幼き皇女の決意
ーーーー エルネラ ーーーー
何度かあった魔物の襲撃を乗り越え、私達はついにグラナ帝国との国境となっている山岳地帯に入りました。
グラナ五大峰の一つ、万年雪を頂き常に白く輝く『白輝峰』を筆頭に、急峻な山々が連なるユラン山脈です。
因みに、ボラちゃんの守護地の霊峰フォスボラスも五大峰の一つですわ。
そんな険しい山岳地帯ですけど、はるか昔のグラナ帝国最盛期に築かれた街道のお陰で、私やお姉様は馬車に乗ったまま進むことが出来るのです。
ご先祖さまに感謝しないとですわね。
とは言っても……せっかく張り巡らされた街道も、グラナの衰退に伴ってその多くが荒廃してしまったと聞きます。
ここは重要な交易路として使われていることもあってキチンと整備されているのが幸いでした。
ですが、いくら街道があるとは言え険しい山超えの行程であることに違いはありません。
これまでよりも格段にスピードは落ちましたし、何度も休憩が入ります。
私達は馬車に乗ってるから楽ですけど、外の徒歩の人達は大変なのでしょうね……
そう言えばリシィお姉様も馬車に同乗してもらおうとお姉様がお誘いしていたのですが、『私は馬車より徒歩のほうが慣れてるから』と仰ってました。
私としては、リシィお姉様ともっと仲良くなりたいのですが……
ずっと馬車の中で退屈してましたし、私も少し外を歩こうかしら……?
お付きの人たちはあまり良い顔はしないでしょうけど。
「エル?……少し、外も歩いてみたいのかしら?」
さすがお姉様です。
私の気持ちをすぐに察してくれました。
「はい、お姉様。自分の立場は理解してますが、私だって自分の身を自分で守ることぐらいできますわ」
ふふふ……私はお姉様と同じ東方の秘術である『符術』を修めてますし、更にはカルヴァード大陸の魔法も使えるのです。
私、とても強いですのよ。
お姉様も『エルはとても頑張ったのね』と、褒めてくださいました!
まあ、その能力に目を付けられて、黒神教に捕まって魔族にされてしまったのは失態でしたけど……
それもあって、今回の帰国の旅に同行する事を、お姉様は最初は渋っていました。
私はイスパルのカティア様に庇護してもらいなさい……と。
ですが、私はもう二度とお姉様から離れない。
そう誓ったのです。
最終的には、私の気持ちを察してくださったカティア様にも協力してもらい、なんとかお姉様を説得して同行することが出来ました。
それに私には……役割があるのです。
それは。
『その前にエルネラよ。そろそろ……』
「あ、もうそんな時間でしたか。では……」
ボラちゃんの言葉を受けて、私は意識と魔力を集中させます。
そして、腕に抱いたドラゴンのぬいぐるみに魔力を注ぎ込むと……
『……ふぅ〜。染みるのぉ〜……』
「……ボラちゃん、おじいちゃんみたいですわ」
「本当ね」
と、言うように。
私はボラちゃんのお世話をしないといけないのですわ。
彼の存在を留めるためには女神様達のお力だけでは足りず、もともと親和性が高かった私の魔力を用いる必要がありました。
それで何とか救うことができたのですが、それでも精神体だけでは不安定な状態だったのです。
ですから、依代に固定化した上で定期的に私の魔力を注ぐ事で安定化させる必要があるのですわ。
フォスボラスに戻れば自身の存在を留めるくらいには力を取り戻せるらしいですけど……それまでは私が守ってあげないといけないのです!
……ペットを飼ってるみたいで、ちょっと嬉しいと思っているのはヒミツですわ。
「じゃあエル……少し外の空気を吸いましょうか?」
「はい!」
今、ちょうど一行は峠にさしかかるとろこみたいです。
少し肌寒いですけど、新鮮な空気がとても気持ちいいですわ。
自分の足で坂道を登る。
街道は山の斜面を横切るようにして高度を稼いでいく。
「うわぁ〜……お姉様、すごく遠くまで見えますわ!」
「ええ、とても素晴らしい景色ね……」
眼下に広がる大パノラマ。
遥か遠くに見えるのは、私達が航海してきた海かしら?
私達が素晴らしい景色に見とれて立ち止まると、他のみんなも足を止めてくれる。
あともう少しで峠を超えますから、そうしたら今度は同じようにグラナ帝国が一望できると思います。
ボラちゃんに乗って空を飛んだときも、もっと見晴らしの良い景色だったのかもしれないけど……
私が魔族になっていた間の記憶はどこかあやふやで、あまり覚えていません。
お姉様はそれでいいとおっしゃってくれたけど、誰かを傷つけてしまったのではないか……そう思うと不安な気持ちになってしまいます。
でも、カルヴァードの方々はとても優しくしてくださって……皆さんとても良くしてくださいました。
イスパルに滞在させてもらったときも、カティア様やミーティアちゃん、クラーナちゃんと仲良くなれましたわ。
だから私は、お姉様に協力してグラナ帝国をもっと良い国にして……いつかまたカルヴァードに行ったら、みんなともっと仲良くなりたいと思ったのです。




