モンスター・メイズ
「……やり過ぎだよ、メリエルちゃん」
その光景を前にして、カティアは呆然と呟きを漏らした。
レティシア、カイト、リディーも驚きのあまり声も出ない様子。
今、彼らが目にしているのは……鬱蒼と木々が生い茂る森。
耳を澄ますまでもなく何かの生物の鳴き声が聞こえてくる。
一体なぜ、彼らがこんな状況に置かれているのかと言えば……少しだけ時は遡る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1年2組の教室の前までやって来たカティアたち。
ここで行われているアトラクション『モンスター・メイズ』であるが、噂が噂を呼んだのかかなりの待ち行列となっている。
そして、カティアも見覚えのある1年2組の生徒の何人かが、呼び込みと列の整理、注意事項の説明などを行っていた。
「前代未聞!驚天動地!稀代の天才魔導師の本気が生み出した、世紀のアトラクション『モンスター・メイズ』はこちらです!!これは体験しなきゃ損ですよ!」
「最後尾の方の入場までの待ち時間は約3〜40分程となってます!通行の妨げにならないよう、壁に沿ってお並びください!」
教室に2つある扉のうち、後方側が入口で前方側が出口となっているようだ。
入口から2組の教室の壁に沿ってつづら折りの行列が出来ている。
プラカードを持った男子生徒が最後尾を案内していたので、カティアたちはそこに並ぶ。
すると、その男子生徒も隣のクラスのカティアやレティシアの事はよく知ってるので、嬉しそうに声をかけてきた。
「あ、カティアさん、レティシアさん!いらっしゃい!」
「こんにちは。凄い人気だね〜」
「おかげさまで!期待してくださいね!」
一言二言話しただけですぐに別の人がカティアたちの後ろに並ぼうとしたので、案内係の男子生徒との会話はそこまで。
出口から人が出てくるたびに入場を案内していて、長い行列である割には進みは速いようだ。
案内係が言っていた通り、およそ30後にはカティアたちが入場する番となった。
「はい、それではご入場ください。中にも案内係がおりますので、よく説明を聞いて下さい。……頑張ってね!」
入口で案内していた女子生徒も当然知り合いなので、最後は素の口調になって一行を激励してくれた。
「じゃあ入ろうか」
「うん!」
「果たして中はどうなってるのか……」
「神代魔法の御業、楽しみですね」
そうして一行は、1年2組の教室に足を踏み入れた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あ、みなさん!『モンスター・メイズ』にようこそいらっしゃいました」
カティアたちが教室に入ってすぐ、友人のフローラが声をかけてきた。
外の案内係たちは普通に制服姿だったが、彼女は冒険者がするような格好をしている。
「フローラさんお疲れ様〜。いや、しかし……何か凄いね……」
カティアはフローラに挨拶を返してから、周囲を見渡して感嘆の声を上げる。
今カティアたちがいるのは、煉瓦造りの壁に囲まれた場所で、ちょうど元の教室と同じくらいの広さに見えた。
しかし、本来は窓がある先には細い通路が続いている。
壁の高さは数メートルほどだが、さらに上を見上げても天井は確認できず、霞んで見えるほどだった。
「空間魔法って聞いてたけど……ここって今どれくらいの広さになってるの?」
「え〜と、正確な数値は分かりませんけど……王都の数街区ほどはあるって聞きました」
「え……そんなに?」
「「「……」」」
フローラの言葉に、思わず絶句する面々。
そして彼女は説明を続ける。
「この中は大きく分けて3つのエリアに分かれてます。ここは最初の『ダンジョンエリア』ですね。最終エリアにある出口から脱出するか、どこかにいる大ボスを打倒するとクリアとなりますが、制限時間……この部屋を出てから1時間が経過すると強制退場となります」
「1時間……結構シビアなんだな」
王都の数街区程度の広さとのこと。
普通の街歩きであれば十分な時間だろうが、迷路探索ともなればカイトの言う通りかなり厳しいかもしれない。
「迷路自体はそこまで複雑ではないので……今のところ、脱出成功率は3割ほどでしょうか」
「そうなんだ、じゃあ頑張ろっか。……それよりも『大ボス』って?」
「はい。この中にはモンスターが徘徊しておりまして、皆さんを見つけると襲ってきます。攻撃を3回受けてしまうと強制退場となってしまうので、見つからないように隠れてやり過ごすか、逃げるか……あるいは打倒する必要があります。あ、モンスターたちは幻影魔法で生み出されたもので危険はありませんのでご安心ください」
「ふむふむ」
「そして、『大ボス』とは……このモンスターたちを統べる王なのです。ちなみに……大ボスを倒してクリアすると、ちょっとした景品がありますよ。今のところ達成した人はいませんけど」
「なるほど。それにしても……前にメリエルちゃんから聞いた話よりもかなり凝ってる感じだね……。というか、メリエルちゃんの魔法だけで実現できるものなの?レティできる?」
「ムリ。リディーは?」
「レティが無理なら、俺など話にならない」
以前聞いた話でも、かなり大掛かりな企画だとカティアたちは思ったものだが……彼女たちが事前にイメージしていたものを遥かに超えている。
そもそも、この空間を創るだけでも莫大な魔力が必要だと思えるし、学園祭期間中ずっと維持し続けるのも非常に困難だろう。
「確かにメリエルさんの魔法だけでは無理だったみたいなんですけど……神代遺物も併用してるらしいです。リーゼ先生の協力もかなりあったとか」
「アーティファクト?」
「なんでも、ウィラー王国の秘術に使われていたものだとか」
「……それって」
「……大森林結果の?まさかな……」
カティアとカイトは顔を見合わせる。
実際のところその二人の想像は正しい。
ウィラーの秘術、大森林結界にはダンジョン・コアを模した神代遺物が使われていたのだが……使用者は印の継承者に限られるので、現在はメリエルが所持しているのである。
まさか学園祭のためにそんなものまで持ち出すとは……二人の想像のはるか斜め上だろう。
「ま、まあいいや。ルールは分かったから、先に進もう」
「はい。それでは行きましょうか」
カティアが気を取り直して先に進もうとすると、フローラも同行すると言う。
「あれ?フローラさんも一緒に来るの?」
「はい、グループ事に案内係が付く事になってるんです。緊急時の避難誘導などのためですね」
「ああ、なるほど。じゃあ、頑張って行こう!」
「お〜!」
カティアたち一行は迷宮へと踏み出した。
ここから先、学園祭のアトラクションとは思えない数々の仕掛けが立ちはだかり、彼女たちはメリエルの本気を思い知ることになるだろう。




