第十五幕 43 『闇の中の希望』
暗い……
寒い……
怖い……
暗闇の中、私の魂は凍りついていく。
存在そのものが闇に溶けていくような……深い深い奈落の底へ沈んでいくような恐怖が、ずっと私の中に渦巻いて、気が狂いそうになる。
だけど、私はまだ自我を保っている。
何でだろう……?
このまま、心を閉ざしてしまえば……楽になれるだろうに……
そう考えた途端、何だか恐怖心が薄らいだ気がする。
そして何もかも溶けて消えていくような感覚が強くなって……
『…………ア』
ふと、何か聞こえる気がした。
『………ティア』
……?これは、誰かが私を呼んでいる?
『……カティア、しっかりしなさい』
だれ?
私を呼ぶのは…………
何だか懐かしい気がする声……
ずっと昔に聞いたような……心地よい女の人の声……
誰だったかな……?
その声を聞くと安心して眠れるような……
このまま、眠ってしまおうか……
………………
…………
……
『ええーーいっ!!寝るんじゃないわよ!!しっかりしなさいっ!!カティアっ!!!』
「うひゃいっ!?」
優しく呼びかける女の人の声が、突然怒鳴り声に変わって私はびっくりして意識が覚醒する。
「え?え?……だ、だれ?」
何も見えず、何も聞こえないと思っていた闇の中、気がつけば私の前に優しい光が佇んでいた。
先程の声はそこから聞こえた気がしたが……
『しっかりしなさいカティア。自分を強く持ちなさい。闇に飲まれて溶けてしまえば……もう二度と目覚めることはないわよ』
やっぱり幻聴なんかじゃない!
女の人の声がはっきりと聞こえる!!
「だ、誰なんですか?こんなところに、何故……?」
光から聞こえてくる女の人の声。
そして、やはりどこか懐かしさと安心感を覚える声。
いったい誰なのか……?
私が事態に戸惑っていると、光が姿を変え始めた。
それは段々と人の形を取り始め……
「え……?ミーティア……?いや、私……じゃない。でも、似てる……」
光は少女の姿を取り、それはミーティアによく似ていた。
そして、時間を早送りしたかのようにその姿はみるみるうちに成長して私と同じくらいに……そして、最後には私よりも少し年上、20歳前後の女性の姿となった。
黄金の髪に青い瞳だが、その顔はやはりミーティアや私によく似ている。
そして、その穏やかな微笑みは、その声と同じく懐かしさを感じさせる。
私はこの人を知らない。
でも、私はこの人を知っている。
そんな矛盾した思いが絡み合う。
『カティア、諦めてはだめよ。心を強く持ちなさい。あなたは今までずっと、そうしてきたでしょう?』
「……お母……さん?」
その言葉は、自然に私の口をついて出た。
そうだ、私は知っている。
王城で姿絵を見たことがある。
いや、それ以上に……魂が憶えている。
私の母、カリーネは私を産んで直ぐに亡くなった。
だから、その姿も声も……温もりも、何も覚えていないはず。
だけど……
私が『お母さん』と呼んだとき、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。
とても優しく、心を締め付けられるように悲しく、そして懐かしい笑顔。
あぁ……記憶に無くても、この人は私の母なんだって、はっきりと分かったんだ。
「本当に……私のお母さんなの……?」
『ええ、そうよ。……とは言っても、私はカリーネの魂の残滓。死の間際にあなたの事を心配する気持ちが、王家の守護石に乗り移った欠片に過ぎないわ』
王家の守護石……?
あの、母の形見だって言われて、父さんに渡された……?
ずっと肌身離さず身に付けていたあの青い宝石に、お母さんの魂が宿っていたの?
あ!?
もしかして……?
「もしかして、『異界の魂』から私を護ってくれたのは……?」
リル姉さんと話したときは、印の力が上手く作用したのでは……?なんて推測していたけど結局結論は出てなかったんだ。
『あれは本当に奇跡だったわ。それでもエメリール様のお力が無ければあなたを喪っていたところだったのだけど』
やっぱり私の想像は当たっていたらしい。
じゃあ、そうすると……?
「ひょっとして……ミーティアがお母さんなの?」
私を護るために異界の魂に囚われて……そしてそれが今はミーティアになってるなら、そういう事だと思った。
だけどお母さんは首を振って否定する。
『確かに私の魂の欠片はあの娘の一部ではあるけど……あくまでもあの娘は、あなたの娘のミーティアなのよ。今もあなたを助けるために闇に飛び込んで……だから私がここに来て、あなたと話をすることが出来たのよ』
「そう……だったんだ……」
『もうとっくにあなたは立派に成長して、見守る必要など無かったんだけどね。もう少し、もう少し……そう思ってるうちにここまで来たわ。でも、それが結果として良かったみたい』
お母さん……
ずっと……生まれたときから、いまこの時まで……ずっと私を護ってくれてたんだ……
私の心が温かいもので満たされる気がした。
『さあ立ちなさいカティア。あなたにはまだ、戦うべき相手が残っているでしょう?あなたの中のもう一人の自分……琉斗の因縁は、自分自身の手で決着を付けなければ……そうでしょう?』
「で、でも……私にはもう戦う力は……」
邪神リュートの力は、人間も神も超えて……もはや何者も抗うことが出来ないように思えた。
だけど、お母さんは優しくも厳しい声で私を叱咤する。
『何を言ってるの。あなたにはまだ、残されているはずよ。皆から託された大切なものが……。あなたの手で決着を付ける。でも、それは一人だけの力で戦うわけじゃないわ。聞こえないかしら?あなたを呼ぶ声が……!』
声……?
あ…………確かに聞こえる。
これは……テオの声?
ううん、彼だけじゃない。
邪神の力の前に倒れたはずの仲間の皆の声が……リル姉さんたち神々の声が……地上にいるはずの私の大切な人たちの声が。
そして、これまで出会った人だけでなく、見知らぬ多くの人たちの声も……!
私の口から自然と歌声が紡がれる。
みんな、私はここにいる!
まだ戦える!
そんな思いと、希望を歌声に乗せ、私の舞台で光輝くために……!!
『さあ、行きなさいカティア……愛しい私の娘……ずっと、見守っているわ』
闇の中に眩いばかりの光が満ちていく!
そして…………私は再び決戦の地へ舞い戻る。
今度こそ全ての決着を付けるために!!




