第11話 穏やかな日々が壊れるとき②
「……テツヤは盗賊の仲間だったのか?」
背後から聞こえた誰かの声。
「まさか、俺たちを騙して……」
「そんな……嘘だろ?」
ああ、ああっっ!!
振り向かなくても分かる。
背中に突き刺さる疑いの目。
終わりだ。
温かく、優しい日々の終わり。
いつか来るかもとは思っていた。
来ないことを願ってた。
それでもやっぱり来てしまった。
––––穏やかな日々が壊れる日が。
俺はウサギの入った背負い袋を下ろし、背後を振り返った。
俺に突き刺さる、村人たちの疑いの目。
もはや手遅れなんだろう。
だから、
「みんな、今までよくしてくれてありがとう!」
それだけ叫び、ビンダッタ達に向き直った。
噴き出してきた涙を拭い、顔を上げる。
村の人たちに手出しはさせない。
こいつらは、俺が地獄に連れて行く。
ビンダッタが鼻で嗤う。
「なんだ? 他人とろくに話せないお前が、ここの連中とはずいぶん仲良くなったみたいじゃねえか」
ニヤニヤと冷やかすように言う盗賊のボス。
やばい。
このままじゃ村の人たちに注意がいってしまう。
だから俺は、平静を装って言い返した。
「別に、森で獲ったウサギをパンと交換してもらってただけだがな。––––それより、訂正しろ。裏切ったもなにも、最初から俺はお前らの仲間じゃない。孤児院を出たばかりの俺を騙して拉致って、殴ってこき使ってきたのはお前らだろう。俺はそこから逃げ出しただけだ」
「あ? ずいぶんとおしゃべりが上手くなったじゃねえか。俺らが奪ってきたもんを食った時点でお前も––––」
「はっ、まともな言葉も知らないお前らがバカなだけだろ」
「……ぁあ?!」
言葉を遮り、せせら笑う。
期待通り、顔に怒りの色が浮かび始めるビンダッタ。
もうひと押しだ。
「それで? 押し入るごとに顔を見られて、こんなど田舎にまで人相書きがまわってくるマヌケな『黒い三角パンツ』の皆さんが、俺をどうするって?」
「パシリーィイ! 貴様ぁあ!!」
(––––『こやし』)
心の中で呟くと、右手にびんが現れる。
「お前らみたいのは、これでも食らっとけ」
俺は全力で手の中のびんを投げつけた。
「ふんっ!!」
飛んできたびんを払いのけようとするビンダッタ。
だけど残念。
そのびんは俺のスキル。
実体はない。
バッシャアアア!!
奴の手が触れた途端、激しく飛び散る茶色い何か。
ゆうに畑ひとつ分はある『それ』が、四方からバケツでぶちまけたように盗賊たちにぶっかかる。
「くそっ! 臭えええ!!!!」
「なんだこりゃ?! ひょっとして……」
叫ぶタッテとヨッコ。
「そうだよ、ク◯だよ! お前らにはお似合いだろ!!」
ギャハハハハハハハ!!
大笑いする俺。
そのとき––––
ギン!
真ん中のボスからとんでもない殺気が飛んできた。
「殺す……。コロスころす殺すコロスっ!!」
よし。
ヘイトは俺に向いた。
「お前らあっ! あいつを殺せ!! 生まれてきたことをたっぷり後悔させてぶっ殺せえっ!!!!」
「「うおおおお!!」」
叫びながらこっちに走ってくるク◯まみれの盗賊たち。
(やってやる。この数ヶ月のサバイバルの成果を見せてやるっ!)
俺は盗賊たちに真正面から向かって行った。
「死ねやゴルァ!!」
棍棒やら剣やらを振りかぶり、同時に襲いかかってくる四人の子分。
俺はそいつらにフェイントを入れ、ひらりと攻撃を躱す。
ボゴッ
「ぐわあああ!!」
ヨッコの棍棒が仲間の背中を直撃する。
「テメェっ!!」
デブが叫ぶが、無視して駆ける。
一直線に奴らのボスの方へ。
「ク◯があっ!!」
吼えながら斧を振りかぶるビンダッタ。
そんな奴に俺は––––
(『煤煙』っ!!)
黒い煙が渦巻くびんを投げつけた。
バシュッ!!
「ぐおっ?!」
以前とは比較にならないほど濃密な煤煙が、敵の全身を包む。
「ぐぞぉっ! ゲホッ!! ゲホッ!!!!」
煙と煤で目と鼻と口をやられ、激しく咳き込むビンダッタ。
俺はそのままその横を駆け抜ける。
「ウガアアッ!!」
賊はやみくもに斧を振り回すが、当然そんなものは当たらない。
「はっ、はっ!! バーカバーカ!!!!」
ケツを叩き、煽りまくる俺。
「「おおおおおおおおっっ!!!!」」
激昂し、俺を追いかけてくる盗賊たち。
––––これでいい。
村から奴らを引き剥がすんだ。
少しでも遠くへ。
「汚れが見えないからって黒パンツで喜んでる変態シミパン野郎ども! 悔しけりゃ捕まえてみるんだな!!」
俺は煽るだけ煽ると、今や俺の庭となったフィンチリーの森に飛び込んだのだった。





