第13話 有資格者
有資格者。
『トリスメギストスの几上迷宮』の所有者となり、それを介して『力』を手にする資格を得たものをそう呼ぶ。
その呼称を知る者すら、今はこちらの世界を統べる立場の、数少ない人間のみ。
その存在が明確な記録として残っているのは、意外にも最近からである。
記録に残る最初の一人。
第一次世界大戦後から、第二次世界大戦にかけてのごく短い期間。
第一次世界大戦からは文字通り桁違いの死者を出した第二次世界大戦の裏側に、『トリスメギストスの几上迷宮』の所有者――有資格者が大きくかかわっていた事実を知る者は少ない。
近代兵器による戦闘の大規模化、それに伴う犠牲の増大の裏側で、そんな事態を上回る世界を賭けた戦いがあったのだ。
「あの時は大変だったよ。よくもまああっちの世界に追い込むことができたものだと今でも思う」
感慨深げに語るアル。
「いやちょっと待て、なんで当事者みたいな話し方なんだアル君」
「おっと」
「いや、おっとじゃなくて」
雅臣のツッコミを無視してアルは話を続ける。
『世界の天秤を保つ者』と呼称された当時世界に13人しか存在しなかった『超能力者』が、それぞれの所属する国家の枠を超え協力して何とか『トリスメギストスの几上迷宮』へ有資格者を追い詰めることができたのだ。
その過程で13人の『世界の天秤を保つ者』は3人にまでその人数を減らした。
それでも有資格者が迷宮でそれ以上の力を得て現世に帰還すれば、なすすべもなく蹂躙されることになるだろうと覚悟せざるを得なかった。
だが記録に残る最初の有資格者はそのまま二度と帰還することはなく、その後これ以上ないくらい厳重に保管されていた『トリスメギストスの几上迷宮』はいつの間にか忽然と消えてしまった。
それを厳重に保管していた『世界の天秤を保つ者』の生き残りたちはそれを特に不思議とも思わず、自分の力不足を嘆いただけである。
なにしろ世界を混沌に叩き込もうとした有資格者ごと『トリスメギストスの几上迷宮』を地上から消し去ろうとありとあらゆる手段がとられたが、すべて無為に終わった事実を思い知っていたからである。
銃弾や爆弾、最終的には核。
生き残った『世界の天秤を保つ者』三人が全力を出しての『力』による攻撃。
それらすべてをあざ笑うかのように無効化し、もともと置かれていた建物が消滅しても当たり前のように空中でその位置を保った『トリスメギストスの几上迷宮』は、人の手におえぬもの、と言う認識をそれを知る者に与えるには充分であったのだ。
その後『トリスメギストスの几上迷宮』と有資格者の存在は、世界を導く立場に立ったごく少数の者たちにだけ申し伝えられてきた。
『世界の天秤を保つ者』の生き残り三人が作り上げた、いつかまた現れるかもしれない『トリスメギストスの几上迷宮』を監視する組織以外が、その存在を御伽噺程度の認識しか持たなくなった頃。
それは再び、何の脈絡もなくこの世界に現れた。
記録に残る二人目。
経済的成功による我が世の春を謳歌する経済大国日本。
『バブル』とよばれた空前絶後の好景気に浮かれる東洋の島国、そこの何の変哲もない一会社員のもとに『トリスメギストスの几上迷宮』は現れた。
初期こそ『世界の天秤を保つ者』の生き残り三人が作り上げた組織、『天秤を乗せた天秤』の接触で友好的な関係を築けていた記録上二人目の有資格者。
その『蜜月期』に進んだ研究のおかげで、『神化反応』や、その計測器、迷宮で得ることのできる『力』をある程度体系化できたのだ。
だが研究が進めば「御し得る」と勘違いするのが組織、いやその上で支配者気取りでいる人間の性なのかもしれない。
自国の利益のためというお題目に従い、せっかく友好的であった本来人の手におえぬ力を持った存在を、わざわざ自ら敵に回したのだ。
『天秤を乗せた天秤』や、現場の人間の反対を無視して有資格者を己が手駒にしようと画策した当時の日本及びそれを黙認した合衆国は、己の思い上がりをこれ以上ないほど明確な形でくらうことになった。
築き上げたほとんどの知識を、突然認識できなくなるという異常事態。
