第閑話 胸vs脚
気になる異性と街を歩くというのは、思春期の男女にとってわりと大きなイベントである。
それも学校帰りに偶然いっしょになったなどという態をとらず、休日にわざわざ一緒に街に出かけるとなればなおのことだ。
今どきの若者はそんなことないだろう、というのはいつの時代でも言われている事であり、どれだけ乱れている部分がクローズアップされようが本質はそう変わるものでもない。
ゲームと勉強と妄想でほぼ毎日が完結していた雅臣は言うに及ばない。
言い寄られることこそ多かったが、お断りしかしたことのない凜子も花鹿もそういう方面では雅臣とどんぐりの背比べである。
つまり、どうしていいかわからない。
「学校の制服を着てデートもないでしょう?」というすまし顔のアルの言葉には一理あると思ったので、用意してもらった服に着替えている。
三人ともサイズがぴったりなことはもちろんだが、好みもきちんと反映されていることに感心するやらあきれるやらである。
アルたちの調査能力というものは、一時間もあればただの一般人の指摘情報など丸裸にすることが可能らしい。
夏待ち月一歩手前のこの時期にあった、三人とも行き過ぎていない小ざっぱりした格好である。
『トリスメギストスの几上迷宮』から帰還した後は不要になったので眼鏡をしていない雅臣のために、きちんと伊達メガネまで用意されていた。
清楚系ではあるものの、凜子のものは胸を、花鹿のものは脚を強調というか、アピールできるようなデザインになっているのはアルからの応援か、二人の好みを反映したものか。
複数用意されていた中から、凜子と花鹿自身が選んだのであるからには後者であるはずだ。
だが複数の候補すべてがその方向性であり、日頃は要らん注目を集めたくないがゆえにその部分が目立たない服を選んでいる二人であることを鑑みれば前者か。
日頃目立たない服を意識して選んでいるということは、自信があるということの裏返しでもあろうが。
『迷宮』でするべきことを可及的速やかに実行する、という決定には三人とも否やはない。
だがそれは雅臣にとっては自分の家にとびっきりの美少女二人を連れてゆくことであり、凜子と花鹿にとっては気になる男の子の家――部屋に上がり込むことを意味する。
凜子などは一度素っ裸でその部屋に現れているのだが、あらためてとなるとやはり敷居は高いものらしい。
――い、いきなりお部屋に行くのって普通なのかな?
――恋愛小説でもあまり見ないパターン。
表情ではにこにこしながら凜子と花鹿はそんなことを考えている。
漫画的表現であれば頭の中と瞳の中がくるくるしているというあれだ。
いや、二人はまず何のために雅臣の部屋に行くのか、それが「普通」とか「恋愛小説でよくあるパターン」に当てはまるのかを考えてみた方がよい。
どれだけ規格外の力を手に入れたとしても、ベースはやはり普通の女子高生なのだ。
いや普通とはちょっと違うが。
二人に挟まれて街を歩く雅臣に至ってはそれどころではない。
頭と瞳をくるくるさせながらでも、いやそうなっているからなのか、凜子は左側、花鹿は右側で当たり前のように雅臣の腕をとっている。
腕を組んでいるというものではない。
雅臣の腕を自分の両手で抱え込んでいるような状況だ。
――近い! いい匂い!! やわらかい!!!
