衣装合わせ
学園祭が数日後に迫った、ある日のこと。
午後の授業時間はまるまる準備に充てられるようになり、既に校内は祭りの雰囲気を感じさせていた。
カティアたち1年1組でも、本番に向けての最終確認などが行われていたのだが……
「う〜ん……凄く可愛いんだけどさ……」
「ちょっと……こう、なんか違うのよね」
そう言って首を傾げるのは、レティシアとステラだ。
彼女たちの視線の先には……
「な、何が違うのステラ?なんか変なところでもあるの?」
友人二人から微妙なコメントと視線を受けて、カティアは自身の格好がどこかおかしいのかと不安になる。
彼女たちはこの1年1組のイベントである『メイド・執事喫茶』の衣装合わせを行っていた。
それは貴族家に仕えるメイドが着るような地味目のものではあるが、デザイン担当のこだわりによって洗練された雰囲気が感じられる。
しかし、そこに想定外の落とし穴があったのだ。
「いや、可愛いし似合ってるとは思うんだよ。でもさぁ……」
そう、困ったようにレティシアが言葉を濁すと、ステラがあとを引き取って言う。
「全くメイドに見えないのよね。もうちょっと抑えたデザインでも良かったんじゃない?まあ、それでも怪しかったと思うけど……」
そう。
カティアは確かにメイド服に身を包んでいるのにも関わらず……何と言うか、彼女自身のオーラのようなものが全く隠しきれないので、とてもメイドには見えないのだ。
「そんな馬鹿な……メイドの格好してるのにメイドに見えないなんて……そんな事あるわけが……」
聞かされた事実に、カティアは呆然と呟いた。
「別にこのままでもいいと思うけど、ちょっと浮いちゃいそうだね。まあ、予想の範囲内ではあるけど、コンセプト的にはどうだろう?」
「いや、そう言うレティ……ステラも、私と似たようなものでしょ。きっとルシェーラやシフィルだって……」
確かにカティアが言う通り、同じようにメイド服に着替えたレティシアやステラも、使用人と言うには高貴なオーラが滲み出ているが……
「カティアと比べたら大したもんじゃないよ。それに私、今回のイベントのためにウチのメイドさんたちに色々教わってるんだ〜。完璧なメイドさんを演じてみせるよ!」
そんなふうに、レティシアは元気に答える。
前世男の記憶を持つ割にはノリノリだなぁ……と、同じく男の記憶を持つカティアは少し複雑そうな表情になった。
「お、ステラさん……それに、姫さんにたちも。着替え終わったんだな」
「みんな大体着替え終わったみたいですね。サイズとか問題ないですか?」
そう言って声をかけてきたのは、フリードとユーグだ。
彼らも既に衣装……執事服に着替えている。
「あ、フリード君にユーグ君。ええ、衣装に問題はないわ。……どうかしら?」
ステラの最後の言葉はフリードに向けたものだ。
やや恥ずかしそうにしながら、上目遣いで問いかける。
(……破壊力があるよね、アレ。フリードったら馬鹿みたいに頷いてるし。「似合うッス!最高ッス!」って、いつもそれじゃないの)
(ステラは素であれだから……恐ろしい子だよ。しかし彼も変わるもんだねぇ……)
カティアとレティシアは、二人の様子を見てコソコソと囁きあった。
彼らが付き合い始めてからもうしばらく経つが、未だに初々しい様子だ。
フリードもすっかり一途になって、カティアはそれを意外に感じていたが、なにはともあれ良かったとも思っていた。
「しかしカティアさんは……やっぱり、そうなりますよね」
「……一応聞くけど、何のこと?」
「いやいや、聞くまでもないよね〜」
ユーグが言わんとすることは、レティシアたちと同じと言うことだろう。
「……私、もと平民なのに」
「ルシェーラちゃんは、その頃から雰囲気はあったって言ってたね。まあ、それはどうしようもないし、可愛いなら良いんじゃない?」
「いや、やるからには完璧を目指さなければ!……そうだ。きっとこの髪が目立ち過ぎるんだ。舞台とは勝手が違うからね……」
そう言ってカティアは自分の髪を一房つまんでしげしげと眺める。
光の加減によって金にも銀にも見える不思議な色合いの髪。
たしかにそれは、彼女が目立つ大きな要因の一つだろう。
「確かに、それはあるかも?」
「よし。それなら、ここに取り出したる染色の魔法薬で……」
どこからともなく取り出したのは、怪しげな色をした液体の入った小瓶だ。
いつぞやの、髪色を変えるために使った魔法薬である。
それを使えば、彼女の髪色は黒く染まるのだ。
「……それ、いつも持ち歩いてんの?」
「こんな事もあろうかと!」
そうして魔法薬で髪を染めると、確かに彼女の思惑通りに落ち着いた雰囲気になった。
ともあれ……その後も会場のセッティング、タイムスケジュール、当番交代、係決め、メニューの試作試食……などなど、慌ただしく準備が進められるのだった。