有資格者の家族、知人を人質にとって何とかなると思っていた上層部と実行部隊の、これ以上ないくらい惨たらしい鏖。
かろうじて残されたのは、理論はまるで理解できなくなったが『神化反応』を計測できる装置が数台と、奇跡的に断片的な記憶を残していた者たちからかき集めた、欠けたピースだらけのパズルの様な知識のみ。
それでもそんな世界と徹底的に敵対することを選ばず、一人目と同じように『トリスメギストスの几上迷宮』内に消えた二人目の有資格者ごと、再び忽然と消えてしまったのだ。
アルが荻野三佐に告げた「運がよかっただけ」というのはこの時のことを指してだ。
そして三人目。
二度目ほどの間をおかず、再び現れた『トリスメギストスの几上迷宮』と、何の変哲もない高校生である有資格者。
それが社 雅臣、ということらしい。
今はもう、「何の変哲もない」とはとても呼べない存在になっているのだが。
まあそれは、今や年齢すら不詳となったアルの説明を信じるのであればだが。
「いやもう大変だったよ。僕は社君の高校へ転入することになったし、二回連続日本に現れるとは思っていなかった『天秤を乗せた天秤』は組織のリソースを日本に集中させるのに大わらわだったし、社君がのんびり一ヶ月かけてくれたおかげで何とかなったけど」
そんなこと言われても知らんがな、としか言いようのないことをやれやれと言わんばかりの口調で語るアル。
だがそれに対する雅臣の反応は、アルの予想とは違うものであった。
「いやだからアル君、実際は何歳なんだよ?」
「え、僕の話を聞いて最初に拘るのそこなの?」
軽い口調ではあったし、かなりはしょりもしたのは事実である。
だが『隠された世界の秘密』を語って後の最初に質問がそれとは、永い時を生きたアルにとってもさすがに予想の斜め上であったらしい。
「年上相手に同級生に対する態度をとるのは居心地が悪いんだ」
その言葉に、黙って話を聞いていた凜子も首を縦に振っている。
――意外と似た者コンビなのかもしれないね、この二人。
その様子をみて思わず笑ってしまうアル。
「せっかく知人になれたのにつれないなあ」
ずうずうしく『友人』と言わない距離感が、わりとめんどくさい雅臣とあっさり仲良くなれた理由なのかもしれない。
それも見た目とは違う『年の功』ともなればむべなるかな。
最初の有資格者の頃から、いやそれ以前から『世界の天秤を保つ者』の一人として生きていたのだとすれば、雅臣がどれだけめんどくさかろうが孫みたいなものである。
そんな存在が今現在どうして『天秤を乗せた天秤』ではなく合衆国所属なのかは謎ではあるが。
「いやそういうことじゃなくて」
どうやら雅臣にとって、そこは譲れぬ部分であるらしい。
アルとしても絶対に敵対したくない相手のそういう部分を尊重することに否やはない。
だが短い付き合いながらも「彼が三人目でよかった」と思えた雅臣によそよそしい態度を取られるのはどうやら本気で嫌らしい。
雅臣が知るべくもないが、最古の『超能力者』の一人『万能』、アルヴィン・ド・ヴォルカンが他人にここまで興味を示す――懐くのは非常に珍しいことなのである。
「僕は『力』の信奉者なんだ。だから僕の『力』を歯牙にもかけない相手に丁寧な態度を取られるのは尻のすわりが悪い。お互いさまってことで、今まで通りタメ口じゃダメかな?」
「反論しにくい言い回しだね」
お互いが譲れぬ部分を尊重するとしたら、対等な立場というところが落としどころとなる。
そういう言い方をされれば雅臣としても我を通しにくくなる。
凜子は「私はそうじゃないから丁寧にお話ししよう」と心の中で思っている。
「社君は話の通りがよくて助かるよ」
「ってことは、ほんとうにずっと年上なんだなアル君は」
「そこは明言しないのが粋ってものだよ社君」
そういってからから笑うアルは、ある意味雅臣よりもよっぽど高校生らしい。
「役を演じる」という点においてアルは、ゲーム上での雅臣と同等、あるいはそれ以上に手慣れているのかもしれない。