下手をすれば家までの道すら間違いかねない状況である。
それに人の視線を集めてしまうことにわりと慣れている女性陣二人とは違い、雅臣はそんな状況に置かれた経験など皆無だ。
――休日の昼下がり、美少女二人を左右に侍らしてさえない男が街を歩いていればそりゃ注目も集めるよな……
雅臣の常に冷静な部分がそんなことを考えているが、実際は違う。
証拠にこのリア充を練って固めたような様子の三人をちら見しているのは、女性の比率が圧倒的に高い。
雅臣を見ているのだ。
雅臣の判断とは真逆の、「あんな人なら美女二人を侍らせていても不思議じゃないよね」というような感想で。
『トリスメギストスの几上迷宮』を経由して雅臣の体に完全に反映された各種ステータスは、その数値の高さ通りの結果を現し始めている。
ちなみに男の場合、雅臣がかっこよかろうが悪かろうが、凜子と花鹿に対する「いい女だなー」という感想の後に、「地獄に落ちればいいのに」という点で一致している。
男には「ただしイケメンに限る」は通用しないのだ。
いや逆の意味――「イケメンゆえに許されない」という点では適用されるのかもしれないが。
ともあれ三人が三人ともそうは見せずに、頭と瞳をくるくるさせながら雅臣の家へと移動中というわけだ。
余裕がないためアルから渡されたカードを使ってみるどころか、ウィンドウショッピングを楽しむ余裕もありはしない。
普通であれば三人という特殊な状況とはいえ、デートと呼んで差し支えないものだろう。
お互いにくからず思っているのであれば尚のことそうだ。
ただし雅臣は妄想で架空VRゲーム――存在しないフルダイブ型ゲームであるとはいえ、いっそ異世界などを妄想せずにゲームなところが救い難い――のパーティーメンバーとしていた二人。
凜子は気にはなっていたとはいえ、今朝までまともに口をきいたこともなかった。
花鹿は成績優秀者として興味を持っていただけ。
そんな三人であれば、デート未満と呼ぶのも本来はおこがましいものだ。
文字通り、一緒に歩いているだけといった方がはるかに相応しい。
凜子がかろうじて「デート」未満を主張することができるくらいか。
周りからはとてもそうは見えないほど、親密な空気が支配しているのではあるが。
ちなみにほぼいっぱいいっぱいな雅臣とは違い、凜子と花鹿は心理水面下で要らん攻防を繰り返している。
現在凜子の武器である強調された胸は、腕を抱え込むという状況においては相当の破壊力を発揮可能だ。
一方並んで歩く花鹿の武器である脚は、この状況ではその潜在力を発揮するのは不可能に近い。
歩きながら足を絡めたりしたら痴女の所業だし、そもそもこける。
現状優位に立つ凜子はさすがに恥ずかしくて押し付けることまではできないが、軽くあてる程度はレッドブル・クリフダイビングに参加する思いでやっては見ている。
効果は覿面だ!
男などというものは悲しい生き物であり、そういったアプローチに無反応でいることなどできはしない。
経験値も皆無の雅臣であれば、すべてに反応を返すフラワーロックのようなもの。
それを表情にこそ出さねど、「ぐぬぬ」と手をこまねいているしかできないのが花鹿だ。
本来凜子も花鹿も、こんな大胆な性格をしているわけではない。
特殊な状況に突然巻き込まれたこと。
雅臣と急に距離が近づいたこと。
いろいろ要因はあろうが、暴走に限りなく近い大胆な行動に走らせている原因はお互い、「恋敵」の存在だ。
ハーレムでもいいや、などと最初から思える女の子などいない。
どれだけ好きでも「自分だけのものにならないなら要らない!」と言い放てる女の子の方が多いくらいだろう。
故に浮気は修羅場を呼ぶのだ。
ともあれ現在のところ一方的なリードを奪われている(と思っている)花鹿は心中穏やかではない。
――私も社君の家につきさえすれば……
そこまで考えてハタと素になる。
確かに街中で腕を組んで歩くという状況では、花鹿の武器は使いようがない。
脚では「あててんのよ」は不可能なのだ。
凜子の圧倒的な武器に蹂躙を赦している状況なのは間違いない。
だったら戦場が変わったとして、どう使うつもりだというのかという話だ。
まさか踏むわけにもいくまい。
それで雅臣が喜ぶのであればそうすることも吝かではないが、賭けに踏み切るにはあまりにもリスクが高い。
素で引かれでもしたら、もうお嫁にいけない。
絡ませるだなんだのはまだ早すぎるし、とても自分にできるとも思えない花鹿である。
――脚って、見せるしか使いようがない。
不覚! などと思っている花鹿だが、そういう意味では凜子もそう変わらない。
凜子の武器とてそう汎用性の高いものではなく、本来の破壊力をいかんなく発揮しようとするのであれば、花鹿と同じく覚悟が必要だ。
大体今雅臣が慌てふためいているのは「胸の感触が!」ということにであって、凜子のだからという意味あいはまだ薄い。
