第22話 三位一体(まではいってない)
全長5メートルは優に超える『浮竜』が、灼熱の息吹を吐く体勢に入る。
『第二階層』の各フロアは天井が高いため、『浮竜』は文字通り宙に浮いている。
特に此処は第二階層緒最初の『中ボス』と思われる『浮竜』が陣取っている部屋なので、ここまでの城内よりも数段天井が高い。
普通の攻撃が届かない高さから広範囲に吐きかけられるというカタチになるため、雅臣たちに躱すという選択肢はない。
「磐坐さん!」
「はいっ!」
もう何をどうしろと細かいことを言わない雅臣の声に即反応し、盾役を担う凜子が怯むことなく前にでる。
「聖盾!」
続いて凜子の発した声に従い、掲げた盾――第一階層で希少魔物がドロップしたrare属性防具『銀の盾』――を中心に白金の光が形成される。
直後に吐き出された息吹が広範囲を焼き払うが、凜子の掲げた『銀の盾』を中心に広がった光の部分だけは通らない。
よって凜子の背後に控えた雅臣と花鹿にダメージはまったく発生していない。
流石に盾とスキルで防いでいるとはいえ、直接攻撃を受けている凜子は無傷というわけにもいかない。
かなり長い間吐き出される息吹を受けている間、じりじりとHPは減少を続けている。
『浮竜』が吐き終わった瞬間、雅臣が凜子に『回復』を使用、即座に凜子のHPを全快させる。
「行きます!」
「了解!」
それと同時にすでに『魔力付与』が発動している雅臣と花鹿が、レベル4になってAGIツリーに生えた『空中機動』を発動させて空中へ駆け上がる。
雅臣も花鹿もまだ完全に使いこなせてはいない。
だが発動時間中、意識した瞬間に足場を発生させるこのスキルは、ステータスで強化された身体機能と組み合わせれば自在に空中を動き回る、文字通り『空中機動』を可能なさしめる。
凜子の陰から左右に分かれて飛び出した雅臣と花鹿に、頭が一つの『浮竜』はどちらかにしか対応できない。
一瞬のためらいを見せた後、花鹿の方へ長い首を向ける。
それを確認すると同時に雅臣が『浮竜』のほうへ空中を蹴り、『寸勁』を叩き込む。
無視できないダメージに『敵視対象』を雅臣に切り替えた『浮竜』へ、今度は逆方向から花鹿が先の雅臣と同じように、剣技である『スラッシュ』を叩き込む。
花鹿はレベル5で生えたDEXツリーパッシブスキルである『双剣』を取得しているため、本来単発である『スラッシュ』は右の『銀の剣』、左の『銀の短剣』それぞれに発生する。
左右からかなりのダメージを連続で受け、『浮竜』が苦悶の咆哮を上げるがこの攻撃では仕留め切れてはいない。
まだ効果時間が短く一撃喰らわせる時間しか持たない『空中機動』が切れ、地上へ降り立つ雅臣と花鹿。
そこへ体勢を立て直した『浮竜』が攻撃を加えようとしたタイミングで、雅臣に声をかけられるまでもなく凜子がVITツリースキルである『強制注視』――いわゆる『挑発』を発動。
強制的に『浮竜』の『敵視対象』を奪い、敵の技の『再使用時間』が終わるまでの通常攻撃を通常防御でしのぐ。
その間に雅臣と花鹿は自分たちの攻撃系スキルの『再使用時間』が過ぎるのを待ちつつ、凜子の背後に合流する。
すでにこれを三度繰り返しており、雅臣の視界に表示される『浮竜』のHPは次で削りきれるはずである。
MPにも十分余裕があり、三人ともHPは全快状態。
さすがに充分レベルを上げて臨んだおかげで、第二階層の中ボスとはいえ安定して倒せる目途がついている。
「かっこいいよね、『空中機動』!」
「そもそも磐坐さんの『聖盾』がなければ戦闘が組み立てられません! 感謝しています!」
「磐座さんが軸!」
再合流した三人がそれぞれ声を掛けあう。
三人共に、つい昨日まではまったく経験のなかった『戦闘行為』を通して生まれる連帯感、信頼感というものは、日常生活で育まれるそれとは少し趣を異にする。
まだ誰も死んだことがないので確認は不可能だが、命のかかっている場であればそれも当然のことなのかもしれない。
攻撃を受けた際の痛みこそないが、三人が三人とも迷宮でHPが0になることがおそらく洒落にならぬであろうことを肌で感じている。
肌で感じられる位に、何もかも現実的――というより現実としか思えないものだからだ。
勢い戦闘は真剣なものとなるし、人間真剣であれば覚えもはやい。
緊張しすぎて固くなってしまう部分もあるが、そこはこういうシチュエーションに慣れている――訳もないが男の意地でそう演出している――雅臣の指揮でなんとかカバーできている。
そうして実戦を重ねれば人は慣れるものなのだ、戦闘中に声を掛けあえるくらいには。
これが行き過ぎれば『油断』を生むのだが、まだ三人はその域に達せていない。
心地好いというにはまだ強い緊張感を、仲間と声を掛けあうことで緩和しているといった方が正解に近いだろう。
