第23話 違和感
雅臣は凜子と花鹿に、自分しか見ることのできない『ステータス画面』に表示されている内容を説明する。
「この選択次第で、フロア6――第二階層のボスの難易度が変わることは間違いありません」
「社君はどう考えてるの?」
『一式防具』を手に入れられる状況。
ただしプレイヤーの選択次第では、バラバラに高性能な防具を手に入れることも可能。
第一階層の『rare属性』武器であっても、その階層でドロップする各種装備とは一段違う性能を誇っていたことから、三人でバランスよく各防具を得ることも選択肢として無くはない状況。
それに対して凜子がまず、雅臣の意志を確認する。
花鹿も異論はないようで、真面目な表情で同意の頷きを見せている。
これは何も雅臣に丸投げしているというわけではない。
雅臣がもっともこういう状況に詳しいと自分自身で判断している凜子と花鹿が、まずはその意見を聞いて己の判断を得るための質問だ。
彼女たちは「自分で考える」ことの重要さをきちんと理解している。
それは今のように迷宮へ挑む異常事態だからというわけではなく、普通の暮らしにおいても大切な事なのだ。
納得もなくただ従っているだけでは、同じことをやるにしても意志の力は宿らない。
それの有無が、こんな異常事態においてはすべてを分かつ分水嶺に影響するのかもしれない。
「僕の判断ではフロア1から5まで、一式防具を得ること一択です。磐坐さんと春日先輩はどう思いますか?」
極論、雅臣しか『ステータス画面』を操作することはできないのだから、凜子と花鹿に確認をとる必要はないともいえる。
雅臣がどうしてもそうすると決めれば、凜子と花鹿に抵抗の余地はないのだ。
この場で二人からすべての装備を解除することすら、雅臣には可能なのだから。
――それをきっちり理解した上で、社君はそんなこと考えもしないんだね。
――生殺与奪を握られている……のに?
その状況できちんと二人の意志を確認してくれる、雅臣の態度が嬉しいのも事実だ。
だがそれ以上に、少なくとも迷宮においては自分たちをどうにでもできる権限を雅臣が握っているという事実に、曰く言い難い感覚が背中から腰にかけて走るのがわかる。
本来であれば危機感であるとか、嫌悪感であるとかを感じるべき場面。
ぞくぞくしている場合じゃないことは、凜子も花鹿も理解している。
――変態とかじゃないよ、ね?
――自分は猫系かなと判断していたけれど。
恋する女はMっ気も出るものらしい。
雅臣にそれを察知されるわけには絶対に行かないが。
「役割分担をした以上、特化を優先させる……かな?」
頭の片隅で桃色系妄想が進んでいても、成績優秀者でもある凜子は雅臣の言わんとすることを理解する。
「そうです」
自分の考えを理解してくれたと感じると雅臣は嬉しい。
その嬉しそうな様子が凜子には嬉しいのだから、勝手にやっていろという話だ。
「『防具』とういうことは……磐坐さんの『一式』優先」
勝手にやらせておくわけにはいかない花鹿が、雅臣の思考を先読みする。
役割分担をした以上、より尖らせることを雅臣は優先する。
それに攻略本はもちろん、予備知識もない状況で雅臣が戦闘を組み立てるには、しっかりした防御が確立されていることが必須条件になる。
最大攻撃力で突貫して、削りあいのスピード比べというのは雅臣のスタイルではない。
普通のゲームであれば、プライヤースキルがモノを言うそういう削りあいも嫌いではないのだが。
となれば雅臣が凜子――盾役の装備を最優先とするであろうという思考には無理なく到達できるし、理解もできる。
「磐坐さんの装備を優先することになりますけど……春日先輩はかまいませんか?」
命がかかっているかもしれない場での事なので、確認は必要だ。
頭でわかっていることと納得できるかどうかは実は別物で、そういうものが積み重なればやがて不満となる。
「パーティーとしての戦力を考えた場合、誰の装備というのはあまり重要じゃないと思う。私は社君の意見に従う……同意する」
真面目くさって確認する雅臣に、自分でもらしくないとおもいつつ照れながら返答を返す花鹿である。
自分の装備を優先される凜子としては、声を大にして雅臣の意見に同意をし難いところだ。
ココは花鹿が攻めてもいいターン。
一方花鹿も実効性能がどうのこうのではなく、ボスドロップのrare装備ともなれば、より凜子の武器が強化されるのは確定なのでそこだけは頭の痛いところだ。
別の意味においての武器だが。
――私にももう少し、大胆な両脚装備が出ればいいのだけれど。
テレはもうないんですか。
つまり恥ずかしそうにしているのは演技ですか。
「すいません春日先輩」
「いい。敵の攻撃を止めてくれる磐坐さんがより強化されることは、社君と私の力にもなる」
そう言って、にっこりと微笑みあう二人である。
麗しい景色であるはずなのに、雅臣が視線を逸らすのはなぜかな?
