プロローグ ありふれた妄想夢
最後の迷宮の最奥、神殿のような広場に鈍く歪んだ金属音が響き渡る。
最後の迷宮。
最後の敵。
信じられないほどの巨躯を誇る最後の敵――巨大な狼のような姿をした『万魔殿の主』の攻撃をパーティーの前衛――『姫騎士』がはじいた際に生じた轟音である。
六人パーティーのいろんな意味での黒一点、『千の迷宮の王』――社 雅臣。
パーティーの核である存在を狙った強力な一撃を、『姫騎士』――磐坐 凜子が防ぎきったのだ。
「ごめん!」
「これが私の役目です! それよりも急いで!」
身動きがとれずに、ただ護ってもらった形になった雅臣が謝り、緊張した表情で汗を散らしながらも凜子がそれに笑って答える。
白をベースに各所に金を配されたドレス・アーマー、自分の身の丈ほどもある巨大な盾、ほぼ透明の刀身を持った片手剣が『姫騎士』の主な最終装備である。
美しいがどう見ても日本人の容貌であるにも関わらず、凜子の長い髪は金髪で、瞳も同じ色。
――まるで自分がベースのゲーム用アバターであるかのように。
雅臣を除く女性メンバーたちはみな、日本人とは思えないような髪と瞳の色をしている。
雅臣だけが、そのまんま――黒髪黒瞳の如何にも日本人然とした容貌だ。
まあこの手の良くある設定において、主人公が黒髪黒瞳というのはひとつのお約束ではあるのだが。
前衛をつとめる『姫騎士』ともう一人の『双剣士』――春日 花鹿は戦闘開始からわずか数分ですでにかなり疲弊している。
防御に特化された『姫騎士』は汗に濡れてはいてもまだ手傷は負っていない。
だが攻撃特化の『双剣士』は浅手とはいえ複数の箇所から血を流している。
にも関わらず、パーティーを率いる雅臣にだけ見える敵のステータス画面、その体力値はほとんど減ってはいない。
鍛え上げられた攻撃特化の『双剣士』の物理攻撃も、魔法系アタッカーである『魔法使い』――鹿苑寺 姫奈の各属性魔法もろくに通っていないという事だ。
この場に至るまでに、これ以上不可能というまでレベルを上げてきた攻撃役二人の物理、魔法双方の攻撃が通らないのだ。
盾役の凜子の攻撃が通るはずもない。
つまり敵を倒すべき手段はもう一つしか残されていない。
そのために、雅臣と六人パーティーの残り二人、『召喚士』――浅間 両貴と、『踊り子』――エマ・クリスティンは敵の攻撃を避けることもできなかったのだ。
レベルカンストした攻撃役の最大技すらほとんど敵の体力を削れない状況で、その敵を屠り得る最大の技の準備中。
『魔法近接戦闘士』である雅臣に、『召喚士』と『踊り子』の最大技を累ねて発動するその技は、強力なだけに準備に時間がかかるだけではなく、その間身動きも出来ない。
長い『詠唱』と『舞』に入っている両貴とエマは話すことさえもできない状況だ。
「もう少し時間がかかる! ごめん!」
「だから謝らないで! 盾が砕けたらこの剣で、剣も砕けたら私自身で絶対に雅臣君を護って見せるから!」
そういって切羽詰った状況ながらも、凜子は再び笑ってみせる。
雅臣たちの技が発動するまで自分が護りきれば、必ず勝てるんだという事を確信した表情。
信頼は嬉しいが、その信頼が雅臣の心に焦りを生む。
目の前で凜子と花鹿が倒れたら、とても正気を保っていられない。
それに自分達を護る盾役と敵の気を引く攻撃役を失えば、今準備している大技もその時点で半端ではあっても発動するしかない。
それならばまだパーティーメンバー全員が健在のうちに、一か八か中途半端でも発動したほうが――
「凜子なら想いだけでも護りそうだものね」
切羽詰った状況であるにも関わらず、いつも通りの落ち着いた声で敵の懐で戦闘を続ける『双剣士』が凜子の言葉につっこみを入れる。
その言葉が耳に入った雅臣と凜子は瞬時で真っ赤に茹で上がる。
二人の表情を見て、それぞれ詠唱と舞で口のきけない『召喚士』、『踊り子』、『魔法使い』の表情も、苦笑いのようなものを浮かべている。
状況に似合わぬ空気に一瞬で変わってしまう。
だがそれこそが視野狭窄を起こさせず、ベストな選択肢を常に選べるものだ。
――そうだ。そうだった。
赤面しつつも、この空気こそが「いつもの」自分達だという事を雅臣は思い出す。
最後の敵相手だからと、妙にシリアスになり過ぎても意味はない。
自分たちはできる限りの準備をしてきたのだ、この世界は手順を追って準備を整えれば必ず攻略可能なようにできている――そう、まるでゲームのように。
恐れるべきは状況に慌てて冷静な判断ができなくなることで、正しい選択を選べれば必ずクリアできる。少なくとも今まではそうだった。
――ラストまでそうだという保証はないんだけどな。
常に落ち着いていてくれる、頼りになる『双剣士』に内心で感謝をし、雅臣は精神的な体勢を立て直す。
落ち着きは取り戻したが、それを油断にしてしまわないように雅臣は気を引き締める。
まだ頬は赤いままだが、凜子も同じように落ち着いて集中したようだ。
最初はこんな風な信頼関係――それどころかそれ以上のものを凜子と築けるとはとても思えなかった雅臣である。
迷宮での最初の出逢いは最悪といってもいいものであったし、こっちではともかくあっちでの格差――それは雅臣が思っているだけのものであったが――もあって、今の状況になることなど、自分の日常を完全に非日常に変えてしまったこの迷宮よりもおこり得ない事だと思っていたのだ。
それを言うのであれば他のメンバーたちもみなそうだ。
雅臣のパーティーに学校一といわれる美少女ばかりか、国内外の芸能人を含む美女たちが揃っているとなれば、これはゲーム好きの雅臣の妄想としか思ってもらえないだろう。
だが今は信じられないことに、あっちでも彼女たちは雅臣と同じ学校に通う状況である。
この迷宮に関わるまでは、ゲームを愛し、あっちはこっちを愉しむために存在していたのが雅臣である。
だが今は迷宮と同じくらい、いやそれ以上に現実が大切だ。
「勝つぞみんな! 落ち着いていけば必ず勝てる! 勝ってみんなで現実に――」
「帰って続きをしないと、死んでも死にきれないものね」
決意も新たにみんなを鼓舞しようとした雅臣の言葉に、再び絶妙のタイミングで『双剣士』が言葉を被せてくる。
その言葉に今度こそ雅臣は絶句して、さっき以上に茹で上がる。
――なんで知ってんの?!
