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第20話 盾と剣とその主

「ええと。磐坐さんも春日先輩もゲームに詳しい……ハズないですよね」


 凜子と花鹿が二人とも、何とも返答に困る質問を雅臣は口にする。


 凜子は雅臣のことを調べる過程で知った「ゲーム好き」の情報に従ってそれなりに詳しくなっているのが真実だが、「詳しいよ!」とは言い難い。


 恥ずかしいとかそういうことではなく、雅臣が「ゲームに詳しい女子」なるものを同好の士として好ましいと思うのか、逆にちょっと引かれるのかがわからないからだ。


 確かにオタク系には自分のことを棚に上げて、オタクを拒否する者もなかにはいる。

 周囲に自身がオタクであることを隠蔽している者にその傾向は強いかもしれない。

 ※あくまでも凜子の偏見であり、世間一般の現実ではないことを此処におことわり(以下略


 超が付く優等生である雅臣が「ゲームオタク」であることを知る者は少なく――それは友達が少ないからという理由なのだが――雅臣が隠しているという可能性を凜子は考慮しているのだ。


 ――さっきの「おさらい」でも、説明するのをかなり躊躇していたし……


 それはゲーム好きが高じて一歩踏み込んだ「妄想」について説明せねばならない可能性に対して脂汗をかいていたからであって、雅臣は自分がゲーム好きだということを特に何とも思っていないし隠す気もないのだが。


 一方の花鹿は本当にゲームには全く詳しくないが、逆に雅臣が「ゲーム好き」と知った今では「全く知らんし興味もない」とも言い難いようだ。


 お互い()()()()がいる以上、より慎重になってしまうのは「気になる異性」がいる女子高生としては当然のことなのかもしれない。


 また雅臣ならずとも男子が「仲の悪い女子二人」と一緒にいることに嫌気がさすことくらいは二人とも理解できるので、無駄に空気を悪くすることは止めている。

 お互いに恋敵(ライバル)未満同士である以上、対抗心などで雅臣に嫌われてしまっては元も子もない、というか本末転倒だ。


 男という生き物が、女の子同士できゃっきゃしているのをなぜか好むということを本能的に理解しているのも、女という生き物なのだ。


 もともと嫌いあうほどの距離にいなかった凜子と花鹿である。

 仲良くした方が得、という身もふたもない理由が最初であっても、本当に仲良くなれるのであればきっかけは何でもよい。


 雅臣のCHRについても、同じなのかもしれない。


 何がきっかけで好きになるかよりも、好意をもって重ねた時間の方が大事。

 好意が深まることもあれば冷めることもあるのだから、きっかけは勘違いでも、思い込みでも――『ステータス』によって書き換えられた価値観であっても同じ。


 だが嫌うことすら許さぬ強制力がCHRにあるのであれば、それはある種の洗脳と同じだともいえる。それどころではないとなれば魂の蹂躙だが――


「僕が一番詳しいと思うので、僕なりの意見をまず述べさせていただきます……」


 曰く言い難い表情をする凜子と花鹿を見て、雅臣はやや落ち込む。


 昔に比べて「オタク」は存在を認められる、というか許されるようになってはきたものの、本質的には「異質なもの」と見做されていることに変わりはないのだ。


 いっそマスコミをはじめとする、資本主義経済のルールに従っている連中の方がわかりやすい。

 曰く、「オタク層をメイン顧客にしている強力なスポンサー」が増えてきた昨今、その利益に沿わぬ叩きやいじりはしなくなってきている。

 御意見番()やコメンテーター()などが時流を読めずにしたり顔でこき下ろすことはまだまだなくなりはしないが。


 だが思春期ど真ん中の年齢層において、やはりオタクはまだまだ異質なのだ。

「俺も結構オタクだぜ?」などと自称するリア充層は、オタクの本質などおそらく理解していない。

 まあ本質などというものは、本物のオタクであってもわかるものでもないのだが。


 とはいえ雅臣、凜子、花鹿の三人の中で一番ゲームに詳しく、直面している異常事態に対応可能なのが雅臣であることに間違いはない。


 よって雅臣の発言に、凜子と花鹿はうんうんと頷いている。


「ソロ……単独ではなく、複数での攻略を前提とされている以上、重要になってくるのは役割分担です。これを見てください」


 雅臣が『ステータス画面』を空中に表示させ、拡大する。


 考えてみれば眼鏡PC(グラス・コンピュータ)を装備しているわけでもないのに、そんなことが可能だという一点だけで魔法、あるいは超技術(オーバーテクノロジー)というに足る。