パーティーとしての一体感、信頼感と、そういう方面での鞘あてはまた、別のものらしい。
昨日までそういうものにまったく反応できなかった雅臣も、たった一日で要らん経験を積んだものである。
今はそういう空気が持つ意味を、そこはかとなく理解できてきている。
自意識過剰かもしれないという、自己防衛本能はまだ停止してはいないのではあるが。
「えっと……それに『一式』は揃うとステータスボーナスが付くパターンが多いんです。『トリスメギストスの几上迷宮』は今のところ、僕がよく知る『ゲームのお約束』に従っている節が強いので、その可能性は高いかと」
仕切りなおしをはかる雅臣の言う意味が大きいのは凜子も花鹿も理解できる。
強力な防具一式で強化されるのみではなく、揃えたことによってボーナスが付くのであればバラバラに選択することは論外となる。
それがそう上手くいかないのがそれぞれがプレイヤーであるMMO系なのだが、オフゲであればプレイヤーの意志で「誰を優先するか」は決めやすい。
個ではなく組織として、パーティーの戦力を捉えられるのだ。
雅臣が優先したのは盾であって、凜子ではない。
それが理解できるから花鹿はあっさり認めるし、凜子も手放しに喜んでいるわけではないのだ。
どちらかと言えば優先して装備をまわされる重圧の方が強いくらいだろう。
その辺のフォローも雅臣は長けているので、そういう言葉をかけてもらえる凜子が少し羨ましくもある花鹿である。
とにかく雅臣の言わんとすることは理解できたし、凜子も花鹿もきちんと納得できた。
であればフロア1のボスの装備を得、次に進むことになる。
「それと……いえ。先に進みましょう」
そう言って雅臣は、口を閉ざす。
『トリスメギストスの几上迷宮』に感じている、雅臣なりの違和感を凜子と花鹿に伝えることを保留する。
自分でもわかりやすく伝える自信がまだなかったからだ。
あまりにも異常事態が過ぎるので、ある意味思考停止して「そういうもの」として『トリスメギストスの几上迷宮』の現状を受け入れてはいるものの、あまりにも雅臣の好きなジャンルである『RPG』を基礎に出来上がっているということ。
それはおそらくプレイヤー――雅臣の嗜好にあわせてそうなっているのだろうということ。
まあそこまでは「そういうもの」として受け入れるしかないということは雅臣も理解している。
そこをなぜだ? と考えたところで答えなどでるはずもない。
だがそうであると認めれば、ゲーム好きである雅臣は別のことが気になり始める。
つまり『トリスメギストスの几上迷宮』を現実に起こっている異常事態と認めたうえで、ある意味ゲームだとみれば当然のことである。
――どんなシナリオなんだ、このゲームは。
ただの高校生であった雅臣に、人類を凌駕する力を与える。
それはステータスにしても、装備類にしても、スキル類にしてもそうだ。
――それで僕に……プレイヤーに何をさせたい?