三位一体とは行かぬまでも、なかなか様になる連携をこなせるようにはなっている。
「次で仕留められると思います」
「はい!」
「了解!」
『再使用時間』が過ぎるのを、じりじりとまっている三人である。
昨日はぎこちない『雅臣先生の迷宮探索講座』を終えた後、主として花鹿のレベルを雅臣と凜子にあわせることを目的として、第一階層の魔物との戦闘を繰り返した。
その前になぜ髪と瞳の色が、雅臣以外は変化しているのかの説明を花鹿に求められ、雅臣は大変な汗を内心でかくことにはなったが。
凜子に続き、花鹿も雅臣の妄想通りの色彩設定になっていると来ればもう、言い逃れの余地はない。
『従者』をそうしたのは主たる雅臣としか考えられない。
無意識とはいえ。
凜子は金髪碧眼。
花鹿は銀髪蒼眼。
本来日本人には無理のある色指定だが、素体がいいので違和感なく似合っている。
まあ凜子も花鹿も、雅臣の「に、似合っていると思います」という一言で機嫌よくなっているのだから世話はない。
現実では一応優等生としてとてもできることではないし、雅臣が似合っているというのであればそれもいいかと思えもする。
確かに染めたとは思えぬくらいの綺麗な色だし、似合っているのも事実だ。
それに女の子たるもの、気になる男の子の褒め言葉が心にもないものかどうかを見抜くスキルくらいは、ステータス画面に表示されなくともデフォルトで装備されているのだ。
第一階層の魔物で花鹿のレベルが3になると同時にボス戦マラソンを開始。
レベル5に到達と同時にボスの取得経験値も1となったので、雅臣は凜子と花鹿に戦闘に慣れてもらうことと同時に、あることを提案した。
第一階層攻略中に一度だけ遭遇した、希少魔物狩りである。
最初の時は雅臣にあった武器と、偶然凜子が目指す役割にあった『盾』がドロップしたが、他にもドロップパターンがあるかもしれない。
もしそうなのであれば、可能な限りその装備を集めておいた方がいいとの判断だ。
それに単独、連携と、『戦闘』には十分慣れておく必要があるとも思えたので、希少魔物狩りでくるくる滑車を回すのが手っ取り早い。
レベルさえ十分であれば、第一階層は安全と断言できる。
最初は「きゃあ!?」、「ひゃ?!」などと女の子らしい悲鳴を上げていた凜子と花鹿だが、慣れてくるとスキルのフォローもあるせいか、ずいぶんと様になるのははやかった。
凜子が女の子らしい反応を示すのはもちろん充分可愛く、『かっわいいなあ……』と雅臣を思わせるには十分な破壊力を伴ってはいた。
しかしながら基本冷静、落ち着いた雰囲気を纏う花鹿がそういうリアクションをすることは雅臣を絶句させるに足りた。
ギャップ萌というのは、どのジャンルにおいてもクリティカルを発生させるものらしい。
なお凜子と花鹿のリアクションが素であったのか、あざとさを含んだものであったのかは本人のみぞ知ることである。
見蕩れていた雅臣はそんなところまで思考が回ってはいないが、命のかかっているかもしれない場であるからには、できれば素であってほしいと願うばかりである。
いや、命がかかっている場であったとしても意中の人の前では可愛く在れるのが女の子という存在なのかもしれない。
それに応えるべき男の子が常にかっこよく在らねばならぬとすれば、なかなかに高いハードルと言えよう。
雅臣は我知らず、少なくとも迷宮では凜子と花鹿を感心させる、見蕩れさせることに幾たびも成功しているが。
ともかくそこまで接敵機会を低く設定されているわけでもないらしく、5回倒しておそらくすべてのレア装備を揃えることに成功した。
幸いにして――こっそり雅臣はがっかりしたのだが――同ドロップ品の中に+や-などの揺らぎはないようだ。
まだサンプルケースが少ないので、雅臣は諦めてはいないのだが。
『銀の手甲』×2
『銀の盾』×2
『銀の剣』×3
『銀の短剣』×3
『銀の槌』×1
『銀の杖』×2
以上がその戦利品である。
どうやら武器5種、盾1種の『銀シリーズ』と言ったところだ。
少なくとも第一階層で通所ドロップするアイテムとは隔絶した性能であったので、凜子は剣と盾、花鹿は剣と短剣、雅臣は手甲を装備することになった。
花鹿の『双剣』スキルは同じ武器を左右に装備することもできたが、雅臣の左右別々の装備可能武器を身に付けた方がいいかもしれない、という意見を花鹿が受け入れた結果である。
武器固有スキルなどが出てきた際に活きるし、今はまだ可視化されていないが武器スキル経験値などがあった場合、無駄なく伸ばせると判断したためだ。
全員レベル5に到達、第一階層のrare属性武器を揃えたところで、初日はいったん終了となった。
第二階層は表層部に建つ天空城(全六フロア)全体と表示されたため、翌日朝一からの攻略開始を三人で決めたのだ。
二度目の現世への帰還、翌日の集合などまあいろいろあったのだが割愛する。