 とはいえ対面にいては雅臣の広げた画面を見ることができないので、凜子と花鹿が雅臣の隣に来て画面を覗き込むことになる。


 凜子が左で、花鹿が右。


 二人とも何食わぬ顔で雅臣を挟んではいるものの、二人本来の対人距離感(パーソナルスペース)からすれば「ちかいちかいちかい!」と内心で警報音(アラーム)が盛大になっている。


 満員の電車やエレベーターでもあるまいに、なぜにこんな広い会議室の片隅で密着せねばならぬのか。


 だからと言って凜子にとっては花鹿が、花鹿にとっては凜子がその距離までつめている以上、引くという選択肢は存在しない。


 それで最も被害、あるいは恩恵を受けているのは雅臣なわけだが。


 ――なんかいい匂いがする。


 変態である。だがやむなし。

 なんとなれば胸が当たるくらい密着されていれば脳の何割かはそのことで占有されるのが男の子というものだ。

 もっともその圧力は左側からだけであり、右側には感じない。


 美女二人に密着されたことにより心拍数を上昇させながらも、雅臣が説明を続ける。


「今表示されているのが僕の『ステータス画面』。いわば現状の性能表です」


 そう言いながら視線と意志でスキル取得画面を積層で表示させる。

 もはやかなり慣れてきて、手で操作をする必要すらもなくなりつつある。

 いろいろ試行錯誤の最中ではあるが、戦闘中などにも急な操作を必要とされる場面は想定しておくべきだと雅臣は思っていて、そういう操作法に慣れようとしているのだ。


「STR、DEX、VIT、AGI、INT、MNDのステータスそれぞれに、スキル――技とか強化要素と考えてくれればいいです――がぶら下がっているのがわかりますよね?」


 凜子も花鹿も僅かに赤面しながらうんうんと頷く。


 さすがに二人とも今の密着ぶりが照れくさくはあるのだが、今赤面しているのはあまりにも精巧なアバター表示――今は雅臣のもの――に動揺しているからだ。


 ――私の画面にすると、私の全身がこの精密さで表示されるの!?

 

 本来なら嫌悪感を示すべきところでなぜか嬉しそうにしている凜子。

 意外とM気質なのかもしれない。


 ――胸がないのがバレる。


 いやそれははじめからバレている。

 ほとんど表情を変えないままに、内心けっこう戦慄している花鹿。


 今は本人と同様、登美ケ丘学園の制服を着ている雅臣のアバターだが、雅臣がその気になれば一瞬で裸にすることも可能となれば動揺もする。

 もっとも雅臣がそうすれば本人も裸にさせられてしまうので、アバターどころの騒ぎではないのだが。


「見ての通り、レベル3――序盤と言っていい今でもこれだけのスキルが存在します。スキルの開放はレベル上昇に伴う各ステータス値の上昇によってです。これはレベル3になるまでの間に実証済みです」


 凜子と花鹿のそんな思いには気付かずに雅臣は説明を進める。


 ゲーム好きは好きなゲームのシステムを語るのが好きなのだ。

 そうしているうちに集中し、些事はどうでもよくなってきたりもする。

 早口になったりもするのでそこは注意するべきではあろうが。


「問題はこれだけの数のスキルを、一人ですべて取得するのは不可能だということです。それにツリー式になっていて、まず最初のスキルを取得しておかなければそのツリーにつながる上位スキルを取得することも不可能になります。その上ツリーが分岐する可能性もある……」


「それに、一人が装備? できるスキルの数にも限りがあるよね?」


 凜子のその言葉に、我が意を得たりとばかりに笑顔を浮かべる雅臣。

 多くの人には引かれるリアクションなのであろうが、それで凜子は嬉しそうなのだから世話はない。


「そうです! だからこそ――」


「最初の役割分担と、それを見据えたスキル取得が重要」


 今度は花鹿が、正確に雅臣の言わんとするところを理解していることを言葉で示す。


 どうやって説明したものか結構本気で悩んでいた雅臣は、正直意外なほどの二人の理解の速さになんだかうれしくなってきている。

 