ただ迷宮をハック&スラッシュさせることに主眼を置いたゲームであっても、一応のシナリオは存在する。
それが今のところ、全く見えてこない。
これだけ、ゲームらしいルールで世界を構築しているにもかかわらずだ。
それにゲームのようにいくらでも湧出する魔物。
それを倒すことによって強化されるプレイヤー。
強化されると、『練習相手にもなら(以下略』になる魔物たち。
それに過去にも『トリスメギストスの几上迷宮』は存在し、現実に大いに混乱をもたらしたことはアルに聞いた通りだ。
――そのわりにアルは、最初から僕を排除にはかからなかった。
雅臣がそういえば、アルは「もう僕じゃ社君には歯が立たないよ」と肩を竦めて笑うのだろう。
だがその理屈はおかしい。
なぜならアルは、まだ雅臣が『トリスメギストスの几上迷宮』の要求ステータスを満たせていない、まだ人の域にあった頃に、すでに接触してきていたからだ。
その時点であれば、苦も無く排除できたんじゃないかと雅臣は思っている。
相当な報酬(それこそ法律を書き換えることすらそこには含まれていた)を用意して、迷宮の知識やアイテムを持ち帰ることを希望してきてはいたけれど、それが本質ではないような気も雅臣にはしている。
何か理由がなければ世界に混乱をもたらす、『理解できないモノ』を排除しようとするのが人の社会だという気もする。
それこそ最初に雅臣排除に動いた自分たちの国のように。
あれが排除目的であったかどうかはまだ不明だが。
――『トリスメギストスの几上迷宮』は一つの意志で動いていないような気がする。
たった一人のゲームクリエイターが構築した、一部の隙もない世界。
目的と体験させたいことが明確で、それを追うことをプレイヤーは強いられる。
それが面白いものであれば絶賛され、つまらなければクソゲーと酷評される。
それはまあプレイヤーにもよるが。
オフゲめいたつくりでありながら、そういうものではないような気配。
だが骨子はありながらも、数多のプレイヤーたちが世界の空気を紡ぎだすという、MMOの雰囲気でもない。
――ゲームというシステムを使って、誰かと誰かが対峙しているような……
チェスや将棋の駒が自分たちであるような感覚?
少し違う。
雅臣はやったことはないが、テーブルトークRPGで敵サイドのゲームマスターと、味方サイドのゲームマスターがいて、その世界に双方の駒としてプレイヤーが放り込まれているような……
力を与えることと、殺してしまおうとすること。
その二律背反を『トリスメギストスの几上迷宮』からは感じるのだ。
あやふやで、自分でもなにがどうと明確に説明できない。
単純に魔物が敵で、『ステータス画面』を司るものを味方としていいものなのか。
その双方に、敵も味方も――あるいは目的の違うどちらも『敵』が混在しているようなちぐはぐさを雅臣は感じている。
――そもそもプレイヤーに強くなる余地を与える、『RPG』が現実になればそういうものなのかもしれない。
敵と味方が判然としない。
このゲームが目指すエンディングがみえてこない。
――ゲームには、『悲劇的な結末』をプレイヤーに叩き付けるためのものもあるからな……
『幸福な結末』至上主義者である雅臣が感じているのは、あまりにもゲーム然としている『トリスメギストスの几上迷宮』にただよう、その雰囲気なのかもしれない。
いくらゲーム然としていても、『トリスメギストスの几上迷宮』は現実の延長線上に存在する。
もしも『悲劇的な結末』しか用意されていないのが『トリスメギストスの几上迷宮』であるならば、それに直面するのは雅臣、凜子、花鹿なのだ。
それを雅臣は本能的に恐れている。
『悲劇的な結末』しか用意されていない世界であるのなら、結末に至らないことこそが最高の結末であるのかもしれない。
もしくはそれを、どんな手段を使ってでもひっくり返すかだ。
そのためには今は進むしかないし、強くなるしかない。
今はまだ、ただの違和感を二人に伝えて不安にさせることはないと雅臣は判断した。
三人で決定した『一式装備』の胴部分を『装備』した凜子に、思考と視線を奪われたからでは決してない。
次話 快進撃
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