生命の芽吹き
エーデルワイス邸でシクスティンとロゼッタに、学園祭の準備に向けての協力を依頼したあと。
カティアはティダ一家の部屋を訪れていた。
ティダとリィナは不在らしく、アネッサだけが在室している。
その彼女はベッドの上、上半身だけ起こして来客を迎えるのだった。
「それで〜……学園祭のお手伝いを〜ロゼッタたちに頼んだの〜?」
「うん、そうなんだよ。アレをやるからには、本格的に行きたいからね。本当は姉さんにも手伝ってもらいたかったけど……今は大事な時期だもんね」
「そうね〜……リィナのときはぜんぜん平気だったのに〜。体調戻ったら〜、舞台には復帰したいけど〜」
「ダメだよ、無理しちゃ……」
アネッサは体調が優れず自室で療養しているが、病気というわけではない。
実は……彼女のお腹の中には今、新たな生命が宿っている。
ティダとアネッサの第二子、リィナの弟か妹を妊娠しているのだ。
少し前から体調を崩す事が多くなった彼女だったが、『これはもしや……』ということで医師の検査を受けて判明した。
当人の言う通り、リィナを身籠っていた時にはほとんど無かった妊娠初期の症状が、今回はかなり重たいらしい。
表情は普段通りに穏やかではあるものの、少しやつれた様子だ。
当然ながらカティアは心配で、あれこれ世話をするために時おり部屋を訪れている。
今回も様子見でやってきて、ついでに世間話がてら先程シクスティンたちにした学園祭の事を話したところだった。
「もう若くないから〜、出産もリスクが有るってことかしらね〜?」
「若くないって……まだ三十になったばかりでしょ」
カティアの前世の記憶……琉斗からすれば、三十代前半での妊娠出産など当たり前の感覚ではある。
しかしこの世界では、そのあたりの感覚は少し異なるのかもしれない。
とは言っても、珍しいというほどでもないだろう。
「とにかく今は安静にして。何か欲しいものとかあったら遠慮しないで言ってね」
「ありがと〜。王女さまにお世話してもらうなんて〜、凄い贅沢よね〜」
「何言ってるの。姉さんは大切な『家族』なんだから、当たり前でしょ。……母様もお見舞いに来たがってたけど、気を使わせても悪いからって遠慮してるみたい」
「別に〜気軽に来てくれてもいいのに〜。私もヒマだから〜、お喋り相手がいると嬉しいわ〜」
王城とエーデルワイス邸の二重生活をしているカティアはともかく、王妃が訪問するとなれば、お忍びであっても何かと調整が必要になる……ということだろう。
「言っておくよ。……そう言えば、ティダ兄とリィナは?」
「買い出しに行ってるわ〜。入学準備で〜何かと入り用だから〜」
「あ、初等学園か。もうすぐだね。クラーナとミーティアは来年あたり……って話が出てるから、リィナは先輩ってことになるかな?」
王立アクサレナ初等学園は、おおよそ6歳〜15歳の子供たちが入学する6年制の学校だ。
リィナは現在9歳なので、15歳で卒業となる。
カティアの同級生の半数近くは、初等学園出身者だったりする。
貴族階級の子女は初等学園には入らずに専任の家庭教師に師事することも多いので、初等学園は高等学園に比べて平民の割合が多い。
逆に平民は高等学園までは進学せずに就職することが多いので、高等学園は貴族子女の割合が多くなっている。
「初等学園の制服もカワイイんだよね〜。あとでリィナの制服姿の『写真』を撮ってあげるね」
写像魔道具でミーティアやクラーナ、リィナを激写するのが、カティアの趣味の一つだ。
プレートも買いに買い足し……既に百枚を超え、王城とエーデルワイス邸の自室に飾られているのだ。
「あら〜、ありがと〜。私もあれ買おうかしら〜。この子が生まれてきたら〜……いっぱい思い出を残してやりたいわ〜」
そう言って彼女は、まだ目立たないお腹を優しく撫でる。
まだ見ぬ我が子を慈しむその表情は、とても穏やかだった。
(姉さん、すごく嬉しそう。お母さんの顔だね)
姉と慕う彼女が嬉しそうにしているのを見ると、自分も嬉しくなってくる。
そして、いつかは自分も……と思って、婚約者の顔を思い浮かべながら、自分のお腹を撫でる。
(私も、いつかテオの赤ちゃんを…………って!結婚もまだなのに何を考えてるのっ!?)
「……あら〜?カティアちゃんってば〜、何を想像してるのかしら〜?」
急に顔を赤らめて身悶えし始めたカティアに、アネッサは問いかけるが、もちろん彼女はいろいろと察している。
「な、なんでもないよっ!あ、私そろそろいかなくちゃ!じゃあね!」
アネッサの声音にからかいの色を感じたカティアは、戦略的撤退を選択する。
そして彼女は、いそいそと部屋を出ていくのだった。
「あらあら〜……カティアちゃんは〜、ホントに初心よね〜」
残されたアネッサは微笑ましそうに呟いた。
そして、王女になっても、英雄になっても変わらない妹分に安心を覚える。
きっとこの先も、自分たちの関係は変わらないだろう……と。
「まあでも〜、あの分なら心配いらないかしら〜」
彼女は、カティアの魂が『琉斗』と融合した話を聞いている。
なので、カティアがテオフィルスとそういう関係になろうとする時に、少なからず葛藤するのでは……と思っていた。
しかし先程の様子を見る限り、それも杞憂か……と、そのことについても安心するのだった。