 気に入ったゲームを仲間と話すのは楽しいのだ。

 その相手が美少女二人で、理解を示してくれるとなればさぞや楽しかろう。

 

 その上この三人で、これ以上ないくらいリアル――という表現もどうかと思うが――そのゲームではないが迷宮にこの後挑むのだ。

 危険性を鑑みても、ゲーマーだなんだではなく男の子であれば胸が躍る。


 もともと頭のいい二人である。

 きちんと興味を持って真剣に説明を聞けば、ある程度のことは即理解可能なのだ。


「――そのとおり」


 嬉しそうにしている雅臣を見て、花鹿もめったに浮かべぬ笑顔を浮かべる。


 雅臣と凜子は今まで花鹿とそう接点がなかったからその希少性には気付かない。

 花鹿が男の子との会話で先の表情を浮かべるところを見たら、付き合いの長い友人などはびっくりするどころか、それだけで花鹿がその男の子――雅臣をどう思っているかを正確に当てることだろう。


 このとき二人の頭の中に、『15対15(フィフティ・オール)』のコールが聞こえていたかどうかは不明だが。


「それで、社君はどんな役割分担を構想しているの?」


「聞かせて」


 聞いて理解はできるが、何が一番有効なのかを模索、構築する能力は今の凜子にも花鹿にもない。

 専門家(笑)である雅臣にそれを聞き、きちんと理解し、疑問点があれば明確にして自分の『役割』を納得しておくことは重要だ。


 どうやら命がけの可能性もある『迷宮(ダンジョン)探索』における生命線に関わる話だ。

 凜子も花鹿もただ色ボケているだけではないし、正確に雅臣の意図を理解することこそが、雅臣の好感度()を上げることにもなると理解している。


「まず必須なのは盾と剣。パーティーのフルメンバーは6名ですから、最終的にはそれに加えて魔法特化、支援特化、特殊特化を考えています」


 なんとなく言葉の意味は分かる。


 それぞれに特化することによって有効なスキルの多くを網羅し、それが有効な敵にあわせてその特化職を軸に戦闘を組み立てるのが雅臣の計画なのだろう。


 まず必須となるのが攻防の要となる『盾と剣』というのは二人にも納得できる話だ。


 盾――あらゆる敵の攻撃を防ぐ、あるいは軽減し、己に集中させることによって残りのメンバーが自在に動けるようにする戦闘の要。これが機能しなければ短期決戦はまだしも中・長期戦を組み立てることが不可能になる。


 剣――最大の攻撃力をもって敵を殲滅する主役を担う。どれだけ強固な盾を誇っても、倒しきれなければパーティーはじり貧となる。魔法系が有効、あるいは魔法しか通らない相手には魔法特化がその役になることもあるが、多くの場面では攻撃の要である。


 この二つが揃ってさえいれば、序盤で苦労することがないというのはゲームでのお約束の一つではある。


 だがこの雅臣の説明を聞いて凜子と花鹿が思ったのは別のことだった。


 ――あと三人()増えるの!?×2


 その三人が誰なのかなかなかに悩ましい二人だが、今はそんなことを聞くときでもなければ、雅臣が「選ぶ」候補を問いただす立場でもない。


 まずは一番目と二番目に自分が選ばれたことで良しとしようとする二人である。


「――だったら私は盾役がいいな。仲間を護る役だよね?」


「なら私には剣を任せて。仲間の敵を可能な限りはやく倒す役」


 二人とも、「社君を」「社君の」とは言わない。


 言わないが凜子は雅臣を護ることが、花鹿は雅臣の敵を倒すことが自分には合っている――()()()()()――となぜか思ったのだ。


 雅臣の妄想と一致しているのは偶然か。

 あまりに都合のいい展開にふとそんなことが雅臣の頭をよぎるが、だったら今どうするんだという、具体的なものは何もない。

 