あまりのことに取り繕うこともできず、素直に凜子の方を見てしまう。
凜子も雅臣と同じように再び真っ赤に茹で上がりながら、首をぶんぶんと横に振っている。
――私は言ってないよ?
それはそうだろう、わざわざ自分からあんなことをみんなに報告する性格ではないし、そんな時間もなかったはずだ。
「なんで知ってるんですか!?」
慌てた雅臣は常の冷静さをどこかにすっ飛ばして、愚かとしか言い様のない質問を素直に投げかける。
いつもあまり表情の変わらないおちついた『双剣士』が、その問いにシニカルな笑みを浮かべて答える。
「その質問で有罪確定。帰ったら断罪裁判だね」
「誘導尋問ですか!」
思わず大声を上げる雅臣を、凜子以外のメンバーが半目で口を横に開いた表情で見つめ、凜子だけが下を向いてもじもじしている。
戦闘中だというのに危なっかしいことこの上ない。
だが雅臣は今一度強く、勝って再び自分達の日常――ずいぶん非日常になってしまってはいるけれど、それこそがもはや日常となっている日々に帰ることを誓う。
――そうだ、帰ってあの続きを。断罪されるにしたってあの続きをしないと。負けてる場合じゃない。
すべてを決める拳に力が入る。
だがそれは過剰な緊張やりきみとは無縁だ。
多重世界の平和とか、かけられた期待とか、選ばれたものの義務とかは知らん。
ただ自分たちは、自分達の日常を続けたいから勝つのだ。
いやもういっそ、続きをしたいから勝つといってもいい。
邪魔する相手は全力ですっ飛ばすまでだ。
いわば無視されたような状況になっていることに腹を立てたわけではなかろうが、最後の敵がひときわ巨大な咆哮をあげ、雅臣に向かってさっき以上の一撃を撃ち込んでくる。
『姫騎士』の盾でも砕かれてしまいそうな一撃。
だがもう遅い。
馬鹿なことを言い合っているうちに、雅臣たちのパーティー最大の技は完成した。
「神竜顕現!」
『召喚士』の声が響く。
「神器人臨!」
それに連なるように『踊り子』の声も響く。
同時、神殿のような広場の天井近くに、最後の敵に劣らぬ巨躯を誇る『神竜』が顕現し、雅臣の体の各所に人の身を神のそれと等しくするための『聖痕』が浮かび上がる。
顕現した『神竜』は召喚獣として敵に襲い掛かることをせず、半透明となって雅臣の体と重なってゆく。
それにあわせて『聖痕』が凄まじい魔力を吹き上げる。
雅臣の容貌が変貌してゆく。
黒い髪は神竜と同じ金色に染まり、その瞳も金の竜眼と化している。
もともと鍛え上げられた体は一回り大きくなり、その手と足の爪は龍の如く伸びている。
手は二周りくらい大きくなっているようだ。
「魔力経路連結!」
いままで魔法を小出しに撃っていた『魔法使い』の声が最後に重なり、膨大な魔力を消費する雅臣に、魔力特化で鍛え上げた己の魔力を供給すための経路をつなぐ。
これが雅臣たちパーティーの最大技、『神竜合一』
神竜の力すべてをその身に宿し、あらゆる敵を短期間で撃破する最大の技。
これが通らなければもうどうしようもない。
短時間でこの技がきれた後は、雅臣もろくに動けなくなるし、『召喚士』、『踊り子』、『魔法使い』共に魔力が尽きて何もできなくなるからだ。
だが雅臣は勝利を確信して技を発動する。
敵の強力な一撃を片手で弾き飛ばし、神竜の癒しの力を開放して、いままで前衛で頑張ってくれた『姫騎士』と『双剣士』を癒す。
――一撃で決めてやる!
みんなの力を拳に乗せて、みんなの日常への帰還を阻害する相手を殴って砕く。
いままで攻撃をろくに通らせなかった、幾重にも重なった敵の防御結界をあたかも薄硝子のようにあっさりと割り砕きながら神速で間合いをつめる。
その巨大な顎から最強の一撃を繰り出さんとする最後の敵とゼロ距離で対峙する。
振りかぶった拳を全力で突き出し、敵の攻撃と激突。
白い光が雅臣の視界を埋め尽くし、右の拳には確実に敵を捉えた感覚が伝わる。
それから――
短期集中投稿です。
第五回ネット小説用に書き溜めていたものを明日から連続投稿予定です。
楽しんでもらえたら嬉しいです。




