第7話 死闘の果てに手に入れたもの
「くっ、くそおっっ!!」
俺は慌ててスライムの絨毯に背を向け、洞窟の出口に向かって走る。
左手が痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃっっ!!!!
歯を食いしばり、ボロボロ涙を流しながら洞窟を飛び出した俺は、すぐに跪いて火炎びんを地面に置いた。
「ふっ、ふっ、ふぅっっ!!」
手についたスライムを落とそうと、必死に手を振る。
が、左手にまとわりつき、うねうねと波打つそれは、一向に落ちない。
「ぐっ、ぐぅっっっ!!!!」
激痛を覚悟で岩にこすりつけるが、全く落ちない。
「み、『水』ぅっっ!!」
水のびんを取り出し、左手に叩きつける。
バシャンッ
大量の水で洗い流そうとするが、全く落ちる様子がない。
「ぐあああああっっ!!」
スライムの酸で焼かれ、ボロボロになっていく左手の皮膚。
血が出て、スライムが俺の血で赤く染まっていく。
どうしたらいい??
どうしたらいいっっ?????
あまりの激痛に錯乱した俺は、ヤケクソで叫んだ。
––––あの言葉を。
「『魔法びん』んんっっ!!!!!!!!」
その瞬間、信じられないことが起こった。
「っ?!」
突然目の前に出現した魔法びん。
ヒュウウウウウウウウ
なんとびんが虹色に光り、その口が勢いよく吸い込み始める。
––––俺の手にまとわりついたスライムを!!
「ああああああああっ!!」
更なる痛みとともに左手から剥がれてゆくスライム。
そしてそれは一瞬で終わった。
キュポンッ
スライムを吸い尽くしたびんは、いつものように光の粒子となり、俺の右手に吸い込まれる。
「はっ、はっ、はあっっ!」
変わらず左手に走り続ける激痛。
もはや迷っている余裕はなかった。
「『ポーション』っっ!!」
右手に現れる、ピンク色の液体が入ったびん。
その中身を、左手にかけてゆく。
ゆっくり、ゆっくり、まんべんなく……
シュウウウウウウウウ
白い湯気が立ち上がり、傷ついた皮膚がみるみる再生してゆく。
「ああ、ああ…………」
それはまさに、恵みのポーション。
ゲーム内ではあって当たり前の初心者アイテム。
だがこうして実際に使ってみると分かる。
ポーションは、生命線だ。
宿屋の一泊の四倍近い値段がするのも仕方ない。
これは冒険者の必須アイテムなんだ。
「はぁ」
虎の子のポーションを使い傷ついた左手を治療した俺は、足元の火炎びんを拾い、洞窟の方を照らした。
ズルズルと、地を這い、壁と天井を伝い、こちらに近づいてくる大量の粘液の波。
さっきは文字通り手ひどくやられたが、もう怯えることはない。
今度は、俺のターンだ。
「『魔法びん』!!」
俺が手をかざすと、虹色のびんが現れる。
そして––––
ゴオオオオオオオ––––
ジュルジュルジュルジュルッ
ものすごい勢いで、あたりのスライムを吸い込んでゆく。
有無を言わさず。
情け容赦なく。
ただの一片も残さずに。
『魔法びんLV5』
通常のスキル基準で「プロ級」と言われるレベルの俺の固有スキルは、跡形もなく洞窟のスライムを吸い尽くしたのだった。
その夜。
俺は久しぶりに穏やかな眠りにつくことができた。
腹は減っている。
アジトから拝借した、なけなしの干し肉をかじっただけだったから。
それでも俺は洞窟の中で毛布に包まり、この世界に生を受けて初めて自由を満喫していた。
孤児院のように、他の子供たちの仕事を押し付けられることもなく。
ビンダッタたちに奴隷のように働かされることもない。
今俺は誰のためでもなく、自分のための時間を過ごしていた。
明日から、どう生きようか?
武器は一振りの短剣のみ。
だけど俺には固有スキル『魔法びん』がある。
水も、火も、煙も、スライムも収納できるこのスキルがあれば、色んな戦い方ができるだろう。
まずはやっぱり、小さな魔物を狩って食料を手に入れよう。
肉は全てを解決する。
皮が素材になる魔物もいるし、魔物の体内にある魔石を売れば金になる。
––––これから俺は、自分のために生きるんだ。
そんなことを思いながら、深い眠りに落ちていったのだった。





