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第09話 ヒロイン候補のホントの気持ち

接敵(エンカウント)! 視界には二体!」


「死角に敵影なしです! その他方向にも現状敵影ありません!」


「了解!」


 雅臣の接敵報告に対して、後ろに下がって全方位を警戒する凜子が的確な状況報告を返す。

 それを受けて雅臣は『魔力付与(エンチャント)』を発動。


 続いて『寸勁(ゼロ・ショット)』の一撃で前にでていた『焔熊(ヴェフレイム)』――おそらくはこの第一階層で最も強い魔物(モンスター)――を消し飛ばす。


 そのまま『寸勁(ゼロ・ショット)』の『再使用時間(リキャスト)』を待たずに『通常攻撃』で、二体目の『焔熊(ヴェフレイム)』へ攻撃を仕掛ける。


 武術どころかまともなスポーツさえしたことがないとはとても思えない見事な連撃で、反撃の暇も与えずに二体目の『焔熊(ヴェフレイム)』のHPも削りきる。


 実質単独戦闘(ソロ)ではあるものの、全く危なげない戦いぶりである。


 雅臣が提案した二人一組(バディ)での戦闘方法――凜子が戦闘中の哨戒及び死角の情報を確認、雅臣に報告し、雅臣がその情報を判断して戦闘する――は今のところうまく機能しているといっていいだろう。


 方針を決めてから約二時間――雅臣の視界に表示されているタイムカウンターから判断――二人はこの方法で戦闘を重ねてきている。


 第一階層において魔物(モンスター)三体以上での同時接敵(エンカウント)はなさそうなこと。

 一番強い魔物(モンスター)は今も倒した『焔熊(ヴェフレイム)』であろうこと。

 第一階層にしては結構広いが、地図作成(マッピング)はほぼ完了していること。

 最初からわりと多くのアイテムがドロップされていること。


 それらがこの約二時間の成果たちである。

 いやそれ以上に大きい成果がある。


 レベルアップ。

 ゲーム、ないしはゲーム的な世界において、プレイヤーを強化するもっとも当たり前であり、最も効果的なもの。


「どう?」


 戦闘を終えた雅臣のところへ、すぐに寄ってくる凜子。


「今ので僕も磐坐さんも『Level3』に上がりましたね。おそらくこれで『焔熊(ヴェフレイム)』も取得経験値が「1」になるでしょう。試してみる必要はありますが。おそらくはボス部屋であろうと思われる場所を残してマッピングも完了していますし、『Level3』でボスに挑むしか現実帰還の方法はなさそうです」


 凜子の抽象的な質問に、雅臣が的確に答える。

 この二時間で阿吽の呼吸のようなものが生まれているのが、雅臣は地味に嬉しかったりする。


 ――凜子もなのだが。


 第一階層でおそらくは一番強い魔物(モンスター)の取得経験値も「1」になってしまっては、今のレベルが適正、もしくは安全マージンをとれる最大と考えるべきだろう。

 800体魔物(モンスター)を狩るというのも手ではあるが、どれだけ時間がかかるかわかったものではない。


 ――「練習にもならない相手です」にならないだけマシかな?


 などと雅臣は考えているが、実際これは大きな差だ。

 手間とスキルやステータスのいわば「熟練度」を上げることを考慮しなければ、安全にレベル上げが可能だということなのだ。


 いずれは「練習(以下略)になるのかもしれないが。


 そんなことを考えながら……


「っふ……」


「あ、ひどい!」


 この二時間でドロップした各種アイテムを可能な限り身に付けている凜子を見て、思わず雅臣が笑う。

 それに対して本気ではなかろうが、凜子が頬を膨らませて抗議する。


「すいません」


 慌てたように、素直に謝る雅臣が面白い。

 そういう反応をされるとちょっといじめたくなる自分の心の動きに、軽い驚きを得る凜子である。


 とはいえ凜子自身も、今の自分の恰好はちょっと笑えるとは思っている。

 装備品で防御値ボーナスが高いものを片っ端から装備したために、「コーディネート? 何それおいしいの?」みたいな状態になっているのだ。


 ゲームの序盤ではよくあることとはいえ、確かにみっともよくはない。


 だが雅臣が思わず笑ったのは、凜子ほどの美しさであってもカバーしきれないアンバランスさというよりも、それでもなお「可愛いな」と思わされてしまう事実と、そう思ってしまった自分の感情のおかしみに対してではあるのだが。

