第12話 教室にて
早朝の学校。
雅臣が毎日通っている教室。
ゴールデンウィーク初日と言えば夏待ち月にはまだ少し早い。
日が昇り切れば過ごしやすい時期ではあるが、早朝であれば肌寒さを感じるのはごく普通のことだ。
山を切り開いた場所にある登美ケ丘学園の早朝はしんとしている。
周りには住宅街しか存在せず、それともある程度の距離がある。
至近距離にあるのは隣の分譲マンションくらいである。
進学校であるがゆえ、部活は盛んだが「めざせ全国大会!」というようなノリはあまりなく、ゴールデンウィークの初日ともなると朝練をやっている部はないようだ。
今日の天気は快晴で、教室の窓から朝の光が射し込んでいる。
「なんというか、背徳的にも見える組み合わせだね……」
『転移』などという、迷宮での経験をする前の雅臣であれば驚天動地のことをしれっとやって見せたアルの、教室へ来ての最初の一言である。
律儀に雅臣の指示を守っているものか、視線を凜子の方へ向けることはない。
ランニングウェアの雅臣。
純白の高級ダブルスーツに身を包んだアル。
ここまではまあいい。
かなり胡散臭いがまあ良しとしよう。
雅臣のYシャツだけを身に付けた凜子。
これがイケナイ。
確かに雅臣の部屋でも両親がやってくれば拙くはあった。
だがそれはまだ、内輪の問題として処理できる範疇だ。
凜子も協力的ではあろうし、かなり無理のある説明になっても何とかなる。
だが教室に誰か生徒、それどころか教師がやってきたらそれで済むはずもない。
いくら学校一の成績優秀者と、文武両道のお嬢様とはいえ、いやそれゆえに最低でも停学は免れ得ぬ状況とはいえる。
いざとなれば『転移』で自分だけは消え去れるアルは、自分をいないものとしてこの場の感想を述べているようだ。
その発言に直接答えることはせず、雅臣は現実でも普通に呼びだせる『操作画面』を開き、凜子に『ぬののふく』を『装備』させる。
その瞬間、迷宮と同じように凜子が身に付けているものが『ぬののふく』に変化する。
「ひゃ!」
――あ、ちゃんと伝えてから操作するべきだった。
ただでさえ『転移』などという経験を強制的にさせられた直後で目を白黒させていた凜子が、自分を護る盾の如く思っていた雅臣のYシャツを突然没収されたので、思わず声を出したのだ。
雅臣は突然着替えさせたことに驚いたと思ったようだが。
自分がその気になれば凜子を自由に着替えさせられるという事実に思い至り、背徳的な喜びよりも動揺を得てしまう雅臣である。
現実においても雅臣の操作する画面が最優先されるのであれば、極論強制的に全裸にさせることも可能だということだ。
もっとも雅臣がそんなことをするわけもないし、自分の手で脱がすことが愉しいと言えるような経験があるわけでもない。
――魔法少女の変身を実現可能だな……
馬鹿なことを思わず考えてしまうが、それを知られた時に凜子にどんな蔑んだ目で見られるかを想像して妄想を振り払う。
ただ今朝までは妄想すらしていなかった状況に今自分が置かれていることに、改めて戦慄する。
今はもう、当たり前のように操作している『装備』にしたところで、現実ではありえない事なのだ。
ありうべらざる異常事態であることは、今一度認識した方がいいと雅臣は思う。
だがストレージに『磐坐凜子が着た雅臣シャツ』が格納されたのを見て膝から下の力が抜けそうにはなったのだが。
というかこの仕組みを作った存在はどこまで真面目なのだろうか。
部分的にふざけているとしか思えないものがあると思う雅臣。
シリアスになりきれないというか、膝から下の力を抜いてくる仕込みが何気に多いのだ。
やるならもうちょっと徹底してくれと思わなくもない。
トリスメギストス――錬金術というのはそんなに遊び心に溢れていただろうか?
