第七幕 40 『武神杯〜決勝戦開始』
「どうするの?ティダ兄」
準決勝の戦いを終えて選手控室に戻ってきたティダ兄に尋ねる。
イーディスさん…改めイースレイさんは大会スタッフに呼ばれて行ってしまったので、この場にはいない。
なお、決勝戦はお昼休みを挟んで午後に行われるので、開始まではまだ時間がある。
「ん?どうする、とは?」
「いや、イーディス…じゃなくてイースレイさんだっけ?アネッサ姉さんが『兄さん』って呼んでたけど…」
「ああ、その話か。…まあ、決勝が終わったらと言っていたし、今気にしても仕方がないだろう」
「それはそうだけど…」
「ふふ…随分と余裕があるじゃないか、カティア。俺はどうやってお前を攻略するかで頭が一杯だぞ?」
「いや、だって凄く気になるじゃない。私だって余裕なんか無いけどさ…」
確かに、ティダ兄相手に他のことを考えてる余裕なんかあるわけない。
いや、これまでの相手だってそうだったけど…
だけど、気になるものは気になるのだ。
だから…
「もしこの後イースレイさんと話をするなら私も同席しちゃダメかな?」
「俺は構わんが…あの二人にも聞かないと何とも言えんな」
「それはそうだね。でもほら、妹分としては気になるから…」
「そうだな。その時になったら聞いてみよう」
「うん、お願いね。…父さんはどうしよ?」
「アイツはそういう事を気にするタイプじゃないし、別に事後報告で構わないだろ」
まあね。
身内同然とは言っても、無闇にプライベートの話に首を突っ込むような人ではない。
さて、モニターで会場の様子を見てみると…司会席の顔ぶれが変わっていた。
『さあ、次はいよいよ決勝ですが…解説席にスペシャルゲストをお招きしております!』
『おう!よろしくな!』
『…喋るのは苦手なんだが』
『準決勝で壮絶な戦いを見せてくださいましたラウル選手とイーディス選手にお越し頂きました!…え〜と、魔法の解説をして頂きましたアネッサさんは諸事情により…』
『うるせぇから帰らせた』
『…妹がすまない』
『と、という事で、決勝の解説はこのメンバーでお届けしたいと思います!』
…姉さんクビになったのか。
いや、イースレイさんを避けたんじゃないよね…?
「アネッサの応援は力になるのだがな」
「いやいやいや…解説なんだから身内を贔屓しちゃダメでしょ」
ティダ兄は基本的に常識人なんだけど…ことネーミングセンスと、姉さんが絡むと残念な人になってしまう。
「ふむ。流石にお前との戦いで俺だけを応援することもなかったと思うが…」
…そうかなぁ?
アレは筋金入りだよ?
まあそれはいいや。
「そう言えば…ティダ兄と手合わせしたのって随分前だよね」
多分2〜3年前にもなるだろう。
まだ一度も勝ったことはない。
「ああ。あの頃とは比べ物にならないくらい腕を上げたな。本気で行かせてもらうぞ」
「もちろん!えへへ…今度こそ勝つからね!」
「ふっ…まだお前に負けるつもりは無いぞ。だが、楽しみにしている」
「うん!」
そして、いよいよ時間がやって来た。
これまでの和やかな空気は一変して、二人とも気を引き締めそれぞれ舞台に向かう扉を潜る。
ここから先は敵同士だ。
そして私達は決勝の舞台へと上がる。
『さあ皆さまお待たせいたしました!!長きに渡って熱戦が繰り広げられました武神杯大闘技会も、いよいよ決勝の舞台となります!!』
大歓声が会場中を満たす中、私はこれからの死闘に向けて全神経を集中させる。
次第に感覚を研ぎ澄ませ、戦闘に必要な情報以外をシャットアウトすると、会場の喧騒は意識の外に追いやられる。
そうしなければ、神速を誇るティダ兄を捉える事など出来ないだろう。
一瞬の油断やミスが命取りだ。
今回の私の武器は薙刀ではなく、使い慣れて手に良く馴染んだ愛用の長剣。
手数勝負を見越しての選択だ。
ティダ兄程ではないが、およそ剣技においては私もスピードファイターの部類だ。
小細工なしの正面勝負だ!
…と言いたいところだが。
おそらくそれだけで勝てるような甘い相手ではない。
これまでも臨機応変にあらゆる手札を使って勝利を収めてきた。
父さんも言っていた攻撃の幅広さ、引き出しの多さこそが私の強みだ。
とにかくティダ兄のスピードに食らいつき、戦いの中で勝機を見出す。
厳しいが自分の力を信じるんだ…!
「決勝戦!カティア選手対ティダ選手!…始め!!」
ついに決勝戦の火蓋が切られた!!
合図とともに私もティダ兄も弾かれたように飛び出して、瞬時に間合いを詰める。
そして…!
キキィンッ!キンッ!キキィンッ!!
お互いの剣がぶつかる甲高い音が連続で鳴り響く!
ティダ兄の流れるような、それでいて何もかも飲み込む怒涛のような連撃を最小限最短距離で剣を走らせて防ぎながら、連撃のごく僅かな切れ間を突いてこちらも斬撃を見舞うが、それは尽く防がれる。
それはお互いに常に高速移動しながらであり、一瞬たりとも足を止めることがない。
それは一瞬の出来事。
だがその間に数十合もの斬撃が交錯した。
『おおっ!?は、速い!!両選手とも猛烈なスピードで目で追いきれません!!』
『俺と戦った時より速えな…』
『あれについていくとは』
『だが、いつまで続くか…だな。ティダはあれがスタイルだが、カティアは…どうかな?』
お互いに刃は届かないまま一旦距離を取って呼吸を整える。
…
……
………
きっついって!!
何でティダ兄は涼し気な顔してるの!?
ずーっと無酸素運動は無理!
父さんの解説の通りだよ。
このまま真っ向勝負しても早々にスタミナ切れで均衡が破られるね…
さて、どうするか。
ここで使えるか分からないけど、久しぶりにアレを試してみようかな。
「『霧に惑え』!!」
キーワードによってミラージュケープの機能が発動する!!
カイトは私のことが大好き(嬉)だから、僅かな気配の差異を察知して通用しなかったけど…ティダ兄はどうかな?
濃厚な霧が立ち込めて、気配を持ったいくつもの私の幻影が投影され、ティダ兄を取り囲む。
『ちょっ!?突然濃い霧が発生しました!!両選手の姿が…』
『魔法…いや、魔道具か?搦手で来たな』
『これは知ってる。[霞鏡]だな』
『…これじゃあ何をやってるのか見えませんよぅ。うう…せっかく盛り上がってたのに…』
あ、ゴメンね〜お姉さん。
だけど手段は選んでられないからね。
使える手は遠慮なく使わせてもらうよ。
じゃあ行くよ!
分身たちは私の思考によって思い通りに動いてくれるので、連携をとって四方を取り囲んで一斉に攻撃する!
だが…
キィンッ!!
本命の私の一撃はキッチリ防がれた。
やっぱり効かないか〜…
偶然ではないよね。
「…何で分かったの?」
「僅かに気配が違う。お前の気配は独特だからな。分かるやつには分かるだろ」
カイトと同じか。
まあ、長年の付き合いだしね、予想はしていた。
さて、次はどうしようかな…




