第21話 需要と供給
第一階層の、いかにも迷宮といった佇まいの通路。
その割と広い場所で、雅臣が二体の『角狗』を流れるような連撃で仕留める。
わざと攻撃を受けたり、相手の技を出させたり、一通りの魔物の行動を凜子と、特に花鹿に見せてから戦闘を終了させた。
「ええと……基本的な説明は以上です。あとは実戦……ですが、春日先輩はレベル3に到達し、その時点でスキル構築しましょう。それまでは僕と磐坐さんで戦闘を行います」
単独戦闘で説明をしながら魔物を屠る余裕が今の雅臣にはある。
とはいっても今はまだ第一階層御限定ではあるのだが。
ボスマラソンで一気に花鹿のレベルを上げるのが一番効率的とはいえるが、万万が一にでもボスの攻撃が花鹿に向かった場合、レベル1では何があるかわからない。
序盤のレベル1差というのは、相当の強化になる。
レベル1と3では、常人と超人くらいの差は楽にある。
よって雅臣は普通に戦闘を重ねてレベルを上げることに決めたのだ。
そのために必要な基礎的な情報を、実戦を交えて説明し終えたところである。
「……はい」
「……わかった」
今朝方までただの高校生だったとはとても思えない、手慣れた雅臣の戦闘の様子に凜子と花鹿はつい見惚れてしまっていたのだが、その割にはさえない返答である。
顔は赤いのだが。
雅臣もどこか居心地が悪そうにしている。
顔は赤いのだが。
凜子にしてみたところで、最初の時は一切戦闘せずに雅臣に任せていたのだ。
次は花鹿がそうなるのもいわば順当で、安全第一で行くのであればそうならざるを得ない。
凜子も花鹿も、その点に不満があるわけではない。
この空気の原因は雅臣がやらかしたからである。
最初は不可抗力といってもよかろう。
だが二度目ともなればそれは想定しておくべきで、それを怠った雅臣に反論の余地はない。
『トリスメギストスの几上迷宮』への転移も『装備』も雅臣にしかできないことであるからには、全ては雅臣の責任となってしかるべき。
つまり雅臣は、二度目の全裸突入をかましてしまったわけである。
昼下がり、夕刻前に家に付けば、そりゃまあ当然両親は起きている。
優秀で素直だが、ちょっと……というか両親にはまるで理解できない分野に深く深く没頭している息子を、両親なりに心配はしていたのだ。
彼らの息子は学生として「やるべきこと」をこれ以上ないくらい完璧にやって見せるので、文句を言うわけにもいかない。
社家のルールである「結果には対価を」という報酬制を変える気もない。
だが両親にしてみれば、学生時代には「別にやらずともよいこと」にこそ長い人生でいい同行者となってくれる体験や知識、友人、それこそ伴侶すらも得る機会があるんじゃないかなあ、と思ったりもしていたのだ。
ネットが普及した現在、結構ゲームからでも得ることはできるのかもしれないが、それはまだ異論反論オ(以下略 があるところだろう。
そんな心配を一発で吹き飛ばすイベントを息子がいきなりかましてきたので、両親は結構動揺してしまった。
凜子も花鹿もきちんとした挨拶をするまでは問題なかったが、そのあと真っ赤になって俯いてしまったのでは両親の方が動揺する。
父親などは素になって「マジか!?」以外の言葉をほとんど発しなくなったくらいである。
母親は女としてのセンサーでいろいろ理解し、それゆえに「解せぬ」という表情を浮かべていたのだが、地味に雅臣はそれにへこんでいた。
実の親にはCHRの威力も効果はないらしい。
カッコよかろうが悪かろうが、愛する息子は愛する息子でしかない。
そういうことだ。
そういう有難さに気付く必要がないほど、雅臣は大切に育てられてきたということだろう。
だが母親はやや暴走した。
何を思ったのか、「じゃ、じゃあお母さんたちはちょっと出かけてくるわね?」などと言い出し、父親はそれに対しても「マジか!?」と言っていた。
もしも息子が彼女を連れてきたら、知的でお洒落なお父さんを気取ろうと思ていたらしいが、そんな理想は木っ端微塵になってしまった。
――仕事では優秀な人たちなんだけどなあ……
まさか心配していた息子に、やれやれ感を持たれるとは思いもしていなかっただろう。
気をまわしすぎというか、部屋に女の子を二人も連れ込んで自分の息子が何をするつもりだと思っているんだこの人は、と雅臣は母親の方により呆れたのだが。
とはいえ明日からは同じ状況だと思うとちょっとドキドキもした。
男の子であるからにはやむを得ぬことと言える。
その後凜子と花鹿を部屋に通し、不思議な置物――『トリスメギストスの几上迷宮』を見せて一通り説明するまでは間が持った。
