。


 王の広間に響き渡る、金属に金属を打ち付けたような嫌な音。


 雅臣の視界に表示されるボスのHPバーは、一ミリたりとも減少していない。

 完全に雅臣の攻撃が無効化されている。


 直後に『破壊不能物体イモータル・オブジェクト』と雅臣の視界に表示された。


――ボスが『破壊不能物体イモータル・オブジェクト』でどうする!


 雅臣の心の叫びはもっともだが、事実雅臣の攻撃は一切悪魔には通っていない。


 だが攻撃を受けた悪魔は雅臣を認識し、ゆっくりとではあるが行動を開始する。

 どんな攻撃手段を持っているかわからないので雅臣は念のため、一旦『空中機動(エアリアル)』で距離を取る。


 すると悪魔はあっさりと雅臣を無視し、ゆっくりと自分に近い方の鳥かごへ向けて歩を進めた。


 凜子の方。


「――や」


 身動きできない状況で巨大な悪魔の黄色く濁った目を向けられた凜子が、反射的に怯えた声を出す。

 

「相手は僕だろ、デカブツ!」


 血の気が引くような思いで、雅臣がもう一度悪魔に突っかける。

 響く金属音と共に、再び悪魔は雅臣を敵と認識して攻撃を仕掛けてくる。


 大振りなため躱すのは難しくはないが、喰らえばどれくらいのダメージを受けるのかはわからない。

 一撃でHPを0にさせられることは無いとは思うが、喰らわないに越したことは無い。

 

 だが一定以上距離をあければ、その位置から近い方の鳥かごへすぐ向かう悪魔を留め置くためには、常に悪魔の攻撃範囲で立ち回る必要がある。


 極度に緊張を強いられる状況で、確実に躱し続けるというのは案外難しいものだ。


 ――くそっ!!!


 確かにまだ雅臣の視界に何かの選択肢が表示された訳ではない。

 だが雅臣には一つの予想がついている。


 これは凜子と花鹿、どちらかを犠牲として捧げることによって敵に攻撃が通るようになるパターン。

 どういう理屈かわかる訳もないが、雅臣の行動によって『悪魔』がどっちの鳥かごへ近づくかをコントロールできるということは、その可能性が高い。


 ――ふざけやがって!!!


 ゲームでもあっても嫌う、物語に強いられる犠牲。

 選択肢を与えることで「自由度」などと嘯きつつ、必ず一方に犠牲を強いる胸くそ悪い展開。


 それを現実でやられるとなると、冗談ではない。


 ゲームのNPCなどではない、本当に雅臣と同じ登美ヶ丘学園に通う生きた人間なのだ、凜子も花鹿も。

 たかが訳の解らん迷宮の第二階層をクリアするために、やむを得なかったんだなどと言える相手ではない。


 それも雅臣が間違いなく巻き込んだ二人なのだ。


 ――ふざけやがって!!!!!


 冷静さを欠いた雅臣が、遮二無二に『悪魔』に攻撃を仕掛けるが、まったく通ることは無い。


 システムで与えられた力では、システムに守られた存在にダメージを与えることなど出来ないのは当然のことだ。

 現実(あっち)でどれだけ無双の力を振るえようとも、所詮は与えられた力。

 迷宮(こっち)ではそれを統べるルールに従うしかない。


 焦っているためか、大振りな悪魔の腕を躱し損ねて直撃を喰らう。

 広い広間の壁際までふっ飛ばされる雅臣。


 HPはその一撃で半分以上を一気に持っていかれている。


「社君!!!」


「大丈夫!?」


 自分が置かれている状況も忘れて、心配してくれる凜子と花鹿の声が()()

 もしも自分が「どちらかを選ぶ状況に在る」ことを知ったら、どんな視線を向けられるのか、想像するのさえいやだ。


「大丈夫です!」


 馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し、跳ね起きて再び『悪魔』へ向かう。


 何が大丈夫なのか、どうすればいいのかはまるで分らないが、吹き飛ばした雅臣をまるで無視して、今度は花鹿の鳥かごへ向かおうとするのを止めなければならない。


 頭の片隅で、犠牲にするなら装備の整っていない花鹿の方か? と一瞬でも考えてしまった自分が心底おぞましい。


 この『選択』を狙って、慣れた者ほど強力な『一式装備』を揃えるように仕向けているのであれば、思っていたよりもずっと『トリスメギストスの几上迷宮』は悪意に塗れた場所である。


