第10話 穏やかな日々が壊れるとき①
☆
それから数ヶ月。
俺は狩りをしては村に行き、魔物の素材と引き換えに食料や生活道具を譲ってもらう生活を送っていた。
洞窟での生活はどんどん快適になり、村で交流する人も増えた。
農夫のおじさんとその家族。農夫仲間。
雑貨屋のおじさん。木工職人のおじさん。猟師のおじいさん。
村長さん。
そして、村の子どもたち。
村の人たちが必要とするものを狩り、採取して届け、代わりに俺は温かい食べ物と道具、心の温かさをもらう。
ゆるやかな共存関係。
交流が増えたおかげか、俺の吃音もかなりマシになってきた。
他人への恐怖感も薄れてきたように思う。
そしてもちろん、レベルも上がった。
パシリー LV:13
HP:620/620
MP:39/39
SP:36/36
保有スキル:
・短剣LV4
・投擲LV5
・回避LV5
・逃走LV4
・木登りLV3
・気配探知LV5
・採集LV5
・鑑定LV3
・料理LV3
・魔法びんLV6 (固有スキル)
レベルは今の環境でのほぼ天井まで成長し、新たなスキルもたくさん覚えた。
強さだけを考えれば、これ以上フィンチリーの森にいても成長は見込めない。
当初の計画に従えば、北の森の抜け道を通りヴァルシア帝国に逃亡していて当然のレベル。
実はゲームにあった抜け道が実際に使えるかどうかも、抜けた先の魔物がどのくらいの強さなのかも、偵察して確認済みだ。
敵は、一対一ならなんとか勝て、複数相手だと厳しいくらいの強さ。
つまり、いつ挑戦しても良い状態だった。
それでも、今の環境があまりに居心地よくて。
毎日が穏やかで。
隣国への逃亡を先送りにしてしまっていた。
いつの間にか季節は夏になり、そして秋の収穫期に入ろうとしていた。
生活は厳しいながらも、穏やかな日々。
そんな平和な日常は、ある日突然崩れ去った。
あいつらによって。
「ねえ、テツヤー。今日は何持ってきたの?」
「今日はブタウサギが二羽だな。あと、薬草とか」
「やった! 肉だね、肉!!」
「おう、楽しみにしてな」
いつものように村に入ると、わらわらと子ども達が寄ってきて話しかけてきたので、そんなやりとりを交わす。
もう子ども相手なら吃ることもない。
あと、おっさんも。
女性はまだちょっと苦手だが。
ちなみに村では、パシリーではなく前世での名前『徹也』と名乗っている。
もし手配書がまわってきても、容易にわからぬように。
そして、二度と誰かのパシリになどならないようにという決意をこめて。
そうして農夫のおじさんの家に向かっている時だった。
背後から悲鳴まじりの叫び声が聞こえてきたのは。
「に、逃げろーーっ!! 盗賊だああああっっ!!!!」
振り返ると、村の入口の方から見知った顔が必死の形相で駆けてくる。
おじさんの、農夫仲間のおじさんだ。
「と、盗賊?」
「ああ、間違いねえ! ありゃ最近ウワサになっとる盗賊だあ!! お前たちも早く山に逃げこめえ!!!!」
おじさんはそのまま村の真ん中にある広場に向かって走ってゆく。
広場にある鐘楼に向かって。
俺は慌てて子どもたちを振り返った。
「すぐに家に帰って親に言うんだ! 『盗賊だ! 山に逃げろ!』って!!」
「え、でも……」
「行けっ! 早く!! みんな殺されるぞ!!!!」
手を振り、指差し、全力で怒鳴る。
「わ、わかった!!」
バラバラとそれぞれの家に駆け出す子供たち。
その時、村に鐘が鳴り響いた。
カーン、カーン、カーン!!
カーン、カーン、カーン!!
非常事態を知らせる鐘。
その音を聞き、すぐに家々から人が飛び出してくる。
何事か? という顔で。
俺は叫んだ。
「盗賊だ! 山に逃げろおおおおっっ!!」
どよめく人々。
だが、鐘楼で必死の形相で鐘を鳴らし続ける仲間の農夫を見た彼らは、慌てて動き始める。
そりゃあそうか。
頻繁に村に顔を出してるとはいえ、所詮俺はよそ者。
信用できるか、分からないよな。
胸をよぎる寂しい気持ちをそうやって無理やり納得させて、俺は村の入口に向き直った。
彼らが俺を信じなくても、俺は彼らのためにできることをやるんだ。
「アイテム––––『魔法びん』!」
空中に青白く光るアイテムウインドウが表示される。
この中で、使えそうなものは––––
俺がリストを確認し始めた時だった。
ザッ ザッ––––
無遠慮な足音と砂けむりを立てて村に入ってくる、暑苦しい五人の男たち。
手には斧や鎌、棍棒、そして剣。
先頭を歩いていた一番ごつい、筋肉隆々のブーメランパンツが俺を見て立ち止まり、目を見開く。
「おおおおっっ????」
そして––––爛々とした目でニヤリと嗤った。
「おうおうおう! 気まぐれにこんなど田舎に来てみれば……。これはこれは! 裏切り者のパシリー君じゃねえかあ!!!!」
俺の背後で、村の人たちがどよめいた。