現在の技術では実現不可能な『トリスメギストスの几上迷宮』を見て、さすがに二人とも驚いたり興味深げに見たりもしていたのだが、そこはやはり女の子である。
一通り理解すると、雅臣の部屋の方へ興味が向くのはこれもまた女の子であるからにはやむを得ぬことと言える。
ゲームに興味のない女の子にとって、雅臣の部屋の一角はなんだかSF映画に出てくる装置のようにしか見えない。
それに本棚にはどんな本が並んでいるのか。
机、椅子、その他のものにも興味津々である。
家具類などにはこだわりのない雅臣は、両親の趣味に任せていたので部屋は瀟洒なものに仕上がっているし、汚くするのは性に合わないので片付いてはいる。
男の子が必ず持っているある種のアイテムたちを見える場所に置いているわけもないし、凜子と花鹿もさすがに家探しめいたことはしないだろうからそこは問題なかろうと雅臣も思っていた。
だが間が持たないのだ。
それなりの広さはあるとはいえ、女の子が二人もいるとなぜか息苦しくも感じる。
座る場所といっても要らんことを考えてしまうからベッドにするわけにもいかない。
おかげで雅臣は自分の部屋内を立ったままうろうろするという、挙動不審者と化していた。
凜子も花鹿も、「男の子の部屋」なるものに入るのは初めて(凜子は正確には二度目だが)なので、上手く間を持たすことなどできない。
――二人っきりよりはまだいいのかしら? でも二人ならもうちょっと……
――二人ならお姉さんぶれたかもしれない。
ただただ動揺している雅臣よりは、やややましいことを考えている二人ではあるが。
「じゃ、じゃあここでこうしていても仕方ありませんし、とりあえず『迷宮』へ行ってみましょうか」
だから雅臣はついそう言ってしまったのだ。
第一階層をクリアし、表層部へ出ることができてる状況。
そこでは魔物の湧出もなく、『EXIT』可能な状態だったこともきちんと考慮していた。
よしんば自動的に第二階層攻略が始まり、クリアまでは『EXIT』不可能になるにしても、第一階層に入れないわけではないだろう。
そういう部分についてはきちんと考えていたのだ、雅臣も。
ただ動揺していたあまり、『装備』していない状況だとどうなるかを失念していた。
自分たち三人が今、アルから贈られた服であるということも。
それでも言った瞬間にそれを思い出し、「あっぶな!」と思うくらいには雅臣の頭は回る。
予想外だったのは、視線と意思で『ステータス画面』を操作する試行錯誤をしていた弊害が、こんなところで発生してしまうことだった。
視線や意思で操作可能であるからには、当然音声での操作も可能。
明確な意思を伴った文言を発されれば、優秀な『トリスメギストスの几上迷宮』はそれを実行する。
そしてその反応速度は瞬時である。
確かに戦闘や緊急事態ではありがたい話だが、この時ばかりは雅臣は勘弁してくれよと思った。
最初の時は「需要ないな」などと思っていた光に包まれた状況でさえ、凜子と花鹿の裸体のシルエットはものすごい破壊力を誇っていた。
二人が自分の裸を見られて恥ずかしそうにするというより、見てはならぬものを見てしまったという反応をしているのを見て、雅臣は自分も全裸であることを思い出させられたわけだが。
需要というものは顧客によって千変するということを、雅臣は深く静かに理解した。
だからと言って事態は好転するはずもなかったが。
よって三人は全裸で浮遊大地の表層部に現れ、純白の雲海をはるか下に見下ろす天空に二人の悲鳴と一人の「ごめんなさい!」が響き渡る仕儀と相成った。
水と緑にあふれた天空城、その表層部で男一人女二人が全裸。
見ようによってはファンタジーよりの宗教画のようでもあるが、男神役と女神役が動揺しきりではまるで絵にならない。
おかげで「雅臣先生の迷宮探索講座」はぎこちない空気の中開催されている。
それもなんとかレベルと装備を整え、再び表層部へ戻って天空城を攻略しなければならない。
盾と剣では戦闘方法も異なるし、その辺も理解してもらわねばならない。
雅臣としては慎重にというのは大前提で、さっさと育成開始してこの空気を霧散させたいと思っている。
もう一度現実へ戻ったら、何かお詫びしなければ、とも思っているのだが。
凜子と花鹿の悲鳴が、見られたことによるものか、見たことによるものか。
それを知るのは悲鳴を上げた当人たちのみである。
次話 三位一体
2/26投稿予定です。
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