 

「護ってもらっている立場ですから。笑われるくらいは我慢します」


「ほんとにすいません」


 本気ではないとわかるように拗ねて見せる凜子に、そうと理解しつつもまじめに謝るしかできない雅臣。

 もうちょっと気の利いたリアクションを返すべきなのだろうと思いはするが、そんなことができるようであれば今のようには育っていないような気もする。

 

 思ったままを伝えれば、それが一番破壊力が高いことなどわからない。


「冗談です。それより、()()装備できるようになりました?」


「あ、試してみます」


 ――()()


 どうやらこの迷宮(ダンジョン)にも『希少(レア)魔物(モンスター)』は存在するらしく、真っ白な『牙鼠(ガリウ・スウ)』と一度だけ接敵(エンカウント)していた。


 幸いにしてものものすごい速度で逃げられることも、攻撃が1ずつしか通らないこともなくあっさりと倒すことができている。


 膨大な経験値を得られた訳ではないが、その際『希少(レア)魔物(モンスター)』は『シルバー・ファング』という武器と『シルバー・ガード』という盾をドロップしたのだ。


 『Level2』では二人ともに装備不可能だったそれを、『Level3』になった雅臣が操作画面を開いて『装備(エクイップ)』してみる。


 装備成功。


 雅臣の両手に、透き通るように輝く銀色の手甲が装備される。

 牙のように立った二本が強そう。


「いけましたね。磐坐さんの方も試してみます」


 凜子のステータス画面を慎重に捜査した結果、凜子の左腕にも今まで装備していた木製のものよりも大きい、銀製の盾が装備される。


「こっちもいけましたね」


「綺麗……」


 傷ひとつなく輝く銀色の盾に、凜子が見蕩れている。


 雅臣の妄想では凜子は自分の身の丈ほどもある大盾と、片手剣を装備するいわゆる『姫騎士』ポジションだった。

 今はまだジョブやスキル構成を保留している状況ではあるが、その妄想につながる装備をしている凜子を見て、嬉しいやら恥ずかしいやら、何とも不思議な気持ちになる。


 だがこれで準備は整ったというべきだろう。

 ステータスボーナスがある装備を選んで装備し、雅臣は攻撃、凜子は防御に特化している。

 とはいっても今の段階では知れているのだが。

 だができる限りのことはやっておくべきだろう。


 レベルが3となり、運よくドロップしたレア武具も装備した二人のステータスは次の通り。


 社 雅臣

 Level 3 next level 0/800

 HP 101/101 MP 125/125

 STR 54(+9) DEX 51 VIT42 AGI65 INT92 MND 109 CHR 112

 取得スキル4 スキル取得ポイント230

 スキルセット 4/10

 『寸勁:level 3』『魔力付与:level 3』『治癒:level 3』『解毒:level 1』

 ジョブ 近接魔法士

 サポートジョブ 現状選択不可

 状況 通常

 装備 シルバー・ファング(格闘・rare) 

    リングハーネス(胴) リングサブリガ(両脚) リングレギンス(両足) 

    革のマント(背)

 

 磐坐 凜子

 Level 3 next level 0/800

 HP 65/65 MP 102/102

 STR16 DEX23  VIT30(+7) AGI30 INT65 MND77(+7) CHR101

 取得スキル0 スキル取得ポイント250

 スキルセット 0/6

 ジョブ 空欄

 サポートジョブ 現状選択不可

 状況 通常

 装備 シルバー・シールド(盾・rare)

 サークレット(頭) シルバーチェーン(首) ローブ(胴) レザーグローブ(両手) 