 のほほんと攻略を楽しんでいた自分をぶん殴ってやりたくなる。


「これどういうことなんだろう? 『悪魔』に鳥かごを壊させればいいのかな?」


 怯えた声ではあるものの、凜子が必死で現状の打開策を考えている。

 恐ろしくはあるが、もしもそうだとするならば防御力の高い自分でやってみようという覚悟もあるのだろう。


 震えているし、顔色も青ざめているがなんとかしようと思っている。


 そうかもしれない。

 そうじゃないかもしれない。


 それに賭ける気には、とてもじゃないけれど雅臣にはなれない。


「装備で劣る私でやってみるべき!」


 花鹿はらしくなく冷静さを欠いた雅臣を見て、なんとなくカラクリに気付いたのかもしれない。

 それでこの意見が言えるのは大したものだといえようが、実際に悪魔の手が自分の鳥かごに伸びた時に今の考えでいられるかどうか、花鹿自身も自信なんてない。


 みっともなく雅臣に「助けて!」と喚く可能性だってある。

 いやそれで普通なのだ。


 花鹿の言い様から、凜子も状況の可能性に思い至ったのか、口のところに両手をあてて絶句している。

 さすがにあざとさとかなんとか言っている場合でもない。


「大丈夫です!」


 三度何の根拠もない叫びをあげて、雅臣が『悪魔』にまるで通じぬ攻撃を重ねる。

 意識を向けることはできても、それだけだ。


回復(ヒール)』で回復させているとはいえ、攻撃を喰らい続ければいずれ雅臣のMPは0となり、次はHPが0となる。


 冷静さを欠いた状況では、それはそう先のことではないだろう。

 凜子と花鹿もそれを理解し、それでもどうしていいかわからずに絶句する。


 それで凜子と花鹿が解放されるという保証があればそれの方がましかとも思う雅臣。

 だがそんな保障すら、どこにも存在しない。


 戦いですらない、選択。

 それを強いられている状況で、与えられた力しか持たない雅臣、凜子、花鹿では為す術がないのだ。


 いっそしんとした王の間で、雅臣が通じぬ攻撃を『悪魔』に当て続ける音だけが響いている。


 そして早くも二回目のミスで、床に叩きつけられる雅臣。

 

 寝ている場合じゃないとばかり、『回復(ヒール)』をかけて跳ね起き、再び突貫しようとした雅臣の視界――これは雅臣の視界のみではなく、王の広間の中央に巨大な赤字でメッセージが表示される。


『いずれかの乙女の血を、悪魔に捧げよ。さすれば一人の乙女は解放され、『悪魔』の加護は失われる』


 ご丁寧に迷宮(ダンジョン)が、何をどうすればいいのかのヒントをくださったわけだ。

 ご丁寧にどうも、とでも言えばいいのか。


「――や」


「っ――」


 凜子と花鹿にも見えるそのメッセージを読んで、女の子であれば当然の悲鳴と恐怖の表情を浮かべる。


「――ふざっけんな!!!」


 らしからぬ怒号と共に『悪魔』に突貫した雅臣は、愚直に突っ込んだ報いとばかりに再び悪魔の足元に叩き落とされる。

 そのまま倒れ伏す雅臣を無視して、『悪魔』は凜子の鳥かごの方へと歩を進める。


 ――選べるわけないだろう、そんな選択肢なんて!


 強く強く、唇を噛む雅臣。

 ゲームなら、「またこんな展開かよ」などと言いつつ、好みで選ぶこともできた。

 だが現実でそんな選択を出来るはずもない。


 だが選ばねばジリ貧で、最悪三人とも『トリスメギストスの几上迷宮』から未帰還という結果も考え得る。


 ならば自分が鬼となって、自分ともう一人だけでも帰還するべきなのか。

 カルネアデスの板だったんだと、自分をだませばいいのか。


 どちらと現実(あっち)へ戻るにしても、もうまともに暮らすことはできなくなるとしてもその方がマシなのか。

 後ろめたさを塗りつぶすために凜子か花鹿を犠牲にして得た力で現実(あっち)でやりたい放題をするか、それとも自己憐憫たっぷりに『世界のため』にその力を振るえばいいのか。


 選んだ相手と、お互いの負い目を舐めあいながら。


 ――いやだ!


 絶対の拒絶の意志を込めて、雅臣は顔を上げる。

 怯えた表情で自分を見つめる、凜子と花鹿とそれぞれ目を合わせる。


 ――あったまに来た!


 絶対に強いられた選択肢なんか選んでやらない。

 黙ってこのままやられることも拒否する。


 システムで得た力が通じないのであれば、それ以外の力で『悪魔』を屠ってやる!


 雅臣は自分の感じていた違和感にすべてを賭ける。

 この選択を強いてきているのが間違いなく雅臣にとっての敵だ。

 ならば雅臣が存在を感じていたもう一方は、雅臣と同じくこういう理不尽に抗する力を貸してくれるかもしれない。


 他力本願で情けない限りだが、今はそんな事を言っている場合でもない。


 それに今雅臣の中で渦巻いている『怒り』は間違いなく雅臣のものだ。

 理不尽に際して、嘆くのでも自暴自棄になるのでもなく、怒りをおぼえる人間。


 どうやら雅臣はそういう人だったようである。


 ――何がどうあれぶったおしてやる! 一ヶ月程度とはいえ毎日続けた早朝ランニングと筋トレ、ついでに笑顔の努力を馬鹿にするなよ!


 怯える凜子と花鹿を安心させるために、その訓練の成果である笑顔を向ける雅臣。


 ――キモイと思われていなければいいが。


 そして賭けではあるが、力を貸してくれるかもしれない相手に一応声もかけておく。


「偉大なる錬金術師! ヘルメス・トリスメギストス!!!」


 雅臣の声が、天空城に響き渡る。


次話 錬金術

3/2投稿予定です。


ハッピーエンドだと自分では思っているのですが。

おしまいまでお付き合いいただければ嬉しいです。

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