第二幕 14 『隠し子騒動』
「…え?ママ?」
え?
誰が?
私?
どゆこと?
「カティアさん…お子さんがいらしたんですね…」
「そんな訳無いでしょう!?」
2回目!!
天丼はいらないよ!
「ママ〜!むふ〜」
そう言って女の子は私の胸にグリグリと頭を押し付ける。
埋めるほどには大きく無いよ…って、うっさいわ!
「ちょ、ちょっと待って!」
取り敢えず女の子を胸から引き剥がして向き直る。
「うにゅぅ?」
「え〜と、まずは…あなたのお名前はなあに?」
「ん〜?なまえ?…かてぃあっ!」
…なんでやねん。
いや、小さいカティアと見た目同じなんだけど、まさかあの子が現実世界に現れた訳じゃないよね…
「…この子もカティアって言うんスか」
「紛らわしいですわね」
「…一体どういう事なんだ?」
それは私が知りたい。
「え〜と、ママって言うのは…?」
「ん〜?ママはママなの」
「あ、あのね、私もカティアって言うんだけど…」
「ママとおんなじ?おそろいだ〜!」
…だ、だめだ。
どうやら見た目通りの幼女ということみたい。
「え〜と、できればママはやめてくれないかな〜?」
「え?ママ、ダメ?…ふぇ…」
ああ!泣いてしまう!
「ああ〜!!大丈夫だよ!うん、私がママですよ〜!」
泣く子には勝てるはずもなく、仕方なく了承する…
「ええと、カティアちゃん?は、寝る前のことは覚えてる?」
と、リーゼさんがかがんで目線を合わせてカティア?に尋ねる。
「ぐすっ、ねるまえ?…ん〜、わかんない」
だめか…
覚えていないのではしょうが無い。
状況的にただの女の子ではないと思うのだが、振る舞いは年相応の女の子そのもの。
他にもいろいろ質問してみるが、やはり目覚める前のことは何も覚えていないようだ。
「覚えていないのでは仕方ありませんわね…カティアさん?」
「何ですか?」
「な〜に〜?」
「…う、やりにくいですわね…えっと、ママの方のカティアさん?」
「…いろいろ言いたいことはありますが。何でしょうか?」
「最初はうちの養女とも考えましたが、カティアさんの方でこの子の保護をできませんか?これほど懐いてるのに引き離すのも可哀想ですし…非常に残念ですけど」
残念なんだ…
「…私も、ママと言うのはともかく、他人とは思えませんしそれは構いませんけど…」
そこそこ稼ぎもあるから、女の子一人養うくらいはできる。
それに、不思議なくらいこの子に対して愛情を感じるので、正直お嬢様がそう言わなければ私の方からお願いしてたと思う。
「じゃあ、お願いしますわ。…ジョーンズさん、遺跡調査中にもしこの子の手掛かりのようなものがありましたら教えてくださいますか?」
「あ、はい。それはもちろんです」
「お願いしますわね。…しかし、二人とも名前がカティアじゃ何かと不便ですわね」
「ちっこい方は別の名前を考えてあげたほうが良さそうッス」
「うにゅ?」
それはその通りだ。
私と一緒にいるなら別の名前を考えてあげたほうがいいだろう。
でも、どんな名前がいいだろう?
「名前…ですか」
「ちびカティア、で『チビティア』って言うのはどうッスか?」
なにそれ?
可愛くないよ。
ティダ兄って呼ぶぞ。
「却下」
「きゃっか〜!」
「がっくし…ッス」
「じゃあ、ミニカティアでミニティアとか?」
う〜ん、響きは良くなったけど。
もう一ひねり欲しいところだ。
ミニ、ティア…ミニティア…ミー…
「…もう少し捻って、ミーティア、はどうかな?」
「あら、良いですわね」
「あなたはどう?」
「うにゅ?」
「あなたのお名前だよ、私と同じ名前じゃ皆が呼びにくいでしょ?ミーティアって可愛い名前じゃない?」
「みーてぃあ?…うん、わたしのなまえは、みーてぃあ!」
「ふふ、気に入ってくれたみたいだね」
「うん!ありがとう、ママ!」
「あ、あのね?ママっていうのはちょっと…せめてお姉ちゃんとか…」
再びチャレンジ…
「…ダメなの?(うるうる)」
「くっ…ま、ママでいいよ…」
「わ〜い!」
拝啓、前世の父さん母さん。
転生したら女になったばかりか、未婚の母になってしまいました…
「ふふ、大変だなカティア」
「もう、他人事だと思って…」
「あ!パパ〜!」
「「!!??」」
「あら?カイト様…やはりお二人の…?」
「「そんな訳無いでしょう(だろ)!?」」
もう、それはいいって!
