第5話 逃亡者と火炎びん
「っ!」
ダンジョンの出口を飛び出すと、外の日差しに目が眩んだ。
背後の洞穴からは、微かに人の叫び声が聞こえてくる。
ぐずぐずしてる時間はない。
それでも––––
「やった……やったぞ!」
走りながら叫ぶ。
ついにやった。
前世の記憶が戻ってから約一ヶ月。
ついにあいつらを出し抜いてやった!
だけど、まだ安心はできない。
盗賊団と主人公パーティーが衝突している状態とはいえ、それが解消すればビンダッタはすぐに俺を探し始めるだろう。
奴の固有スキル『お宝探し』を使って。
その前に、できるだけ早く、できるだけ遠くに逃げなければ。
奴のスキルの探知範囲外まで。
「はっ、はっ、はひっ––––」
俺は息を切らせながら走り、そのまままっすぐ森に飛び込む。
そして、死にものぐるいで森の奥へと入って行った。
森の中。
一人、道なき道をゆく。
草木をかき分け、木の根に躓きながら。
体のあちこちに傷と痣ができるが、それでも歩みを止める訳にはいかない。
以前逃亡した時には、拠点から小一時間行ったところでビンダッタに捕まった。
つまり奴のスキル『お宝探し』の探知範囲は、少なくとも数百メートル以上。
ひょっとすると、一キロ以上あるということ。
「……二度と捕まるか」
立ち止まることなんてできない。
目指すのは、先ほど脱出した洞窟ダンジョンから一番遠い『北のアジト』。
盗賊団『黒い三角形』は活動の拠点として複数のアジトを持っている。
俺はその中で一番遠く一番北にある、ど田舎の寒村に近い『北のアジト』を目指していた。
理由は簡単。
今の俺は着の身着のままで、武器や防具はおろか外套すら羽織っていない状態だから。
初夏とはいえ、夜はそれなりに冷え込む。
外套も毛布もなく森の中で野営するのは、どう考えても無謀だ。
持ち物らしい持ち物は、調理用のナイフ一本。
食料といえば、ポケットに入った干し肉が一枚あるだけ。
ビンダッタ達に脱走を気取られないため、特別な準備は何もできなかった。
もちろん現金なんて一銭も持っていない。
せめて、毛布と幾ばくかの食料をアジトから調達しなければ。
このままじゃ死んでしまう。
「くっ……」
俺は傷ついた左手を庇いながら、ひたすら北を目指して歩き続ける。
森を歩けば、魔物と出会う。
この世界では。
実際、移動中には結構な頻度で魔物に遭遇した。
苔リスにヤブウサギ、泥トカゲといった、小動物・小型爬虫類系のモンスターたち。
それでも戦闘を回避して歩を進められたのは、多分スキルのおかげだった。
・回避 Lv4
・逃走 Lv3
これまでの辛い経験で育ったスキルが、俺を助けてくれた。
そしてもう一つ。
俺にとって幸いだったのは、今いる森がゲーム『シルフェリア・ノーツ』の前半で登場するフィンチリーの森だということ。
出現する魔物は、リスにウサギ、トカゲといった低レベルモンスターばかり。
彼らはそれほど積極的に攻撃を仕掛けてこないし、仕掛けてきても二、三回回避してナイフを振るってみせると、すぐにどこかに逃げていった。
悠長に戦っている時間はない。
一秒でも早く、一歩でも遠くに行かなければ。
そうして半日歩き続けた結果。
日が傾く頃になってやっと、俺は目的地にたどり着いたのだった。
「『火炎』」
唱えた瞬間、右手にいつものガラスびんが現れる。
ただし、今回はかなりの変わり種だ。
びんの中で、炎がゆっくりと渦を巻いている。
指まで熱が伝わってこないのは幸いだった。
「まるでランプだな」
手に持ったそのびんを頭上に掲げると、炎の光が洞窟の奥を照らし、壁際に積まれた物資の箱が露わになる。
ここは王国最東北の山の小さな洞窟。
盗賊団『黒い三角形』最北のアジトだ。
俺は火炎びんを地面に置くと、早速作業に取り掛かった。
箱の中身は、干し肉に衣類、ナップサック、それにわずかな武器と防具。
どの箱に何が入っているかは全て把握している。
物資の整理も、すべて押しつけられてたからな。
箱からナップサックを取り出し、毛布二枚と最低限の衣類、そしてその隙間に干し肉を詰める。
レザーアーマーを着用し、短剣を腰に下げ、外套を羽織った。
作業時間は約五分。
ちょうど火炎びんの光が消える頃、俺は北のアジトを後にした。
今回分かったが、どうやら火炎びんは口を開けたり割ったりしなくても、発現後の時間経過でそのエネルギーを使ってしまうらしい。
……そりゃあそうか。
熱は漏れないとはいえ、光は発している訳だし。
約一ヶ月間、焚き火の炎を集めまくった結果、ある程度のストックはできたけど、ムダ遣いは慎まねば。
きっと、戦闘で使うこともあるだろうから。
「……頑張ろう」
夕暮れの森の中。
俺は一人呟き、歩き出した。