――厨二の魂には溢れていたような気がするけど。
「すごいね、初めて見たよ」
『装備』を見て、アルが素直に驚きの声を上げる。
凜子の方を見ていなかったのに『装備』の瞬間に反応するあたり、視覚以外の何かでこの教室を掌握しているのだろう。
超能力と言われれば、何でもありな気がしてくる雅臣である。
「転移の方がすごくないか?」
雅臣にしてみればゲーム(VRゲームを含む)でそれなりに慣れている現象と言える。
それはまあ現実でそれができるのはすごいと言えばすごいのだろうが、人間三人を一瞬で任意の場所に移動させ得る力の方がずっとすごいと思える。
さっきの件も含めて「これも超能力なんだよ」と言われてしまえば「はあそうですか」としか答えようもない。
「うーん、確かにそう思えるかもしれないけどね。僕……おっと」
「無理する必要はない。アル君と僕のキャラが言葉遣いくらいで被るなんてありえないから」
普通――というには少々無理があるが、特進科への転校生として知人となった際にアルが言っていたことを雅臣が必要ないと止める。
「僕遣い」が雅臣と被るため、止めようと同級生だったアルは言っていたのだ。
――ハリウッド映画に出ていてもおかしくない容姿のアルと、僕のキャラがどうやったら被るっていうんだ。
「そうかい? それじゃあお言葉に甘えようかな。荻野三佐にはキャラが定まってないとか言われそうだけど……話を戻せば、こういうことは僕にもできる」
そういって芝居がかった仕草で指を鳴らし、空中に『登美ケ丘学園』の男子、女子それぞれの制服を突然出現させる。
それはそのまま床に落ちることなく、空中に広げられたままだ。
「これはこういうこともあろうかと、僕が用意していた社君と磐坐さんの制服。アンダーウェアもポーチに入っているから後で着替えればいいと思うよ」
自分はともかく、クラスも違う凜子の制服まで用意できていることに雅臣は疑問を感じたが、今はそれをとやかく問い詰める状況ではないと思いなおす。
アルなら女性のアンダーウェアを買っても奇異な目では見られないのだろうか?
美形というのはそういう摂理をも超えるのだろうか?
馬鹿なことを思わず考える雅臣だが、自分や凜子の個人情報がだだ漏れであることを心配した方がいい。
まあ確かに学校程度でも保有している情報だ。
『超能力』などというとんでもない力を持った存在が所属する組織にとって、入手するのは容易いものだろう。
だが凜子のスリーサイズについてはアルの記憶を失わせようと決めた。
「やっぱりすごいじゃないか」
自身や手元にあるものだけではなく、別の場所にあるものを引き寄せることも可能となればやはりすごいと雅臣は思う。
目の前でそれを見せられて、「すごいじゃないか」程度の反応しかしていない時点で自分もすでに大概だという自覚はあるが。
――確か『引き寄せ』っていうんだっけ? 『転送』と組み合わせれば『装備』と似たことは出来そうだけど……
「そう見える? 物を移動させることは僕にも可能だ。だけどこれを社君にきちんと着せることは僕の力では無理なんだよ。――直接着せてあげることはできるけどね。着せてあげようか?」
「丁重にお断りするよ」
心の底からげんなりした表情で雅臣が答える。
そういう需要があることは一ゲームオタクとして理解しているが、アルはともかく自分とであればまったくそんな需要は満たせまい、と雅臣は思う。
凜子が今の会話で瞳を輝かせていたらどうしようと危惧したが、幸い目を合わせても恥ずかしそうにされただけだったのでその恐れはないだろう。
雅臣も赤面してしまったが。
「磐坐さんには社君が着せてあげるのかい? ……ごめんなさい」
その様子を見てアルが茶々を入れるが、雅臣に本気で睨まれて即謝罪をする。
凜子は何を想像したものか、一人で茹で上がっているようだが。
「まあ今の例えだと、精度の違いくらいに感じるかもしれないけど、今社君が行使している『力』は僕たちのそれとは根本的に違うものなんだよ。その上ずっと強い」
強弱ではなく、種類が違う。
そうアルは言っている。
もっと端的に言えば次元が違うということなのだろう。
「そう言われてもピンとこないな」
