通し稽古
合唱・演劇の合同発表の会場となる大ホールでは、本番を想定した通し稽古が行われていた。
闇に包まれる中、舞台の幕が音もなく上がっていく。
そしてスポットライトが灯され、舞台に立つ女性を照らし出した。
劇の主役の一人にして、語り部役でもある演劇部部長のオーレリーだ。
学園の制服を模した衣装をまとった彼女は、その伸びやかな美声が紡ぎ出す旋律に乗せ、物語の始まりを告げるセリフを歌い出す。
『これは若者たちの友情の物語。夢と希望の物語。そして、切ない恋の物語。舞台は……』
舞台は多くの若者たちが集う学園。
未来に希望を抱く彼らが織りなす、友情と恋愛の群像劇だ。
今回、初めての試みであるミュージカルを公演するにあたって、その脚本は演劇部員の脚本担当とシクスティンの合作となった。
エーデルワイス歌劇団においてシクスティンが手掛ける脚本は、神話や伝説、既存の物語をベースにアレンジする事が多いが、今回は完全オリジナルのストーリーだ。
学生たちはプロの劇作家の仕事ぶりを目の当たりにするチャンスに恵まれ、シクスティンも才能ある若者たちの柔軟な発想や視点に新たなインスピレーション得ることが出来た。
お互いにWin-Winな結果であろう。
歌を口ずさみながらオーレリーが舞台上をゆっくりと歩み始めると、スポットライトも彼女を追う。
そして彼女が舞台袖近くまで行くと、先程彼女が居たあたりを別のスポットライトが照らし、もう一人の女性が現れた。
クラリスとは別の主役の一人……合唱部部長のクラリスが、オーレリーとお喋りするように歌を紡ぎ始めた。
しばらく二人の演技が続き、物語の世界へと誘う。
きっと、観客たちがいれば少しづつ物語の世界に引き込まれていった事だろう。
そして物語の導入部が終わると、少しずつ照明が灯されていき、舞台上の様子が明らかになる。
手の込んだ舞台セットは、学園の庭園の場面を表していた。
オーレリーとクラリスが、ふたり戯れるように舞台中央に躍り出ると……舞台袖から多くの男女が現れ、静かな語らいの場面から一転して、賑やかで楽しげな雰囲気となる。
演者の中にはカティアやアリシアの姿もあった。
演者たちは思い思いに学生たちがお喋りに興じる様子を演じていたが、オーレリーとクラリスのもとに、一人、また一人と、少しずつ集まってハーモニーを奏でていく。
そして最後には大合唱となって、美しい旋律が大ホールいっぱいに響き渡った。
そのまま、歌の振り付けと劇の演技が融合したような独特な動きで演者たちが舞台上で躍動し、物語の最初の場面を盛り上げていくのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「みんな、お疲れ様」
「「「お疲れ様でした!!」」」
シクスティンの労いの言葉に、学生たちが大きな声で返す。
通しの演技を終えた彼らは肩で息をして疲れを見せていたが、みな笑顔を浮かべて充実した様子。
自分たちの演技と歌に、かなりの手応えを感じているようだ。
「二人とも、どうだった?私たちの舞台は?」
カティアが、シクスティンとロゼッタに論評を求めた。
他の面々も二人の評価が気になるようで、固唾をのんで応えを待つ。
「ええ、とても素晴らしかったですよ。いくつか細かな修正ポイントはあると思いますが、この短期間でよくここまで仕上げられたと思います」
「お〜ほっほっほ!みなさんとても素晴らしかったですわよ!国立劇場でもやっていけるレベルでしたわね!」
観客席でずっと演技を見ていた二人は、そのように評価を下す。
最初から最後まで完全に通しての演技は今回が初めてだったが、シクスティンが言う通り多少気になるポイントはあったものの、大きな破綻もなくレベルの高い演技だったと言えるだろう。
そして二人からかなりの高評価を得られた学生たちは大いに沸き立つのだった。
「ねえねえ、私はどうだった!?」
「カティアさんですか?そうですね……正直なところ、とても驚いてます」
「ええ、本当にびっくりしましたわ。……なんで普通の演技は出来ないのかしら?」
「それは私が聞きたいくらいだけど……ともかく、良かったって事だね!」
今回のミュージカルにおいて、カティアは主役ではないものの、それに近い重要な役どころではある。
出番もセリフもかなり多い準主役といったところだ。
なお、最初部員たちからはカティアを主役に推す声が多かったのだが……「そんな冒険はできませんね」「お〜っほっほ!それは無謀というものですわよ!」というシクスティンとロゼッタの反対意見によって実現することはなかった。
学生たちの主体性に任せるつもりだった二人も、そこだけは口出しせずにはいられなかったらしい。
その二人が、いかにカティアが大根役者であるのかを学生たちに滔々と語って聞かせるのを、当の本人はなんとも言えない表情で聞いていたものだ。
しかし自覚があるので彼女は反論できなかった。
そもそもカティア自身も、今年で卒業となる3年生たちに花を持たせたいと考えていたので、それは別に良かったのだが……
言われっぱなしも面白くないので、実際の演技で見返してやる!と、密かに闘志を燃やしていた。
と言うことでカティアは主役ではないが、それなりに出番がある準主役となった。
それすらもシクスティンは渋い顔をしていたが、流石のカティアもそこ譲らなかった。
もともとは自分自身が役者として舞台に立ちたいという願いを実現するための秘策だったのだから……
(……まあ、シクスティンさんは舞台に関しては妥協しないからね。とにかく、セリフが歌でさえあれば問題ないというところを見せらたから……エーデルワイスの舞台も夢じゃないよ!)
と、カティアは改めて気合を入れる。
今回の演技で高い評価を得られたので、野望に向けて一歩前進した……というところか。
こうして学園祭本番に向けての準備は順調に進み……あとは繰り返し通し稽古を行って完成度を高めていくだけである。
そして、もうすぐ学園祭本番の日となる。




