第十五幕 15 『調律師の最期』
ついに調律師を追い詰めたと思った矢先……彼女は天高く舞い上がり、聖剣を頭上に掲げた。
そして、私達は驚くべき光景を目の当たりにした。
雲に覆われ薄暗かったとは言え、まだ昼日中で陽光の明るさが感じられていた中、突如として夜の闇に包まれたかと思えば、頭上に満天の星空が広がった。
そして、それに魅入る間もなく、星明りは調律師が掲げる聖剣へと吸い込まれ……
「[破軍流星]!!」
振り下ろされた聖剣から無数の流星が地上に降り注ぐ!!
このままでは危ない!!
そう、思ったとき……シェラさんが両手を広げて魔法を行使した!!
『我らを災禍より護れ!![星天佳鏡]!!』
すると、シェラさんから放たれた光が広がり、天の川のようになって流星を受け止める!!
流星が衝突したところに無数の波紋が生じ、水滴のように星屑をまき散らす。
衝突のたびに、シャリンッ!シャリンッ!と、その威力に似つかわしくない涼やかな音が響き渡った。
破滅的な災厄のごとき攻撃と、それを受け止める守護結界。
それが織りなす光景は……魅入るほどに美しいものだった。
やがて、星々の煌めきは淡雪のように溶けて消える。
束の間の天体ショーは終わりを告げ、陽の光が再び荒野を照らした。
「カティアさん!!」
……っ!!
シェラさんの声に、我に返る。
見上げれば、シフィルとミーティアが風魔法で調律師を抑え込もうとしていた。
そうだ、まだ終わっていない!!
私はまだ発動中だった印の滅魔の光を収束させ、天に向かって撃ち放つ!!
最大の切り札を使った代償なのか、調律師は風魔法による束縛を脱することが出来ず、そして……
「くぁーーーーーっっっ!!!」
苦悶の叫びが木霊する!!
流石に一息で滅ぼすことは出来ないけど……これで勝負ありだ!!
ーーーー シェラ ーーーー
私の目の前で滅魔の光に飲み込まれたヴィーが、苦悶の悲鳴を上げている。
なまじ強大な力を持つためなのか、直ちに身体が滅びることはなく……それだけ苦痛の時間が長引いてしまう。
ああ……もう……見ていられない……
せめて最期は、私の手で……
そう思って、魔力を練り上げようとすると。
「……無理するな」
私の肩を、ポン……と優しく叩きながら、ロランが言った。
「で、でも……!!」
「お前に妹殺しの業を背負わせる訳にはいかねぇ。俺が今、楽にしてやる」
そう言って、彼は6本の魔剣に指示を出し、自らも斬撃を振るう。
そして、私の妹は…………
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力尽きた調律師……ヴィリティニーアが、地面に横たわる。
まだ身体は滅びていないが、既に崩壊が始まっていて、残された時間は僅かだろう。
シェラさんが手を取り抱き上げながら、最期の時を看取っていた。
「ヴィー……」
金の瞳に大粒の涙が溢れ出し、頬を伝い落ちる。
胸が締め付けられるような光景に、誰もが言葉を発することができない。
ミーティアも涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、私の胸に顔を埋めている。
その時、もう喋ることも出来ないと思われたヴィリティニーアが、かすれた声で語りかけてきた。
「……ねぇ…さん……」
「ヴィーっ!!?」
その瞳は、もう何も映していないのだろうか。
何かを探すように視線が彷徨う。
「……長い……夢を……見ていたわ……」
「ヴィー……?あなた……元の人格が……?」
穏やかなその口調は、確かにこれまで対峙してきた調律師のものとは違うように思えた。
「……ねぇ…さん……最期に……」
「ヴィー!!最期に……最期に、なに!?」
しかし、それを最期にヴィリティニーアは言葉を紡ぐ事はなく……
「あぁ……ヴィー……ヴィーっっ!!!」
シェラさんの呼びかけも虚しく、ついにはその身体も崩れ去るのだった。