凜子も花鹿も、欲しいのは雅臣が「自分にだからそういう貌を見せてくれる」ということであって、思春期の男であれば誰が相手でも見せてしまう反応ではない。
雅臣と変わらない経験値しか持たない凜子も花鹿も、まだそういう自分の本当の気持ちにたどり着けていないから、わかりやすい行動に出てしまっている。
二人がそういう自分の気持ちに気付くのは、もう少し先である。
長い戦闘においては僅かなものとはいえ、今のところ凜子の無双を放置するしかない状況で三人は歩を進める。
「ヨウヨウ、ニイチャン! イイオンナ、ハベラシテンジャネーカ?」
突然正面から、筋骨隆々という表現がぴったりな黒人二人が、いかにも外人が話す日本語というイントネーションで雅臣たちに絡んでくる。
まさしくお約束展開。
雅臣をヒョロい学生とみて、いい女二人を連れていることが気に食わなくて絡むやられ役。
実際の雅臣は見た目からはとても予測できない実力を持っていて、あっさりと叩きのめしてさすごしゅ……もとい「すごい!」とされる定番のパターンだ。
だが。
「あ、こういうのいいんで。アルに言っておいてください。せっかくの休日なのに申し訳ありません」
「あ、そっスか」
「うすうす、いくらなんでもこれはないって思ってたんスよ、自分も」
凄まれた雅臣はどこかウンザリしたような表情を一瞬浮かべた後、本当に申し訳なさそうに黒人二人――合衆国の軍人に対して、「お約束」は要らないと告げる。
あっさりアルの名前を出されたことで、軍人二人もばつが悪そうにしている。
言葉も素になれば流暢な日本語である。
リア充(仮)がいきなり強面に絡まれたことでハラハラしていた周囲の群衆たちも、雅臣の左右にいる凜子と花鹿も訳が分からない。
絡まれた瞬間は、さすがに怖くて固まったのだ。
「合衆国の軍人さんたちです。アルに頼まれて、ちょっとしたサプライズを仕掛けてくれたみたいですが、僕はそういうの苦手なので……」
凜子と花鹿に「お約束」の説明をするなど真っ平御免だ。
そのお約束で得られる凜子と花鹿からの賞賛を、自分が望んでいたのだと思われると想定したら顔から火が出る。
……望んでいない訳ではないのだが。
「ど、どうしてわかったの?」
「不思議」
「自分もそれは気になります」
「そんなに軍人丸出しでしたか、自分らは」
凜子、花鹿の疑問に続いて、軍人二人も同じ質問を雅臣に投げかける。
どうしてもこうしても、今の雅臣の目は必要に応じて必要な情報を表示する便利なものに変じてしまっている。
伊達メガネをかけたところで、その力が失われるはずもない。
視界に入った瞬間から、ご丁寧に「アルに命令されてやられ役をやらされた、本来本日休日の不幸なブライアン・バクリー中尉」「同カーティス・カニング少尉」という長い表示がされていたのだ。
とはいえそんなことを説明するわけにもいかない。
何となれば凜子と花鹿の状況も、説明付で見られるようになってしまうかもしれないのだ。
今のところはまだ無事だが。
「……勘です……」
苦し紛れの言い訳に、凜子と花鹿ばかりか中尉と少尉にも感心されてしまったが、いたたまれないことこの上ない雅臣である。
「見抜かれた自分たちが言うことではないかもしれませんが」
そう言ってブライアン・バクリー中尉が、部下であるカーティス・カニング少尉にちらりと視線を送る。
少尉はその視線に頷き、踵を鳴らして直立不動の姿勢をとる。
「失礼します! 自分たちは幸い仕込みでしたが、皆様の様子は素で絡んでくる不埒者がいてもやむなしと判断できるほどのものです。できればご自重ください!」
そういって二人、ビシリと敬礼して去ってゆく。
残された雅臣と、その指摘を受けた凜子と花鹿はいたたまれないどころではない。
素になれば、ついさっきまでの自分たちが如何にハシタナカッタかを思い知るのだ。
常の自分たちであれば、自分たちこそ眉を潜める所業であったことを認めざるを得ない。
汗顔の至り、というやつだ。
あっけにとられていた群衆が、少尉の発言を聞いてくすくす笑っていることがそれに拍車をかける。
こうして胸vs脚の戦いは、勝者なきまま幕を閉じた。
そこから雅臣の家まで、うなだれるようにして移動する『適格者』とその『従者』二人である。
だが胸vs脚の戦いはまだ終わらない。
この後その主戦場を迷宮に移し、主として過激なデザインの装備品をもって、その長い長い戦いを続けていくことになる。
その戦いはやがて、尻だの足首だの背中だのを加えた五つ巴の混沌としたものになってゆく。
その戦いはある意味において、雅臣にとっては『トリスメギストスの几上迷宮』の完全攻略と伍するほどの厳しい戦いとなるだろう。
次話 需要と供給
2/25投稿予定です。
次話より第三章に入ります。
読んでいただけると嬉しです。