 ホワイトスカート(両脚) ソリッドパンプス(両足) シルクケープ(背) 


 Level 2の時点であっても、第一階層の魔物(モンスター)の攻撃はほとんど雅臣には通らなくなっていた。

 3となった今はほぼ無視できるダメージしか受けることはあるまい。


 凜子も恐らくそうだとはおもうが、冒険はしたくない。

 要は雅臣が凜子に魔物(モンスター)を近づけさせなければいいだけだ。

 第一階層のボスから複数であることは考えにくいし、そこはまあ問題ないだろうと雅臣は判断している。


 今までのところ魔物(モンスター)の強さやステータスに理不尽さを感じることはない。

 どころか温いくらいなので、ボスだけ急に鬼畜設定になるとは考えにくい。


 ――というかそうであってください。お願いします。


 そこは確かに祈るしかないところだろう。


 地図に従ってボス部屋であろう位置に移動しつつ、接敵(エンカウント)する魔物(モンスター)たちを倒してみるがやはり経験値はすべて「1」になっている。

 スキルの成長バーも少しは増えているのかもしれないが、目で見て確認できるレベルではない。


 これで『Level3』でこの階層のボスに挑むことはほぼ確定した。


 問題は第一階層のボスを倒しても現実へ帰還できない可能性だが、それはないと思いたい。

 操作画面に『EXIT』の項目がある以上、各階層攻略後はその階層からは帰還可能であってほしい。


 あるいはボスクリア後に存在する、所定の位置からでないといけないというのでも問題ない。

 ダメならそこからまた考えるしかないが、今はまずボスクリアに集中するべきだ。


 それと……


「いいかな磐坐さん。ボス戦闘の前に、現実(あっち)へ無事帰還できた時のことなんだけど……」


「は、はい」


現実(あっち)はGW中ですが、どこかで打ち合わせする必要があると思います。ご家族との旅行とか、予定入ってしまっていますか?」


「だ、大丈夫!」


 ――なぜ赤くなるのだろう? 


 一度帰還して二度とここへ来ないという選択肢もあるにはあるが、それにしたって落ち着いて分析する必要はあるし、安全性のためにもスキル構築はするべきだと思う雅臣の脳は、未だ迷宮攻略特化モードである。


「資料やツールを考えれば僕の部屋が一番いいんですが……原因と思われるものも一度磐坐さんには見ておいてもらうべきでしょうし……」


 考え込みながらすたすたと進む雅臣の後ろで、凜子は深く静かに茹っている。


「や、社君の部屋!?」


「? うちの両親は忙しいので、明日からは仕事です。邪魔が入ることは無い、です……が……」


 凜子の言葉に足を止めて振り向き、もっといい場所があるかな? と考えた時点で凜子の表情、赤くなっている理由に思い至る。


 ――何の邪魔だよ! 


「デ、デートみたい……」


 凜子のその言葉で雅臣も、瞬間湯沸かし器のように真っ赤になった。

 百歩譲ってたとえデートだったにしても、いきなり最初から自分の部屋に誘う男もないだろう。


 ――何を言ってんだ、僕は!!!


 なんで社君はこんなに余裕なんだろう? と思っていた凜子も、雅臣の態度から()()()()()()にまったく思い至れていなかったことを理解する。


 そうなれば余裕が生まれるのが、女の子というものらしい。


「私が……社君の部屋に行っていることをみんなに知られたら、噂になるかな?」


「やめてください! 同級生ならまだしも、上級生に絡まれるのはぞっとしません」


 眼鏡もないのに眼鏡をいじる仕草をしながら、雅臣が挙動不審状態に陥る。

 確かに登美ケ丘学園は進学校ではあるのだが、リベラルな校風とわりといいところの子息が集まっていることもあって、勉強も運動もできるがわりと()()()()な生徒も存在する。