「というわけで僕や合衆国、『天秤を乗せた天秤』は社君とは敵対するつもりはまったくない。その証拠というわけじゃないけれど、ポーチの中にあるカードを入れておいた。現実で生きていくのにはあって困るものじゃないと思うよ」
「なんとなくどんなカードなのかの予想はつくけど、その代償は?」
「――社君が、世界に敵対しないでいてくれること」
雅臣の質問に、それまでのどこかふざけた様な空気を一変させてアルが真剣な表情で雅臣に告げる。
「今のところそれ以上は求めるつもりはないんだ。こちらから過度な干渉をするつもりもね。社君が必要だと思ったら僕を呼んでくれればいい。その時は及ばずながらできる限りの協力をさせてもらうよ。ささやかな代償くらいは要求させてもらうかもしれないけどね」
その後につなげた言葉は元の雰囲気に戻ってはいるが、雅臣が「冗談ごとではないんだな」と理解するには充分な会話ではあった。
「あ、やっと来たみたいだね」
ふと教室の窓の外に視線を投げたアルの言葉と同時に、キン という済んだ音とともに教室の空気――いやこのあたり一帯の空気が変化する。
「これは日本お得意の『結界術』だね。どうやら日本は前回の反省を生かすつもりはないらしい」
「なんかもう、僕が創作の世界で親しんでいた『異能』は一通り実在するんだって思った方がいいみたいだな」
「今の状況よりもそっちの方が気になるのかい? 社君はすごいね」
「まあ展開としては、ありがちともいえるしなあ」
雅臣――三人目の有資格者確保、あるいは排除しようとして日本の一部が行動を起こしたのだろうということくらいはそういう創作に親しんでいた者には理解できる。
それが日本全体の総意ではないだろうということも。
「一部の日本人のそういうところには感心するやらあきれるやらだよ。……頼めた義理じゃないし、頼む義理もないんだけれど、できれば手加減してやってくれないかな。社君の逆鱗に触れないように、磐坐さんの安全は僕が保証しよう」
アルは本物の『超能力者』だ。
そのアルが保証するからには負かしてもいいだろうし、信用できないというのであれば雅臣が守ればいいだけだ。
恐らくだが、第一階層のボスよりも手強いということもあるまいと雅臣は判断している。
両親や友人たちも、アルの背後が保護してくれていると期待してもいいだろう。
二人目の結果を知る日本であれば、人質に取ったとしても害してしまっては元も子もないということくらいは理解できているだろう。
あるいはアルの介入によって、決定的に取り返しのつかないことにはならない保障の上での「証明」のための行動でさえあるかもしれない。
「あっさり倒されて拘束されるかもよ?」
「――それはない」
それを理解したうえで、とりあえずかかる火の粉であれば振り払おうかと思う雅臣である。
ふざけた調子で、ありがちな仮定を口にすると真顔で否定されたが
「相手は日本が誇る近代兵器と『術式』を融合させた虎の子部隊だ。三人目の有資格者――いや『最初の適格者』の力を見せてあげるといいよ。……日本で社君たちが生きていきやすくするためには丁度いいと思うよ?」
「他人事だなあ……」
チュートリアル以下の軽さで「やっっちまいな!」と語るアルに、あきれ顔で雅臣が答える。
「社君、頑張って!」
だがそれに重なるようにかけられた凜子の応援に、やる気を出しているようでは世話はない。
いろいろと迷宮で「普通の感覚」というものを喪失してしまったのかもしれない、雅臣も、凜子も。
「社君の物語のヒロインには負けるよ」
ため息交じりのアルのコメントに、二人そろって反論の余地はない。
そんな状況でもあるまいに、ラブコメのワンシーンのように赤面している場合でもなかろうに。
表の存在であれば、苦も無く一軍ですら葬り去る部隊との戦闘を前にして、はなはだ緊張感に欠ける三人ではある。
雅臣の現世での、最初の無双が始まろうとしている。
ちょっと、いやかなり変わった観客二人の前で。
次話 実証戦闘開始
2/16投稿予定です。
読んでくださるとうれしいです。
読んでくださる方が増えてくるとものすごくうれしい半面、ものすごく緊張してきます。
何とか期待に沿えるよう頑張ります
よろしくお願いします。




