学園祭準備
いよいよ学際が近付き、一部の授業と放課後はその準備に充てられるようになる。
それもあって、学園内は普段よりも遅い時間まで喧騒に満ちていた。
そこかしこから聞こえてくる釘を打つような音、鋸で木を切るような音は、大道具小道具を作るためのものか。
作業をしながらもお喋りする声、楽しそうな笑い声が溢れている。
どこか浮ついたような空気感、学生特有のそれを肌で感じながら校舎を歩くカティアとレティシア。
レティシアは両手で一抱えもありそうな大きな木箱を重たそうにしながら運んでいる。
一方のカティアも同じような箱を三つも重ねているが、全く余裕の表情だ。
すれ違う生徒たちが驚きの表情を浮かべていた。
「……学園祭って、こんな雰囲気だったっけ?」
「う〜ん……正直あんまりハッキリとは覚えてないけど、懐かしさを感じるってことはそうだったんだろうね〜」
レティシアの独り言にも似た問い掛けに、カティアはそう答えた。
二人とも前世の学生時代を思い出し郷愁を感じている様子だが、そこに悲しみの色は見られない。
前世はあくまでも前世。
なにより今を楽しむことの方が大切と言うことだ。
それでも自然と二人の会話は前世の学園祭に関するものとなる。
「カティアは何をやってたの?」
「ん〜……喫茶店とか、まあ割と普通のやつだね。レティは?」
「私もクラスのは普通だったかな。同好会のはそれなりに色々頑張ったよ」
「同好会?」
「うん。鉄道研究会。鉄道模型のレイアウト作って運転会とか、オススメの鉄道旅行プランを発表したりとか。旅先の写真を添えたりしてね」
「あ〜、なるほどね〜」
前世も今も変わらずの彼女の鉄ちゃんぶりに、カティアは納得する。
そうこうしているうちに、彼女たちは自分のクラスに戻ってきた。
「ただいま〜!」
「みんなお疲れ様〜!工具とかいろいろ借りてきたよ〜」
「あ、カティアさん、レティシアさん。ありがとうございます。取り敢えずそちらに置いてもらえます?」
1年1組の教室に入ると、級長のユーグが二人に労いの言葉をかける。
教室の中では他のクラスと同様に、クラスメイトたちが学園祭に向けての準備作業を行っていた。
机や椅子を隅に寄せてスペースを確保し、教室を飾り付けるための大道具小道具を製作しているのだ。
主に男子たちは、木の板や柱を組み合わせて壁やゲート、仕切りを作ったりする大工仕事。
色塗りや飾り付けには女子の一部も混ざっているようだ。
主に女子たちは、テーブルクロスや衣装などを作る裁縫仕事。
衣装については、新規に購入、あるいは各家(主に貴族家)から持ち寄ることも検討されたが……
新規購入は、一度きりのイベントであるのに予算がかかりすぎるため却下。
持ち寄りも統一性がとれないため、どうせなら自分たちで作ってしまおう……となったのだ。
アパレル同好会所属の女子生徒とカティアがデザイン・監修にあたり、手分けして縫製作業をおこなっている。
最初に見本として、男子女子それぞれ一着ずつ作ったのはシフィルだった。
これにはクラスメイトたちもその意外性に驚いた。
「ふふん、ど〜よ?さぁ、私の女子力の高さにひれ伏すがいい!!」
とは、その時の本人の言葉。
彼女は料理も得意だったりするので、それは確かなのかもしれないが……
「そのセリフには女子力は感じられないねぇ……」
と、カティアからのツッコミが入ったりしたものだ。
教室に戻ってきたカティアとレティシアも作業に加わるが、少し経ったところで……
「みんなゴメン!今日は稽古があるから、私はこれで抜けるね!」
と、カティアが申し訳無さそうに言った。
それに代表して答えたのは、一緒作業をしていたルシェーラだ。
「気にしないでくださいまし。他にもクラブ活動で抜ける人はいますし……皆それぞれ交代しながらやりましよう」
「うん、ありがとうルシェーラ。じゃあ行ってくるね!」
そう言って彼女は再び教室を出ていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「こんにちは〜!」
大ホールにカティアの挨拶の声が響き渡る。
演劇・合唱の両クラブのメンバーが彼女の方を振り返って大きな声で挨拶を返してきた。
彼らは舞台上で振り付けを確認したり、客席に集まって打合せや台本の読み合わせをしたり……学園祭の発表に向けての稽古や準備に熱心に取り組んでいた。
「カティアさん、お疲れ様」
客席の集まりの方にやって来たカティアに、指導のため来ていたシクスティンが声をかける。
共に来ている妻のロゼッタは、舞台の上で熱のこもった指導をしているようだ。
「あ、シクスティンさん!どうです、仕上がり具合は?」
「ええ、順調ですよ。やはり学園生の皆さんは優秀で物覚えが良いですね。ロゼもそう言ってました」
「お二人の指導が素晴らしいからですよ」
「ええ、本当に。またとない機会を得られて、みんな大変喜んでます」
シクスティンの言葉に、両クラブの部長が感謝の言葉を伝え、周りの部員たちもそれに頷く。
その様子から、それは本心からのものと言うことがよく分かった。
「そう言っていただけると、こちらとしてもやり甲斐があります。将来的に……この中からエーデルワイスで一緒に舞台に立ってくれる人がいるかもしれませんね」
「そうなったら私も嬉しいな〜」
進路希望は様々であろうが、メンバーの中には本格的にプロの劇団員となることを考えてる者もいるかもしれない。
シクスティンもカティアも、少しだけ先の未来に新たな仲間が出来ることを期待する。
「それじゃあカティアさんも来たことだし……皆で発声練習に移りましょうか。カティアさん、指導をお願いね」
合唱部部長のクラリスはそう言うと、両部員たちに声をかけて集合させる。
学園祭で初披露する予定の『ミュージカル』について、そのコンセプトを最も理解しているのは提案者のカティアである。
故に彼女は、シクスティンやエーデルワイスの楽団員たちと一緒に、セリフとともに奏でられる旋律を作り上げていった。
そして部員たちへの『歌』の指導についても買って出たというわけだ。
1年生が先輩たちを差し置いて……と、彼女は思わなくもなかったが、現役のプロの歌姫であるカティアに指導してもらう事は、むしろ大いに喜ばれた。
そんなふうにして、学園祭に向けての準備は着々と進んでいるのだった。