ひと通りジョーンズさんへの報告を終えた私達は、日が沈む前までに街に帰ることにした。
小さいカティア改めミーティアは、すっかり懐いたパパことカイトさんに肩車してもらってご満悦だ。
最初は戸惑っていたものの、小さな子供に懐かれるのはまんざらでもないようで、優しく面倒を見る様子は本当に父親のようだった。
その微笑ましい光景に思わずほっこりする。
「ママ〜!見て見て、ちょうちょ〜!」
「はいはい…って、ヴァンパイアモスじゃない!」
ミーティアが指差す先には、体長50センチ程もある巨大な蛾の群れが。
ちょうちょなんて可愛らしいものじゃない。
脅威度Eランクの吸血蛾…魔物だ。
「ミーティア、ちょっとおめめを瞑っててね〜。…リーゼさんお願いします(コソッ)」
私がそう言うと、カイトさんはミーティアを肩から降ろして魔物が見えないように抱っこしなおす。
さすがに目の前で倒すのも気が引けたのだ…
「分かりました…[炎弾・散]」
リーゼさんの放った魔法でサクッと殲滅。
そして、ミーティアに魔物の残骸を見せないように急いで先に進んだ。
「うわぁ〜…ママ!おうちがいっぱいだよ!」
遠目に、夕日に染まるブレゼンタムの街が見えてくると、ミーティアはキラキラと目を輝かせて報告してきた。
「ええ、私達はこれからあそこに帰るんだよ」
「ふ〜ん、ひともたくさん?」
「そうだね。とっても賑やかな街だよ」
ミーティアに街のことをいろいろ教えてあげながら歩いていくと、やがて街の東門に辿り着いた。
街の近くまで来たところでミーティアを降ろして、私とカイトさんが手をつないで一緒に歩いているのだが…(ミーティアにお願いされて断りきれなかった…)
「何だか注目されてますね…カティアさんが」
「まあ、もともと有名人な上にミーティアを連れてますから当然ですわね」
く、しまった…
私、有名人だったよ。
何か顔を隠せるものがあればいいんだけど、フード付の外套とか持ってないし…
もう今更な気もするが。
と、注目を浴びながら報告のためギルドに向う。
ギルドにやって来たが、当然ここでも注目の的だ。
宿でミーティアを姉さんとかに預ければ良かったと気付いたが遅かった。
(おい、カティアちゃんが連れてる子、だれだ?)
(分からんが、そっくりだぞ)
(何か「ママ」とか言ってるぞ!?)
(まさか、カティアちゃんの娘だって!?)
(今度はカイトのことを「パパ」って呼んでる!?)
(((何だとぉっ!!?)))
ヤバい…
めちゃ噂になってるぅっ!
何でカイトさんは平然と…
と思ったら、何やら額から汗が…
そりゃあそうだ。
もう今更どうしようもない、と開き直って報告のためカウンターに並ぼう…としたろころで、毎度お馴染みのスーリャさんがやって来た。
「お嬢様、別室を用意致しましたのでこちらへどうぞ」
「あまり特別扱いは…と思ったのですが、その方が良いですわね。ものすごく目立ってますし…カティアさんが」
「何かスミマセン」
「いいえ、お気になさらず」
取り敢えずスーリャさんはミーティアの事はスルーしてくれるようだ。
…実際のところどう思ってるんだろ?