 ――やってる方はやんちゃで済んでも、やられている方はそうじゃないんだ。


 そんなことは、大多数の人にはわかってはもらえないんだろうけれど。

 いじめ、というほど陰惨なものでは決してないが、「冗談じゃねーか、洒落が通じねーな」の言葉に苦笑いの()()で堪えている人間は少なくないと雅臣は知っている。


 かつて自分もその一人だったからだ。

 それが嫌で、雅臣は誰にもそういうことがされないような自分を築き上げたのである。


 さておき。


「やめてください」の言葉になぜか不満そうな顔を見せる凜子に、雅臣は確認する。


「だいたい磐坐さんはいいんですか? 僕なんかとそんな噂になっても?」


「さてどうでしょう?」


 余裕を取り戻した女の子は手強いものらしい。

 くすくす笑ってはぐらかす凜子には、攻略モードの雅臣でなければ手も足も出ない。


「でも現実(むこう)での打ち合わせはどうしたって必要でしょう?」


 それはそうだと雅臣も同意する。

 だからこそデートの申し込みのようなことを、我知らず口にしてしまったのだから。


「だったらはじめから大っぴらにするのもありだと思いませんか? どうせどこかで誰かに見られて、噂にはされるのでしょうし」


「は?」


 ――大っぴら?


 噂にされるのは何も凜子が学校一の美少女といわれているからという理由だけではない。

 雅臣の方にも噂になる要素はある。

 圧倒的な学力ももちろんそのひとつだが、特にこの一ヶ月の変化が大きい。

 当の本人である雅臣は、そんなことを一つも理解していないのだが。

 

 凜子にしてみれば、自分だけがファンだった実力派マイナーバンドが、にわかに人気が出てしまったような気持であるのだ。

 嬉しいような、自分だけのものでなくなってさびしいようなあの身勝手な気持ち。


 そんなことは()()口が裂けても雅臣に言えないが。


 圧倒的な学力を誇りながら、淡々としている雅臣(凜子、というか親しくない人からはそう見える)をすごいと思っていた気持ちは嘘ではないけれど、それが恋だったのかといわれれば自信なんてない。


 だけどそんな一方的に知っているだけで接点すらもなかった雅臣と、こんな状況とはいえ二人一組で協力できていることを、お年頃の女の子として真っ当に凜子は喜んでいる。


 だから思い切ってこんなことも言ってみる。


「……おつきあい、していることにするとか?」


「――!!! 恋人のフリとかそんな……」


「じゃあ本当におつきあいします?」


 精一杯、からかっているような表情を維持する。

 口をぱくぱくさせている雅臣を可愛いと思う。




 だってこうでもしていないと、もたないのだ。

 学校での自分のイメージなんてあっさり崩壊してしまうほど、今凜子は()()


 淡々と効率的にこの異常事態を解決してゆく雅臣が、とても同級生とは思えない。


 そんな雅臣がいてくれたから、なんとか意地を張っていられる。

 そうでなければ取り乱して大騒ぎしていても不思議じゃない、と言うかそうなっていた自信がある。


 凜子からは落ち着いて無謬に見える雅臣に縋り付いて、「大丈夫だよね? 帰れるよね?」と今にも大騒ぎしてしまいそうなのだ。


 自分を護って闘い、血を流してくれる雅臣に見蕩れてでもいないと正気を保てない。

 

 だからこう言うのだ。


現実(あっち)へ無事に戻れたら、考えてみてくださいね?」


 その言葉が、年頃の男の子にどんな力を与えるかを凜子はまだ理解していない。

 

 雅臣は今、これまでの人生で最大の集中力でこの階層のボスを屠らんとしている。


 己のあずかり知らぬところでこれ以上ないブーストがかかったプレイヤーに襲い掛かられる第一層のボスには、ご愁傷様というしかないところだ。


次話 現実への帰還

2/10投稿予定です。


次で第一章が終わりです。


閑話 とある少女の日常とその崩壊【side―磐坐 凜子】

閑話 観察者


を挟んで第二章現実編に入ります。

第二章 第01話 現実浸食


読んでいただけたら嬉しいです。

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