帰還と同時にアルが血相変えて現れたのには雅臣も驚いたが、本当の意味での「次」への挑戦は明日だと説明するとしきりになぜか感心していた。
本音を言えば、雅臣はもっとゆっくり検証したいのだ。
青字反転しているステータスとそうでないものの違いであるとか、こちらで雅臣が一ヶ月続けていたことを続ければどうなるかとか、可視化されていないステータスの存在模索とか、各種ツリーの予測とか。
だがアルのどこか切羽詰った様子と、迷宮内の戦闘行為でも青字になっていないステータスが伸びるかどうかの実験を優先することにして、第二階層攻略を決めた。
あくまでもまだ第二階層であること、第一階層のボスや希少魔物の強さから考えて、極端に難易度が上がることはないと判断した結果である。
もっとも癖で朝一に行った早朝ランニングで、もう自分は人の範疇にいないことをいやというほど認識させられはしたのだが。
その雅臣の判断はそうはずれておらず、第二階層攻略を開始しても魔物は極端に強くなることもなく、順調と言っていい流れでファーストフロアの中ボスへと至り、問題なく撃破できそうになっているのが現状である。
四回目の連携で、第二階層第一フロアのボス、『浮竜』のHPを削りきる。
「よっしゃ!(これしか言わない)」
「やった!(?)」
「勝ち!(?)」
三人の言葉通り、『浮竜』の巨躯が地に墜ちる。
これで第二階層の1/6を攻略完了したとみていいだろう。
雅臣の発言はやめた方がいい。
どう分岐してもバッドエンドしかないなどどうかしている。
マルチエンディングは幸福な結末があってこそのものだろう、誰の意見か知らないが。
雅臣たちの武器以外の装備は、第二階層攻略を開始してからかなり更新されている。
ただ防具系の装備はまだシリーズで揃えられるようなドロップはなく、それぞれの役割に適した数値の装備をバラバラに装備している状況だ。
ただ、盾役としては望ましい高防御装備品は胴のものがよくドロップされ、高防御なのにも拘らず胸が強調されているデザインのものがなぜか多い。
剣役に望ましい機動性を損なわずにそれなりの防御力となってくると両脚そう帯のものが多く、なぜかラインをはっきりと見せる類のものが多い。
双方とも、防具だというのにタイツのような素材や、レースのような素材がふんだんに使われており、雅臣のステータス画面に表示される数値が本当かどうか疑わしくなるくらいである。
フロア魔物で実験したところ、そこに偽りはないようであるが。
これで一式装備などできわどいものが出てきた場合、装備する方もさることながら、おそらくは雅臣の好みを反映されていることを知る本人はいたたまれないことこの上ないだろう。
とはいえ性能優先で装備を選ぶしかないのではあるが。
それにいたたまれなかろうがどうだろうが、どうせ視線はそこへ惹きつけられるのだ。
惹きつけた本人がそれを悦ぶのであれば、存分に眼福を愉しめばよい。
また当然のことだが、レベルが上がるほどに次のレベルへの経験値要求は厳しくなってきている。
序盤はともかく、そうポンポンとレベルが上がるデザインではないのかもしれない。
――確かに現実での規格外ぶりを考えれば、あっさりレベル100とかになったらえらいことかもしれないけど……
今朝のことを想い出せば、納得がいかぬこともない雅臣である。
――とりあえず迷宮攻略に必要なレベルが、適正な場所で稼げるのであれば問題はない。
そう思った雅臣の『ステータス画面』に、第一階層ではなかったメッセージが表示される。
『第二階層のボスは再湧出致しません。取得アイテムの選択を行ってください。1フロアボスから5フロアボスで『シリーズ防具』を得ることが可能です。バラバラに選択も可能です。第一フロアボスからの取得アイテム→『防御特化』『攻撃特化』『魔力特化』『バランスタイプ』(Y/N)』
――こんなの、あまり聞かないぞ。
雅臣たちの現パーティーに魔法使いはいないので、実質三択となる。
ただ再湧出しないということは、この装備の選択次第で第二階層の真のボス――第六フロアのボス戦の難易度が変わるとみてまず間違いない。
――どうする。
瞬時で雅臣の答えは出ている。
だがこれは、凜子と花鹿の意見も聞くべきであるのは当然のことだ。
「ちょっといいですか?」
「?」
「なに?」
どうやら第二階層からすでに、罠となりかねない選択肢が提示され始めている。
その事実に雅臣は、自信が感じていた妙な違和感――『トリスメギストスの几上迷宮』の在り方のちぐはぐさについての思いを深くする。
その件も一度、三人で共有するべきだと雅臣は判断した。
次話 違和感
2/27投稿予定です。
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