「まあそうだよねえ。僕らが『神化反応』と呼んでいる数値があるんだけど、社君のは振りきれてるんだよ、すでに」
「余計わからなくなったぞ」
ただの単語にはなんの意味も説得力もない。
言葉で説明できることではないし、納得できることでもない。
それはアルも雅臣もよく理解している。
ではどうすればいい、という提案ができないことが雅臣にはもどかしい。
「申し訳ない。……じゃあためしにこの光の珠、握りつぶしてくれない?」
そう言って無造作に、雅臣と自分の間に強い光を放つ珠を生成する。
ギィンギィンという鈍い金属音のようなものが低く、光の明滅にあわせるように響いている。
――ほんとに超能力者なんだな……
「おい、速攻で警戒画面が全周に浮かんだぞ」
その光が現れると同時に、先の警戒画面と同じものが複数浮かび『攻性防御』行使の可否を聞いてきている。
「僕に攻撃の意志はないから、うっかりぶっ殺さないでよね?」
半ば以上演技ではない、怯えた声と表情である。
『転移』だの『引き寄せ』だの『念動力』だのをこともなげに使いこなす、どうやら本物の『超能力者』が何を恐れるというのだろうと雅臣は呆れる。
――僕に今できるのは初級スキルである『魔力付与』と、『寸勁』くらいなのに。アル君に『浮遊』でも使われれば手も足も出ない。ああ、『治癒』と『解毒』もできるな、そういえば。
「それでなにかわかるのか?」
「社君はあんまり変わらないかもね。だけど少なくとも僕が所属する組織に対しては、これ以上ないほどの証明になるとは思うよ」
「よくわからないけど、まあいいか」
どうやら敵ではなさそうだし、罠だと疑うには意味不明すぎる展開である。
やれというならやるまでだ。
――痛かったら手を引っ込めるか。
そう思いながら強い光を放つ珠を握ったら、あっさりとそれは消滅した。
「…………いやそりゃそうだろうとは思ってはいたけれど。線香花火を消すより簡単に消しちゃったね」
「アル君が消せって言ったんだろう」
やれと言っておいて、実際にやったら落ち込まれても困る。
だけどこれが何になるんだと訝しむ。
「それには、このあたり一帯を地上から消し去れるくらいの『力』がこもってたんだけどね」
「……こわいことをさせるなよ」
――ああ、よくある超能力者が掌から放って対象物を消滅させるようなあれか。さっきのは止まっていたけれど、狙った所へ飛ばせるんだろうしな。
「いや、やっぱり社君の方が相当怖いよ」
「そう言われてもなあ」
アルが言わんとすることは雅臣にもわかる。
嘘を言っているわけではないのだろうから、全力ではないにせよこのあたり一帯を吹き飛ばすほどの力が集約された球をあっさり握りつぶされれば肝も冷えるだろう。
正確には握りつぶしたというよりも、触れたら消えたのだ。
どこかの主人公みたいに右手限定でないのであれば、『超能力』は雅臣に対して一切無力ということになる。
その割には『転移』は作用したのだから、『害をなすもの』に限定されるのかもしれない。
便利だが、誰が、あるいは何がそれを選別しているのかが気になるところではある。
――そういう場合は、銃とかに弱いというのが定番かな。
三竦み、ジャンケン――そういった関係となることが雅臣の好む創作では多い。
「というわけで我々合衆国は社君と絶対に敵対したくないから正直に言おう。――今は社君が持つ力について、僕たちが知っていることはそう多くないんだ……」
そう言ってアル――『万能』と呼ばれる合衆国所属の超能力者、アルヴィン・ド・ヴォルカンは語りだす。
現存の人類が知り得る、極断片的な『有資格者』の情報を。
男友達? に対しては自分とは違うくだけた口調で話す雅臣にぼーっと見惚れたり、その事実に対してアルにそんな無茶なという嫉妬を抱いていた凜子は置いてけぼり。
「ぬののふく」から「制服」に着替えさせてほしいなーとは思ってはいるものの、展開的に重要な話をしているところに水を差してはいけないわ、とじっと我慢を続ける凜子である。
次話 有資格者
2/15投稿予定です。
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