第9話 肉はすべてを解決……
脱走から一週間。
毎日狩りに出てブタウサギを狩り、食べられる野草や雑穀、木の実なんかを採取する。
レベルも順調に上がり、一見順風満帆な自由の日々。
そんな中、俺はある重大な悩みを抱えていた。
「まともな料理……いや贅沢は言わないから、せめてパンが食べたい…………」
QOL(生活の質)に直結する、あまりに切実な食べ物の悩み。
結論から言えば、肉はすべてを解決しなかった。
一応、細々と野生の豆類やイモ類、雑穀を採取して、炒ったり煮たり焼いたりして食べてはいる。
だけど圧倒的に量が足りない。
そして、味が薄い。
要するに、質も量も足りなかった。
小さな鍋をアジトから持ち出したところまではよかった。
が、塩を持ち出さなかったのは不覚だった。
肉の塩気で塩分を補うものの、舌が満足するには程遠い薄さ。
そして、量が少ない。
盗賊団では週一でビンダッタたちが田舎の村の共同パン焼き窯に盗みに入り、焼き上がって置いてあるパンを失敬していた。
そのパンは少ないながらも俺にも分配されていたから、毎日とは言わなくとも二日に一度くらいはパンを食べられていたのだ。
それが今はゼロ。
さすがに味のない雑穀がゆと肉ばかりはつら過ぎる。
「……村に行ってみようかな」
王国最東北の辺境の地とはいえ、一応日帰りできる距離に小さな村が一つある。
金はないけれど、ブタウサギを持っていけばパンと交換くらいはしてくれるだろう。
俺のベースレベルはこの一週間でLv7まで上がっている。逃亡スキル・回避スキルと併せれば、例え元盗賊だとバレても逃げきれるだろう。
幸い、ビンダッタたちがこの辺りに来ている様子もない。
「……よし!」
その日の朝食後。
俺は村に食料調達に出かけることにしたのだった。
「あ、あのぅ……」
「うおぉっ! びっくりしだぁ?!」
俺が話しかけると、木陰で一服していた農夫はビクッととびのくようにして振り返った。
「ああ? なんだいアンタはあ? ここいらじゃ見ねえ顔だがあ??」
不審者を見るような目で俺を見る農夫。
いや、実際不審者だが。
「た、たびを……」
「ああ?」
どもる俺に、聞き返すおじさん。
う……。
やっぱり人と話すのは苦手だ。
それでもおじさんは、俺の話を聞こうとしてる。
頑張れ、俺!
「お、俺っ! 旅をしててっ……。か、狩りをしながらっ」
「あー、ああ、ああ。旅人さんかあ。こんんなド田舎にぃ、よく来だなあ」
な、訛りキツっ?!
––––でも、悪い人じゃなさそうだ。
「そ、それで、森でウサギを獲ったんだけど!」
そう言って布袋から血抜きしたウサギを取り出して見せる。
「おおっ、こりゃあ立派なウサギだあ」
「そ、それで、パ、パパッ、パンと交換してくれないかな、と思ってっ!」
「あー、ああ、ああ! パンと交換してくれってかあ」
––––なんとか伝わったらしい。
おじさんは少し考えると、
「ちょっと待ってなあ」
と言って、村の方に歩いて行った。
待つことしばし。
––––いや、結構待ったけど。
おじさんは小ぶりのカゴを背負い、何やらコップのようなものを持って戻ってきた。
「待たせだなあ」
そう言って木でできたコップを俺に差し出す。
中には良い香りがする液体が、湯気を立てて揺れていた。
「?」
戸惑いながらそれを受け取ると、おじさんは「どっこいしょ」と背負っていたカゴを足元に置いた。
カゴには、立派なバゲットが一本。
「こ、これ……」
「うちもたくさんある訳じゃないでなあ。それだけで悪いけどお、カミさんが作ったスープもつけるでえ、どうかのう?」
「こ、こんなに立派なパンにスープまで……。本当に良いの?!」
「おお、ええよう」
「あ、ありがとうっ!!」
お礼を言いながら、涙が出てきた。
「どうしたあ?」
「い、いや、俺っ、こんなに人から親切にされたの、久しぶりで……」
「……そうかあ。大変だったなあ」
そう言って、ぽん、ぽんと背中を叩くおじさん。
そのごつい手は、革鎧ごしなのに、なぜかあったかく感じた。
「それじゃあ、また来るね!」
「おお、待っとるでなあ!」
スープを魔法びんに移し、ブタウサギとバゲットを交換した俺は、またおじさんのところにウサギを持ってくることを約束し、村を後にした。
その日の夕食は、いつもよりとても豪華なものになった。
バゲットにスープ。
それにおじさんに分けてもらった塩で味付けした、ウサギ肉と豆と野菜の炒め物。
「あったけえなあ……」
温かい料理にスープ。
それになにより、心が温かった。
ウサギ肉とパンの交換でできた絆。
––––やっぱり、肉はすべてを解決する!
「明日も頑張ろう!」
俺は目じりに滲んでいた涙をぬぐい、豪華なディナーを堪能したのだった。