そして、私達は以前にも報告のために訪れた部屋へと通された。
今回は侯爵様もギルド長もいない。
お嬢様に配慮したのと混乱を避けるのが目的で、報告自体は下で行うのと変わらない。
「さて、報告を頂く前に…その子はカティアさんの娘さんですか?」
「…違います」
「ママはママなの」
ああ、もう!話をややこしくしないで!
「ミーティアちゃん?ママとお姉ちゃんのお話が終わるまで、あっちで遊んでようか?」
「うん!わかった!」
「ふふ、いい子ね」
ああ、ありがとうございますリーゼさん。
助かります…
気を取り直して、今回の依頼の顛末を報告する。
「そのような事が…それで、カティアさんが保護することになったんですね」
一通りの報告を終え、ミーティアの事も説明をした。
「はい。見た目が似ているという事だけじゃなく、どうも他人とは思えませんし…」
「スーリャさん、あの子が遺跡にいた事は一応内密にしてくださいます?色々と謎が多いですし、変な憶測が流れても困りますから。…もう、別の意味の憶測は止められそうにありませんけど」
ああ、諦めないで!?
「はい、それはもちろんです。では、今回の依頼は満了ということで手続きさせて頂きますね。あとは追加の依頼との事ですが…」
「たしか事後契約の実績はあったと記憶しておりますが」
「あ、はい。あまり一般的ではありませんが、身分の確かな方の保証があれば可能です。今回はお嬢様が直接依頼されてらっしゃるので問題ないかと思います。そちらの方の手続きも合わせて行いますね。少々お時間を頂けますか?」
「はい、お願いしますわ」
追加依頼の手続きもあったので、多少時間はかかったが、こうして依頼は無事完了となった。
「さて、父さんたちはいるかな…」
無事依頼完了の手続きが終わり、報酬も受け取ったところでギルド併設の食堂に顔を出す。
ミーティアの事を父さんに知らせる必要があるのだが、もしかしたら食堂にいるかとしれないと思ったのだ。
入り口から顔を出して店内を確認すると。
やっぱりここにいたか…
父さんと、何人か一座の面々が食事と酒を楽しんでいた。
「父さん!」
「ん?おお、カティアか。もう依頼は終わった………」
私が声をかけると、こちらを振り返りながら返事をするが、ミーティアを連れた私を目にすると段々と驚愕が顔に現れる。
ほかの一座の面々も同じだ。
みんな私の子供の頃を知ってるもんね。
そういう反応になるよね。
「…カティア」
「…何?」
「…父さんは悲しいぞ…そんなふしだらな娘だったとは」
「〜〜〜!!そんな訳ないでしょっ!!私は処女ですっ!!」
「お、おぅ…そ、そうか…」
はっ!?
今、変なことを口走ったような…?
(…カティアちゃんって、そうなんだな…)
(当たり前だろ!あの娘はそんな子じゃないよ!)
(そっかー、おじさん安心したよ)
(ていうか、カイトのやつまだ手を出してないんだ…ヘタレだな)
(じゃあ、あの女の子は誰なんだ?)
(さあ?親戚の子じゃ無いか?)
私の声を聞いた周りのお客さんたちがコソコソ話をしているのが聞こえてきた…
そして、私がいったい何を口走ってしまったのかを思い出した。
「…い、いやぁ〜〜っ!!??」
そうして、私はまた一つ黒歴史を積み上げたのだった。
ーー ブレゼンタムに流れた噂 ーー
その日、ブレゼンタムの街に激震が走った。
かの有名なダードレイ一座の歌姫に隠し子がいたというのだ。
彼女が自分にそっくりな子供を連れ歩いているのが目撃され、お相手は最近噂になっていた冒険者だと言う。
そのスキャンダラスな噂はまたたく間に街中を駆け巡り、彼女のファンは血涙を流したという。
一部の噂では、彼女自らが自分は純潔だと声高に宣言したとの話もあり、混乱に拍車をかけている。
その後、事態を重く見たダードレイ一座から正式にその噂は事実ではない旨が公表された。
親戚の子供を預かっているだけだという事だったが、噂の沈静化にはかなりの時間がかかったという…