 よって雅臣は話を前に進める。


「あれ? でも全員で六人だと一人余るよ?」


「5人でフルメンバー?」


 凜子と花鹿がもっともな疑問を投げかける。


 雅臣は6人でフルメンバーと言っておきながら、(タンク)(アタッカー)魔法特化(ヌーカー)支援特化(バフデバフ)特殊特化(敵スキルや召喚)と提示している役割は5つである。


 足りないものは――


「六人目は僕です。回復特化(ヒーラー)を軸に、よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏をあえて目指そうかと思っています」


 当然その理由も説明する。


『トリスメギストスの几上迷宮』は雅臣の見たところ、一人一人がプレイヤーであるMMO系ではなく、プレイヤーは雅臣たった一人であるいわゆるオフゲベースで構築されているであろうこと。


 その手のゲームではプレイヤー=主人公は優遇されている場合が多いこと。


 ――実際、同レベル帯における雅臣のステータス値、スキルセット値、スキル取得値は優遇されているとしか思えない。


 そしてそういう場合、NPCであれば器用貧乏になってしまう場合でも、プレイヤーキャラであれば万能、そこまでいかなくともマルチ職が成立しやすいということ。


 それにあえて説明はしなかったが、ゲームではなく現実ともなればもっとも重圧(プレッシャー)がかかるであろう『回復役(ヒーラー)』は、自分がするべきだと思ったのだ。

 ミスれば自分ではなく仲間が倒れる回復役は、MMOであっても相当の重圧(プレッシャー)がかかる役割だった。


 少なくとも雅臣にとっては。


 それに単独(ソロ)複数(パーティー)か判然としなかったスキル構築時に、そういう構築(ビルド)をしてしまっているという事実もある。


「軸足はあくまでも回復に置きながら、特化役(みんな)では手の届かないスキルの補完をしたり、パーティー全体の底上げをできるスキル構築をしようかなと……すいません、男のくせに前衛希望ではなくて」


 雅臣とて本来は攻撃役(アタッカー)が好みなのだ。

 もしくは魔法特化(ヌーカー)か。


 そこまでやるかというくらいカリカリに特化した、「ミスれば即死ですが何か?」という紙装甲攻撃力特化が大好物。

 それをプレイヤースキルでぶん回すのが最高に楽しい。


 だがこういう事態ではそうも言っていられない。

 一番手慣れた自分が、一番パーティーを俯瞰できる位置に居るべきだと考えているのだ。


 捉えようによっては、自分だけ安全な位置に居ようとしていると思われるかもしれないことは百も承知で。


 だが雅臣のどこかばつが悪そうな説明を聞いた凜子と花鹿は、なるほどと素直に納得してくれた。


「社君が回復役やってくれるなら、安心して盾役に集中できるね!」


「指揮官も似合うと思う」


 二人の全面的な肯定と信頼がくすぐったいが、それだけに責任重大だとも雅臣は思う。

 全面的な信頼を得るということは、自分の判断ミスでパーティー全体を危機に晒す。


 改めてそのことを肝に銘じる雅臣である。


 雅臣の説明を聞いて、凜子も花鹿も思ったのだ。

 奇しくも雅臣の左にいるのが凜子、右にいるのが花鹿である。


 ――私は盾。


 ――私は剣。


 その『主』は雅臣なのだと。




 三人の役割分担が決まり、まずは花鹿を最低でもレベル3まで引き上げることを三人で決定する。

 善は急げというわけでもなかろうが、これから雅臣の部屋へ行ってまずはそこまで進めるということとあいなった。


 ゴールデンウィークという、三人が集まりやすい状況を利用してできる限り攻略を進めようという判断だ。


 だが()()()打ち合わせ完了とほぼ同時に姿を現したアルの「送るよ」の申し出は、凜子と花鹿が一致団結して丁寧に辞退申し上げた。


 雅臣は送ってもらいたそうではあったが。


 アルの望みと三人の判断が一致したからには、凜子も花鹿も攻略を急ぐことに異論はない。


 だがアル本人も言った通り、雅臣の部屋までの道中をデート未満として楽しむくらいは許されるだろうと思ったのだ。


次話 這い寄る終焉

2/23投稿予定です。

閑話となります。


読んでいただけると嬉しいです。


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